第4話
疲れた体はつまらない事を忘れさせた。見上げる夜空には、毎日何事も無かったように月が昇り明るくアスファルトを照らす。
疲れていた体は徐々に体力を取り戻し、週末を向かえて気力を回復させていく。
(そうだよな。人が見える場所と、人がいる場所に行くから駄目なんだ。
夜空と同じだ。邪魔する物や光りが無い方が月を見るには丁度いい)
そうして思って車を止めたのが、夜は誰もいる筈の無い場所。
バスも無く、真夜中に好き好んで人間が来る事も無い霊園という場所。
少し長い坂道、左右は誰かが何所かで死んだ人間の墓標。見るべき物は無く、公園の様に夜中に照明が付く事も無い。
突き当たりでは鉄の門が締まり、看板には[お参りは九時三十分以降でお願いします]らしい。つまりは九時くらいまでは無人に近い筈。
門の直ぐ横には公園の集会所のような所があり、多分仏花の販売や桶・柄杓の貸し出しをするのだろう。
(小さい山一つ、その斜面が全てを墓にしてあるのか)
お盆が来ればさぞ賑やかに人で溢れ、墓の住人も『前を通ってるのは、オレの家族か?』とか思うのだろうか。
(そう言えばおれは、墓参りなんて行った事有ったか?)覚えていない。
遠い昔に連れて行かれたような記憶もあるが、そもそも誰の墓だったんだ?
記憶が曖昧過ぎて、映画とかドラマのシーンを自分の記憶と混同している可能生が高い。
そこにある誰かの墓に何かを重ね、目を瞑れば親父か誰かの手を思い出す。
「ナンマンダ~ナンマンダ~、般若ーはーらーみーたー、何妙法蓮華経」宗派は違うだろうが、それでもまぁ仏様は怒らないだろう。
そもそも言葉の意味すら知らないんだ、心の入ってない仏画と同じで[そう言った言葉]・[そんな絵]と思って欲しい。聞く者・見る者に判断を仰ぐしか無いではないか。
(そして相手は心の広い仏様だ、『まぁいいか』ぐらいで大目に見てくれるだろう)
三脚を立て、その上に望遠鏡の筒を置く。
今日こそは静かで穏やかで、何と言うか、救われて無くちゃ駄目なんだ・・・月見ってヤツは。
後少しで満月、そんな感じだ。欠けた曲線は細く、影は朧に月に浮かんで見える。
望遠鏡の中に捕えた月は、空気で輪郭が揺れ、表面の影を隠すように光りを放つ。
(多分・・明日か明後日か、無理をすればまた来られるだろうが・・)
満月は月の姿の中では別格だ。
春夏秋冬その姿を見る事はできるが、見たい時に見られる物では無い・・・・酒抜きで月見もあるものか。
飲酒運転の選択は無い、仕事も人生も吹っ飛ぶ時代になった。
人生有っての月見だろ?酒を買う金も無くなるような月見では意味が無い。
(人生を棒に振るようではな、風流も粋も無い)
嗚呼惜しい・惜しいと思うくらいが月見には丁度いいのかも知れない。
狐だって落ちないからこそ葡萄を見上げたんだ、落ちて来た葡萄が腐っていたら2度と葡萄を見上げるものか。
見られ無いから想像する、手に入れられないから欲しくなる、食べた事が無いから食べたくなる。人情ってのはそんな物だろ?
だからコレはコレで良いのだろうよ、お月様。
サワサワと風が吹き、どこからか線香の匂いが風に混じる。
誰かが昼間に墓参りをしたのだ、まだ忘れられていない死者を手向けに来た証拠だろう。
私は直ぐに忘れられるだろうか、私が忘れてしまったひとたちの様に。
ビールを開けてグビッと喉を鳴らす、冷たい泡が口に残り体がブルッと振るえた。
寒さとか冷たさで振るえたのでは無く、背中を撫でた風に背筋が振るえたのだ。
(・・・小便・・したい)思い立てば尿意は止らない、右を見ても左を見ても誰もいない、なら男は普通遠慮はしないだろ?車の影に隠れるまでも無い。道路の側溝に滝を作り、流れる姿と音を聞くと空を見上げれば月も笑うように光っている。
(ケケケケ、この辺はガキの頃と何も変わらないよなオレ)
いつになれば大人になるのだろう、五十男にソレを聞くかね?
