第2話 僕の折れそうな信念

 僕の名前は月岡照。月の光で丘が照らされる幻想的な風景を想像するかもしれないが、僕自身そんな景色を見たことがない。

 僕の人生には「どんなことにも8割まで出す」と大きな柱として掲げる信念があった。常に80%のやる気、努力、行動力を示してその結果に満足することだ。

 実は才能があるから、あえて抑えているという事ではなく、僕の経験から100%・120%を出したところで秀でた結果になった事はないので、だったら程々に満足しようとこの信念を持ち始めた。

 そんな僕の信念についてある友達に打ち明けると「高校生のガキが、なにすべてを察した気分でいるんだ」と正論を押し通された時は頭を悩ませた。

 そして、そのために僕は恋愛をすることも避けなければいけないことに気がついた。

 恋愛というのは常に100%以上の誠意で相手に接しなければならない。そうしなければお付き合いしている人に失礼だからである。この摂理に気がついたのは去年の春。高校一年の5月に人生初めての彼女ができた。とても喜ばしいことであるが、彼女の気持ちを理解してみることや、彼女の喜びそうな言葉を選別する作業に僕は苦労をした。

 もちろん彼女がそれで喜んでくれるのならば、幸福であったが、僕が無理をしていることを察知されて1年の夏休み中にその関係は自然消滅をした。

 高校生活、青春をしたいならこの信念は通用しない。フラれた時センチメンタルな気分でそう思った。

 だから現在、僕の信念はこの高校生活の中で、空前の灯になっていた。僕はこの信念をいっそやめようかと思ったが、かといって新たな青春が訪れ、この信念をぶち壊してくれるほどの出来事があるとは思えないので、信念を通している。


 常盤さんのコーヒーとスコーン代を僕が払ってから翌日の事である。

 一時限目英語の授業中、僕は教科書のテキストを一点に見つめ、集中している。

 しかし、先生が教科書のどのページをやっているかも分からない程に僕は授業に身が入っていなかった。

 昨日の喫茶店での出来事を考えていた。前のほうの席で、一生懸命授業を受けている様に見える常盤さんが昨日喫茶店で財布を忘れた事をずっと疑問に思っていた。

 進級してこのクラスになった直後、クラスメイトから常盤さんの家族について聞いた事がある。お父さんは法務省勤めで、幹部クラスの人間であり、さらに母方の祖父は元警視庁の警視総監であると聞かされた。

 だから、可愛いけどちょっかいは出さないほうがいいとのお墨付きで。

 僕は考えていた。そんな家系で生まれた彼女が昨日そんな事をしてしまうのか。

 もちろん人間はミスをするものである。そのミスを彼女に問い正す気もないし、お金を取り立てる気もなかった。

 しかし彼女について腑に落ちないことがあった。だから、自分を納得させようと仮説を立ててみた。

 その仮説はというと、常盤さんは僕にお金を払ってもらいたかった。あえて財布を忘れて、もしくは持ってないと嘘をついて僕に奢らせた。

 しかし、その動機は分からない。常盤さんからレジで貰った本に何かメッセージがあるのではと思い全部読んだけど、何もなかった。

 自分の説を常盤さんに確認してみたいが、彼女に近づく必要がある。行動をする覚悟はできたが、僕がお金を返して欲しいと思われるが嫌である。また、以前クラスメイトから言われた『ちょっかいを出すな』という一言が引っかかっていた。


 ようやくまとまった時間が確保できる昼休みを迎えた。

 常盤さんは友達と机を囲んでお弁当を食べている。できれば2人で話したい僕にとって都合が悪い。

 僕はいつも教室を出て、友達と昼食を取っているが、今日は自分の席で課題をやりながらその機会を待っていた。

 そしてようやく彼女が一人立ち上がり教室を出た。恐らく空のペットボトルと財布を持っていたので、それを捨てるついでに、自販機に飲み物を買いに行ったのだろう。

 僕の机にあるペットボトルはまだ残っているが、それを持って彼女を追った。


 彼女に追いついた時、廊下にある自販機で商品を選んでいる最中の様であった。

「常盤さん。ちょっといいかな」

 彼女が僕の方に振り向いた。

「昨日はご馳走様でした。今日、お金を返そうとお店に行こうと思っていました」

 やはり、僕のことは昨日から認識していたようだ。

 彼女は、穏やかに笑ってはいるが、僕がどこかのタイミングで話しかけるのを待っていたと思ってしまうほど、その言葉は白々しさを感じた。

「今日バイトないし、昨日も言ったけど返さなくてもいいよ」

「そういうわけには……」

 お金を返したいという気持ちはあるようだが、なら何故昨日払わなかったのか。

「じゃあ昨日、払えば良かったよね。的場さんから聞いたけど、昨日のお昼は学食で定食を食べたらしいね。1万円札で食券機が使えないから、食堂のおばちゃんに崩してもらった事も聞いた。食堂で豪遊しない限り1万円は使えないし、夕方からはずっと僕のバイトしている喫茶店にいたから、放課後はお金を使えないはず」

 的場さんというのはさっき常盤さんと机を囲んで食べていた女子生徒の一人である。授業を受ける席が近いのでそれとなく聞いていた。

 嫌味が過ぎてしまったと思ったが、彼女は「ふふっ」と笑っていた。

「正解です。月岡さんの推測通りだとして動機は分かりましたか?」

 彼女の試すような瞳に思わず吸い寄せられた。

「それは分からなかった」僕は思わず目をそらす。

「では、その理由を放課後お話しします」

「今じゃないの?」

「放課後、校門を出たところの郵便ポストで待っていてください。ではここで」

 問いに無視され、一方的に約束を取り付けられて、断る暇もなく、常盤さんは教室へと戻った。

 僕の推測通り、お金はあったけどあえて払わなかったというのを知れた時点で満足である。そして、これ以上彼女に乗せられたら、面倒なことになりそうだと虫の知らせがなった。しかしその理由も聞いてみたいと思ってしまった。

 そして心の中で『ちょっかいではない』と言い訳のように呟いた。

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