ミステリーを書きたいヒロインは賭けをする
七味こう
月岡 照編
第1話 500円の恩返し
レジカウンターに座りながら、外の景色を眺めていた。駅前通りにお店を構えていることもあり、この時間はたくさんの人が駅の方へ向かって歩いている。
しかし、外からはこの店が見えていないのか、お店に入ってくる人も、外観を見ていく人すら、30分くらい見ていない気がする。現にこの店内にいる客は、居眠りをしている常連の足立さんと奥に本を読んでいる女子高生だけであった。
僕がバイトしているこの『あふろ』は東京の西江戸駅にあり、アフロのマスターが何十年か前に脱サラしてこのお店を始めた、ごく普通の喫茶店だ。
この客入りでお店の経営は大丈夫なのだろうかと心配になったが、所詮僕はバイトの立場であるので余計なことは気にせず、ただぼーっとマスターの命令通り店番をするだけである。
「あと1時間か……」退屈そうに呟いて欠伸をしていると、奥にいた女子高生が帰る支度を始めたので、僕は立ち上がった。
「ホットコーヒーとスコーンで500円頂きます」
レジの前に立った女子高生が鞄の中から財布を探している。
僕は彼女を知っていた。入店したときは確証がなかったが、レジ越しで向き合うと確信に変わった。この子は同じクラスの「常盤
長い黒髪は綺麗にハーフアップで束ねられ、白い肌に繊細で完璧な顔立ちをしている。
制服の着こなしも他の生徒とは違った、凛とした上品さがあり、僕は息を呑んでその姿に魅入っていた。
肩にかかっている革製の鞄の中身を漁っている姿さえ、絵になると思った。そして、鞄の中にあるだろう財布が見つかるまで、僕はこの光景を見ていられることに喜びを感じた。
彼女は僕のことを知っているのか気になったが、新学期に入り1か月も経っていない。ましてや僕の名前と顔なんて、最後に覚えられるに値する人間なのだから期待はしていない。
ましてやこちらから『同じクラスの月岡だよ』と言うのは厚かましいので淡々と彼女を見ていた。
彼女が鞄を漁っている間、そんなことを思っていたが、いくらなんでも探しすぎではないか。
まさか、お金を持っていないのか。
嫌な予感がした。
「すいません。財布を忘れてきちゃいました」
やっぱりである。この子は朝から財布を使う機会はなかったのか、もっと早く気がつく機会があっただろうと思いながら、対策を用意した。
「交通系マネーでも大丈夫ですよ」
近年のキャッシュレス化でこのお店も一応電子マネーの支払いも対応している。あまり使ったことはないけど。
彼女の鞄にプラプラとパスケースが吊られているのを見たので、これならいけるかと思い僕はレジの脇から引っ張り出した。
彼女は考え込んでいた。僕の見えるところにパスケースがあるのに、何故そこまで考えているのかが不思議だった。
「持ってないです——」彼女は申し訳なさそうだった。
「はあ……」とため息をついて僕は呆れ、仕方なく僕のポケットに入っている小銭入れから500円を取り出し、レジスターを開けてそこに放り投げた。
彼女は何故か少し笑顔でその光景を見ていた。
正直彼女ではなく、カウンターにいる足立さんが「金を忘れた」と言ってきたら僕は迷わず、駅前の交番に駆け込んでいただろう。代わりに僕が払ったのはあくまで同じ高校に通っている生徒同士で面倒を巻き起こす事を避けたかっただけだ。その心に彼女が美人だったから払ったのでは決してない……はずである。
「次来るときは忘れずに持ってきてくださいね」
僕は代わりに払ったことを気にしてないよう様に見せたくて笑ってみた。
「本当にすいません。明日必ず持ってきます」
彼女はぺこぺこと頭を下げていた。
「別にいいですよ。財布忘れて、払い損ねる人を見みたのは貴重な経験なので」
彼女は白い肌を紅く火照らせてはいるが、やはり顔は少し嬉しそうだ。
僕はこれ以上なんて言ったらいいのか分からず、お店から出ていくのを待っていた。
「月岡さんありがとうございます。なんの足しにもなりませんがこれを差し上げます。そこそこ面白かったです」
すると彼女は手に持っていた文庫本をレジカウンターの机に置いた。本屋の名前が書かれたカバーが掛けられていて、題名までは分からなかった。
僕の名前を知っていたことに、少し高揚感があったが、そういえばバイト中はいつも胸にネームプレートがかけられている。たぶんそれを見たのだろう。
一応本を貰ったことに「ありがとうございます」と感謝すると、彼女はお店を出て足早に駅の方へ向かった。
彼女が座っていたテーブルの片付けをしようと思った時、不意に胸の方に目をやると、ネームプレートはかけられてないことに気が付いた。
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