少し酔ったような気分の良さ、口直しに用意したのは柏餅だ。甘い餡子と柔らかい餅、それが苦みの残る口に程良い甘みと柏の香りを与えてくれる。
墓場と言えば甘味だろう、そんな安易な考えだったがなるほど良い物だ。ビールをがぶ飲みするので無ければ、饅頭も十分摘まめるではないか。
確か葡萄酒と金平糖も合うのだったか?アルコールの分解に水分が必要で、肝臓の栄養として糖分が良いとかそうじゃ無いとか。
インシュリン?ホルムアルデヒド?そんな単語だった気が・・・
(ポリポリと摘まむ金平糖・・その選択もあったか?)
苦みの強い珈琲と甘いチョコやクッキーが合うなら、ビールと甘味が合わない筈が無い。
量にも寄るとは思うが。(大量に飲みたいなら脂、コロッケ・唐揚げ・ピザ・チーズだ!)
少しで酔える私としては、有りか無しかといえば有りの選択だった。
月見にはお茶では足らない、紅茶も・・薄い、香りの高い紅茶なら良いかもだが、あまり強すぎる香りは日本の月には合わないだろう。
珈琲は論外だ、あれは仕事用。炭酸水ならどうか?味が・・無いのはちょっとな。
コーラやサイダー・ジュースの類いはどうだろうか?
季節の果物、例えば夏なら西瓜やメロン・夏みかんや桃・葡萄なら適当だろうが、冬や春は難しいだろうと思える。
だからこそ酒なのだ。暖めた日本酒、冷えたビールや酎ハイ、ブランデーやスコッチ、バーボンにウォッカもいい。夜は大人の飲み物と少しの味覚、それで気持ち良く眠られる。
(なぁそうだろう?)オレの隣で月を見上げているヤツに聞いて見た。
ソイツは何も答えなかったが、ジッと月を見上げてオレの言葉に気が付いて顔を向けた。
真っ黒な顔に大きく開いた目、口元を三日月のように開き1度だけゆっくりと頷いた。
暗い・・違うか、お隣さんも楽しく見上げているんだ。ガキのように声を上げて喜ぶのもいいが、大人は周囲に迷惑を掛けちゃ行けねぇ。
気が付けば、オレの望遠鏡の回りに子供みたいなヤツ等が集まって珍しそうに騒いで、まるでガキ共の天体観測会になっている。
「ああ、そこじゃ無い。ここだ、この望遠鏡の尻尾みたいな所、そうソコを見てみろ」
黒い人の塊を捕まえ、月を覗かせてやる。捕まえた瞬間は少し暴れたが、大きな月の姿に固まり大人しくなった。
(ガキには少し足が高いか?ちょっと待ってろ)足の部分を十五㎝ほど下げるだけで十分見やすくなった筈だ。(後は・・月位置か)
角度調節、倍率とピント調節。さてとコレで良く見えるだろう、どうだ?
