第5話 映画は一人で行く
常盤さんと盟約を結んで一週間がたった。
先週僕と常盤さんがドーナツ屋で話していたことは学校で周知の事実であるらしいが、僕が目立たないことが功を奏し、その一緒にいた男の名前まではほとんどの人は知らない。
常盤さんとドーナツ屋にいた相手が僕であることを知っているのは、同じクラスの
彼らには常盤さんとはたまたま趣味があって話すことになったとだけ、言っておいた。常盤さんがバイト先に来たことも、ある目的があって僕に近づいたことも話していない。
「あれから常盤さんとどうなったのか良い加減教えてくれよ」
「はあ……」常盤さんについて言える事はすでに話したはずだと、うんざりしながら、僕はお弁当を食べている。
先週からそのセリフを100回くらいは質問しているのが似鳥直矢である。小学校からの知り合いで、高校一年・二年とクラスが一緒である。背が高く江戸中央高校バレー部のセッターとして活躍しているが、常に人の面白い展開を期待している奴で、そのために辺りを探って、行動する底意地の悪い男である。
そういう性ゆえに、僕の先週の出来事を知った彼は新しいおもちゃを手に入れたかのように毎日機嫌がよかった。
面白い事を探る嗅覚も発達していて、先週僕の様子がおかしかったことが気になって、あの日の放課後は僕の背中を追って、ドーナツ屋に入ったところまで見ていたらしい。しかもその後学校に戻り普段通り部活に参加したという変態ぶりである。
「急に仲良くなるなんてなんか怪しいなあ」
似鳥は僕と常盤さんがたまたま仲良くなったという事について疑っているようで、詳しく言えない僕は適当に誤魔化し続けていた。
常盤さんが僕に近づいた理由は納得できた。そして彼女とそれ以前にも教室以外のどこかであっていないかをずっと記憶を辿っていた。
そうして思い出した結果、会った記憶はある。それはすれ違った程度のものではない。高校入試の日、試験を受ける席が隣だったような気がするが、試験中はキョロキョロしないし、休み時間はリラックスするため本に没頭していたので、確かな記憶はなかった。
しかし、あの時誰かにその本を渡したような記憶があったのは覚えている。常盤さんに確認するにも、違っていたら嫌な気分にさせてしまいそうだと思い、聞いてはいない。
「2人でチャットするのか?通話とかもしちゃうのか?」
似鳥が懲りずに質問してくる。
「特に……たいしたことは」
あれから常盤さんから連絡はくるが「ノックスの十戒」とか「アガサクリスティの作品ってすごいですね」みたいな話題しかしていない。通話なんてできるものか。
学校での常盤さんの様子も変わらない。彼女にその騒動を質問している人もいないように思えた。
だから僕はどんなことを手伝わされるのかと、ドキドキ待っているだけだった。
「そういえば大塚あの映画一緒に行ってくれる話どうした」
話を変えようと、見たい映画を大塚と観る約束をしていたことを思い出した。
「悪いけど、真理が好きな俳優が主演だから、そっちと行くことになった」
大塚は高校入学して同じクラスになってから仲良くなった。
髪を綺麗に整えているが気取っている印象はなく、爽やかな見た目で実際かなりモテる。僕のクラスの沖野真理というクールな彼女と交際中で江戸中央高校のベストカップルと言っても過言ではない。
なぜ僕と仲がいいのかというと去年は同じクラスになってから、映画の趣味が合う。
将来はハリウッドで特殊メイクをしたいと語って、海外留学をするためにバイトをしている芸術家肌もあり、野心家でもある。
僕が信念を語って正論を喰らわされた相手というのも彼である。
「じゃあ、週末初日で行ってくるわ」
「おまえも彼女の常盤さんといけばいいじゃん」
似鳥が横やりをさしてきた。
「そういう関係じゃないから」
「俺も誘ってみるべきだと思うけどな。常盤さんも興味あるんじゃないか」
大塚にも僕から誘えと言われて、揺らいだが、やはりそれはない。
僕が彼女に約束したことは、ミステリー創作活動のため手を貸すことである。ヒューマンドラマは該当しない。
しかし、そんなことを彼らに言ったところで『屁理屈』だの『意気地なし』と言われるだけなのが目に見えていた。
「いつも通り学校近くの映画館に行くだろ?午前中部活終わった後に行ってやってもいいぜ」
似鳥が不意にそんなことを言ってきた。
「興味あるのか?」ちょっと期待したが、「いや。ないけど」ときっぱりと答えられた。
似鳥はそういう映画は見ないのは知っている。別に一人で行くのは苦でもないし、土曜の午後はいつもバイトが入っている。
「やっぱりバイトもあるし、午前中に観に行くからいいや」
似鳥は『ふーん』とスマホをいじりながら呟いた。やはり親切心で言っているだけの様だ。
土曜日がやってきた。今日は見たかった映画の公開初日である。僕にとって、待ち望んでいた映画の公開初日はいつも心が躍る。
江戸中央駅の学校がある方向と反対側の改札を下り、そこから近い大型ショッピングモールの中に映画館はあった。
まだ、ショッピングモールは開店直後だというのに賑わっていた。
空いている席はあるか不安になりながら3階映画館に向かったが、開店直後で上映している映画が少ないためかまだロビーは空いていて一安心した。
僕は自動券売機に向かい目的の映画を選択して、空席状況を眺めていた。
どこの席に座ろうかと、パネルの前で長考していた時だった。
「月岡さん。こんにちは」
パネルから目を外し、横のほうを見ると女の子が僕の操作するパネルを見ていた。
「常盤さん——なんでここに」
そこには私服の常盤さんがいた。
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