第3話 高校生活をどうしたら楽しめるか

 放課後、校門から出てすぐ見えるポストの脇に常盤さんがいた。疑っていたわけではないが、彼女と約束していたという事実を改めて認識させた。

 前髪を気にしていじっている常盤さんは遠くから見ても可愛らしい。そこに例えば、僕は『お待たせ』と爽やかに駆けつけてみようかと思ったが気持ち悪いのでやめた。

 その時、常盤さんが僕に気がついたのか、手をこまねいていたので、足早に駆け寄った。

「あんなところで何をしていたのですか?」

 常盤さんは挙動不審だった僕を見て不思議そうな顔だった。

「イメージトレーニングかな」そう言いながら、女の子と2人歩くことに馴れていない僕は、歩く速さに気を付けながら駅の方へ向かった。


「甘いものでいいですか?」

「うん」

「ドーナツとアイスクリームどちらがいいですか?」

「どちらでもいいですけど、今はドーナツの気分かな」

 駅が見えてくると、彼女は行き先を決めるためか、質問してきた。正直食べるものなんてなんでも良いし、どんな選択をしても甘いお店に行くことは彼女の中では決定らしい。

 駅前のドーナツ屋に入ると、ずらりと綺麗に陳列されたドーナツの種類の多さに驚いた。


 何を食べようか考えていると、常盤さんはトングをカチカチと鳴らして威嚇した後、迷わずにドーナツをトングで掴んでトレイに置いた。

「昨日のお礼でここは私が出しますから、お好きなものをここに置いて下さい」

「じゃあお言葉に甘えて。トレイとトング俺が持つよ」

 僕の開いている両手を彼女に捧げる。

「月岡君もカチカチってしたいですか?」

 また彼女はカチカチと、今度は自慢げに鳴らしている。

「したくない——」

 説得をやめてトレイだけを受け取った。


 僕と常盤さんで2人席に座ると、常盤さんに買ってもらったドーナツと飲み物をテーブルで並べて眺めていた。

 結局僕は彼女のオススメを取ったが、どれも美味しそうである。

「「いただきます」」

 僕が今食べているドーナツはナッツが表面にまぶしてあって、香ばしくて、一緒に注文したアイスコーヒーとよく合っていた。

 常盤さんは、ホワイトチョコソースがかかっているドーナツをもりもり美味しそうに食べていた。

「昨日の私は確かにお金を持っていました。どうしてわかりましたか」

 先に1個目を完食した彼女は、アイスティーを飲みながら聞いてきた。

「うーん、直感でなにか変だと思った推測だから証拠はない。常盤さんは同じクラスの僕があそこで働いているのを知っていて、奢って貰いたかっただけかと思う。けど、他に嘘をついた目的があるんじゃないかとは思っている」

 これは、常盤さんの家族事情を鑑みて考えた推測だが、そのことは彼女には言えない。

「なるほど——」

「僕は同じクラスの人だなと思っていたから。そんな人から、財布を忘れたと言われれば流石に払うしかないでしょ」

 実際僕はそう思ってあの時支払った。

「その目的は分かりますか?」

 彼女は僕の推測を期待するような目で聞いていた。


 目的は考えたが、おかしい所ばかりで、しかも自意識過剰な推測が含まれているのであまり言いたくない。しかし、昨日からの彼女の一連の行動がなにかのゲームだとしたらここで降りるわけにはいかないと思った。

「目的は、僕と接触するためだったという自意識な考えしか今は思い浮かばない」

「その通りですよ」

 あっけない結果発表だった。

「まさか——」

「月岡さんにちょっかいを出してみたくなりました。お金を忘れたと言ったら、彼はどんな行動をとるのか見てみたくて」

 彼女は照れ臭そうにそう答えた。つまり僕はからかわれていたのか。

「流石に電子マネーも対応していることは驚かされましたけど。私あそこの駅は定期外でしたから」

 昨日僕が電子マネー対応と言った時、彼女は鞄にパスケースが掛けられていたのも関わらず『持ってない』と断言していた。常盤さんにとってあれは予想外で、動揺してあんなことを言ったのか。

「じゃあ、残高もあったんだ」

「私が西江戸からは反対の湾東から学校に来ていることは知っているかと思ったので、そこで嘘がバレるかと……」

 湾東は江戸中央高校から南の東京湾に面した地区であり、そこは高級住宅や高層マンションが立ち並んでいる。僕らの学校のある江戸中央駅を中心に考えると、西江戸と湾東は反対方向ある。一応路線は繋がってはいるが、僕はあまりそっちへは行かない。

「知らないよ、そんな個人情報」

「そうですか——」彼女は何故か落ち込んでいた。

 であれば、彼女はわざわざ自宅から離れた駅に降り、僕のバイト先に訪れて悪戯を仕掛けにいったのか。そう思うと、むかつくというより彼女の努力を称賛したくなった。

「なんで、その被害者を俺にしたの?」

 彼女に罪悪感を与えてみようと、『被害者』という言葉を使って試したくなった。狼狽えると思っていたが、天使のような微笑みで返してきた。

「去年、月岡さんの口から『高校生活で本気を出したくない』みたいな旨をお友達に言っていたのをたまたま耳にして、ずっと気になっていました。それで今年同じクラスになれて試してみようと思ったのです」

「試すとは?」

「『月岡さんにどうしたら高校生活を楽しんでもらえるか』です」

 余計なお世話だと言いたくなったが、現に僕は500円を立て替えただけで、彼女について興味を持っているし、なにより僕がお礼を受けなければならない既成事実が作られて、こうして常盤さんから奢ってもらったドーナツを食べた。

「それは、どうも」照れながらそう言った時、ふと彼女個人について引っかかることがあった。

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