・・・何故か黒くて小さいヤツはオレの回りに集まり、何故か見上げている気がした。
(・・オジサン、腰は強く無いんだけどな)一つ捕まえてレンズを覗かせる、しばらくしてもう一つ捕まえて覗かせる。大体六人くらいか?酔いが回っているのか足元がふらついてきた。
(おうふ、もうお終いだ。後は自分らで見てくれ・・よ・・)
意識が残っている間に車に乗り込み、目を閉じて口を開けた。意識がスイッチを切るように暗転し、体の力が抜けて意識が途切れる。お休みなさい・・・・・
「もしもし~大丈夫ですか~」車の窓を叩き、無遠慮な明かりが車の中を照らす。
フガッ「・・なひ・・・ハイ?なんでしょうか?」眠い目を擦れば瞼の横に汚れが落ちた。「・・えっと、アレ貴方のですよね。そろそろ動かして頂けませんか?」
懐中電灯の男は望遠鏡を指し、こちらを見て笑う。
道路の真ん中に設置したソレは、確かに通行の邪魔になるだろう。どうもスイマセン。
頭を下げて、素早くでは無いが落ち着いて望遠鏡を片づけた。空を見れば星はすでに蒼に飲まれ、雲が朝日を映し金に輝いて・・・ふはぁ・・眠い。
「ここって夜も意外と人がいるんですね」オレみたいな物好きが。
望遠鏡を片付けつつ、懐中電灯の男に聞いた。男の思った通り、霊園の管理人だった。 管理人は珍しそうに望遠鏡の解体を見ていたが、オレの言葉には笑顔で答えた。
天体観測には丁度良い場所だ、とインスタグラムで拡散されているのか?星好きの連中には、じつは結構有名なスポットなのかも知れない。
「少しだけ休んでから帰りますから、ホント一~二時間だけお願いします」
「・・まぁ大丈夫でしょう、お盆の時季も過ぎましたし。私の立場からすれば駐車場を使って欲しいですが・・」
男の後には〇〇霊園駐車場、一時間200円の看板が。
(ホントスイマセン)
夜中に変な人間や放置車両、違法投棄が無いように昼間しか開けてないそうだが。
確かに真夜中の霊園駐車場を利用するヤツってのは変な奴だろうから・・オレか?
お盆の時季はこの駐車場も満杯になって、今私が駐めている場所まで一杯になるらしい。その時季だけ警備員を雇うから、その時だけは『本当に困る』と言われた。
ケホッ、少し悪い酔い方をしたか?体が少し重い。このままここで休ませて貰うより、早めに帰ってきちんと眠った方が良さそうだ。
望遠鏡を片付けケースにしまい、車の後部に乗せるだけで足がふらついた。これは益々様子がおかしい、本気で病気を心配するべだろうか。
(車で車中泊なんて若いころ以来だから、体調を崩したのかも知れないな。それとも歳か)
歳は取りたくない、何でもかんでも衰えていく気がする。
家からは車で小一時間の距離。頭が動く内に車を走らせ、駐車場に駐めた時には体が限界だったようだ。記憶は無いが、目が覚めて見上げた天井は、薄汚い黄白色で見慣れた蛍光灯、家まで辿り付いたはいいが、玄関を上がって直ぐに眠ってしまったのだろう。
(これは・・風邪か・・確か・・市販薬が・・)
頭が鈍い、こんな時には一人暮らしが急に堪える。薬を含み水で流し込む、後は何かを食べられると良いが・・男の一人暮らしはカップ麺しか無いのが普通だ。
(塩分が・・脂が・・味が・・濃い)
休日は今日まで、明日は仕事があるから最悪熱は下げて置きたい・・・もう一粒、薬を追加して横になった。
そうすると直ぐさま眠気がやってきて、私は瞼の内側の闇に落ちたのだ。
(そうだ・・月だ・・)
暗闇に月が昇る、それは瞼の中の目が下を向いているのに月だけがその位置を私に教える。眉間の中心から額に上がる星の光。
欠けている様な、半月のような形の定まらない月。仰向けで眠っている筈の私の額真上に月が昇る。
遠く遠くの空に月は上がり続け、私の真上で私を照らす。
月の表面なんて関係無い、ただ真っ白な光りが暗い夜空を照らしているのだ。
私が求めていたのは・・私が見上げていたのは・・・どんな月だったんだ?
声が聞こえる、誰かが呼んでいるらしい。誰か・・誰だろう?
ススキが風に揺れサラサラ・さらさらと呼んでいる、細い穂が何本も手招きし、その向こうで大きな満月が私を呼ぶのだろうか・・
フワフワと誰かが私を持ち上げる。車のシートに座らされ、流れる景色をフロントガラスに映し、信号の青を見て車が進む。
誰だ・・私を運んでいるのは。タイヤが登り坂を捕え、力無く顎が上向くと夜の空に月が浮かんでいた。
(ああ・・そうか、望遠鏡を忘れてたな)月に上向く望遠鏡の回りで黒い子供達が並ぶ、(今日は・・順番を守って、偉いなぁ)そう思いませんか?
私の隣で真上の月を見上げる男に聞いた。
月を見た姿のままで顔だけ動かし、横にすわる私を見て笑う。
大きく開いた銀色の目が私を捕え、三日月の様に曲げた口には月の表面のような白黄色の歯が並んでいた。
(・・誰だ・・たっけ?)知っているような知らないような顔、確かに見た事のある気はするんだが、名前が出て来ない。
(まぁ・・そんな人もいるか・・)五十年も生きて居ればそんな人もいる。
たぶんどこかで見たのだろう。
私が名前を言い倦ねていると口を一直線に閉じ、真上の月を見上げ、もう顔は見えない。
怒らせてしまったかと思ったが、どうもそうでは無いらしい。
(そうですね、こんなに良い月ですから)ただ見上げて居たいと思う。
(ああ、月が私の上に落ちて来る)ゆっくりゆっくりその高さを落とし、夜の空から降りてくるのだろう。
「お客さん!ちょっと!そんな所で寝てたら駄目ですよ!」
濁声に肩を揺らされ、口の中に溜まった息を吐き出すほどの欠伸で目を覚ます。
ん?「ああ・・?」ここは・・どこだ?
「お客さん?ってのも違いますか。取り敢えずホラ、立って下さい」
見覚えのある顔、見覚えのある景色。
「確か私、家で寝ていた・・ような・・」男の肩を借り、フラフラと道路の端まで歩く。 そう、確か昨日か一昨日かの夜に来た事のある霊園前の道。
私は昨日の夜もここで望遠鏡を立て、月見をしていたのか。
朧気な記憶では僅かに欠けた月を見ていた・・のだろうか。
「大丈夫ですか?確かに昨日、望遠鏡の場所を動かして下さいってお願いしましたけど、今度はお客さんが道路の真ん中で倒れてるなんて、驚きましたよ」
・・・月を見上げて倒れたんだろうか、それとも熱で朦朧としていたからか。
「ああ・・スイマセン、真上の月が余りに綺麗に見えたんで寝転んで見上げてたもので」「そのまま寝てしまったんで?ホント勘弁して下さいよ。変な奴にやられたのか、それとも卒中かって」声を掛けて起きなかったら救急車を呼ぶ所だったと。
「こう言う場所でしょ?大きなガキ共がふざけて入り込んだり、夜中に花火を上げたり無茶苦茶する馬鹿共が偶にいまして。それで巻き込まれて殴られたりする人もいたりして」 ・・望遠鏡!・・は無事か。全く、墓場で騒ぐガキがいるとは。親はどう言った育て方をしているんだ。死者が安らかに眠っている場所を、遊園地と勘違いしているのか?
お前らだって、寝ている枕元で騒がれたらイヤだろ?不快だろ?他人の気持ちが解らないのだろうか。
(蚊蜻蛉なら叩いて潰せばいいが、人間のガキが相手なら叩くわけにもいかんだろうし)面倒な世の中になったものだ。
「ご心配おかけしました、大丈夫です。怪我も無いようですし、今日は帰ります」
っと、まだ熱が少しあるのか体の感覚が鈍い。
(立てない程じゃないし、1度家に帰ってシャワーと髭剃りと・・どこかでパンでも買って飯にして・・仕事には間に合うだろう)
効率は落ちるが倉庫整理は急ぐ仕事でも無い、急ぎの物だけは先にやってしまえば、 フォークリフトの操作は難しくない、ゆっくりやればいいんだ。
「本当に大丈夫ですか?・・」確かに彼はそう言った気がする。
意識がすでに家までの道順とこれからすべき事に振り分けられ、私は多分頷いてその場を後にしたのだろう。
「上さんは月に取り憑かれてますからねぇ」誰かがそんな事を言った、事実そうなのかも知れない。
でもそれは私だけだろうか?
河豚や魚類は満月の満ち潮を待って産卵すると聞く、珊瑚礁も卵を流す時は満月を選ぶ、 太古の昔には、魚類は海から上がり、陸を目指した時にも月は輝いていただろう。
星より明るい月は夜の世界を照らし、人類のみならず多くのほ乳類に夜の活動を与えた筈だ。つまり人も動物も太古の昔から月を見上げ、月光に道を示され生きて来た。
ならば、オレだけが月に魅入られているわけではないのだろう。
(解熱剤が効いているのか、それとも逆か?)まだ頭がボーとして力が抜ける。
今日は大人しく帰って寝る、それくらいの体力しか残っていない気がした。
・・・誰かが呼んでいる、夕食を外食で済ませて寝る・・・寝ていた意識を誰かが呼び覚ます。電気を消した部屋に誰かがノックする音が響く。
(誰・・だ?・・こんな・・夜更けに)多分夜更け・・なのだろう。
部屋の窓から差し込む月明かりが眩し過ぎて、勘違いかも知れないが。
(・・あぁそうか、薬のせいで早寝したからか)部屋の時計は確かめられないが、世間はまだ七時くらいなのだろう。
(夜分スイマセン、上さまはご在宅でしょうか)扉の向こうから、若い男のような、歳を老いた婦人のような声。
荷物の受け取りか、マンション管理組合の用だろうか。とにかく待たせては悪い。
(ハイ・・どなたでしょうか・・)
扉は開き、玄関照明の下で彼が浮かび上がる。
(ああ、お休み中の所申しわけございません)頭を下げて入って来た男は、上からの照明で顔を隠したままで良く見えない。
(不躾ながらこんな夜中の訪問になって申しわけございません、大変話難い事なのですが)
そういって切り出した男は、昨夜、月見の場に居合わせた子供達の保護者とか養育者・後見人の立場に有って今夜も私に月見をして欲しいとの事だった。
(・・いやしかし、体調も優れずさっきまで床に伏していた所で・・)
まだ少し薬が効いていて頭がボーとするのです。
(子供達が楽しみにしておりまして、貴方さまに・・イエ、正直に申しますとあの望遠鏡を楽しみに待ちわびておりまして)
私が断る言葉を出す前に男が深々と頭を下げる、
(あの子達は、昼間あまり外出歩けない体なのです。そこで静かな場所を、と思いあそこで夜空を眺めて居りました所、偶然貴方様とご一緒しまして。望遠鏡のオジサンと・・・そう何度も子供達が申すのでございます)
僅かながらのお礼も用意しましたので、差し出された封筒には数枚以上の厚みがあった。どうか・どうかと、見ているこちらが気の毒なくらい頭を下げてお願いされた。
世の中には、確かに昼間の光りが体質に合わない人間もいるだろう。それに子供達は私と同じく、月と夜空を愛する者なのだろう。
(いや月を愛する者になるのだろう・・か)
私も小さい時から月を眺めていたのだ、気持ちは解る。部屋に差し込む月明かりは煌々として、今夜の月はさぞや美しいはずだ。
幼い同好の士が生まれ、届かぬ月を眺めて待っている。それを思うと無下に断る事も出来ないが(車の運転が出来る体調では無いので・・)
(ならば、失礼ながら私が運転いたします。子供達はあの土地から近い場所に住んでいますので申しわけございませんが、お帰りだけは・・申しわけございませんが)
良い保護者じゃないか、子供達の為に頭を下げるだけじゃない。頭を使い考えて提案し折衷案まで出し・報酬もワザワザ用意して他人を説得しようと言うのだ。
[頭を下げたら勝ち]そんな日本人気質の考えとは違う、きちんと相手の事を考えて頭を下げてお願いしているのだ。
なら子供達も、ただ甘やかされているわけでも無いだろう。
そんなまともな保護者と、その庇護下で育つ私と同じ数奇をもった子供の為に[面倒]と一言で切り捨てる事が出来よう筈も無い。
(お礼とかはいいですよ、その代わり車の運転だけはお願いします。本当に熱が酷くて) その後私は、いつ着替えたのか覚えてないくらい自然に車のシートに座らされ、通り過ぎる信号を眺め、走り抜けて行く景色を目で追っていた。
「直ぐ着きますから眠らず・・・・話ながらなら・・そう言えば明日は満月です、きっと大きくて綺麗な姿が見られますね」
私の首が船を漕ぎ始めると男は急に話を始めた、(そうか・・車の持ち主が眠ってたら・・警察が変に思う・・満月か・・きっと綺麗なんだろうな)
「ああ・・・そうですね」
ぼんやりとだが、私の目には満月の姿が見える。
「日本人は昔から月を見上げ、月に思いを抱いていました。
海外なら美しい女神や神様の世界、大きな金塊とか、それはもう世界中色々な人が大きな月を見上げては、想像して夢を見てきたってスゴイ話ですよね」
地球上のあらゆる場所で観測されてきた月は、人種を問わす人々に謎と夢を与えてくれていたのだろう。
『どんなに金持ちだろうと、たとえ王だろうと月までは手に入れる事は出来きない』
そう何かで読んだ気がする。病も時間も思考力だって人間には平等に与えられていない。だが月の光だけは変わらず、いつの時代もどんな時も降り注いで来た。
高層ビルに住む金持ちも、病室で治療を続ける患者も、毎日を追われる労働者も、
情報を自由に見る事の出来ない国家の人間も。
皆、誰も、月を見上げる自由だけは奪われてはいない。
「この国の人間ならやはり竹取物語でしょうか。
竹の中から現れた少女は実は月の姫様で、色々あって月に帰って行く話です。
たとえ帝だろうと、どんな宝を持ってこようと、竜の持つ珠を手に入れた武士だろうと月の姫を・・月を手に入れる事など出来ない。私はそんな風に思った事がありますよ」
教師には笑われましたけどね、男が照れたような声で言う。
近年になって大国の宇宙飛行士達が踏み躙り、月の表面には靴跡と様々な計測機械が立てられ自動運転車が走っているらしい、悲しい限りだ。
それも最近は飽きたのか、今は宇宙ステーションとやらが持て囃され、月の全容や開発もされていない。無重力で何も無い場所に住居を作るくらいなら、月に基地を作り、
月の大地を人が生きられる場所にした方が何倍も簡単だろう。
「月は年々数㎝ずつ地球から遠ざかっているそうですよ、だから月の重量を増やしたく無いのでしょうね」
月が重くなれば、その分遠心力が作用してしまう。そう言う事か?
ならいまの内にロケットとかを設置して、完全に離れてしまう前に対応策を練るべきだろうが。やはり金か?
莫大な資金の投入が必要となるから[誰が・どこが出資するのか]が問題なのだろう。
月が離れてしまえば、地球の自転が早まり、海から地上から地球が崩壊する。
草木は日光の動きに対応できず、地熱も海の海水温も上昇し、人の住める星では無くなる事は少し調べるだけで解る。人間はその時が来るまで動かないのだろうか?
(まぁ世の中には、殴られるまで反省しない大人もいるからな)
いつから人間は教育と暴力の違いが解らなくなったのだろうなぁ。
だからこそ、他人との関わりを出来るだけ希薄にして、面倒事から背を向ける人間が増えたのだろう。
殴らないと解らない面倒で厄介な人間がいても、手をこまねくしか手段が無いから仕方無く無視し距離をとる。それが現状・現代日本だ。
警察は[民事不介入]だ、だから刑事事件[暴行傷害]になるまで動かない。
そして馬鹿共は適度に騒ぐ蠅とか蚊の類いだ、手を出せばコッチが罰せられるくせに、ヤツ等には罰則は無い。そして最近の警察は、自分達が仕える法律に詳しく無い事が多い、なら誰に頼れば良いんだって話だ。
民事とかで解決しても彼等は逆恨みし、知恵を付けて仕返しをしてくるに決っている。 たとえ豚箱に放り込まれても、出てくれば必ず仕返し・復讐をする。
そんな理不尽な人間だから犯罪を犯すのだと、この国の法律を作ったヤツ等は解っていないのだろうか。
(口で言って解らないなら殴るしか無い、説得とか面倒な事をしても相手が理解する脳が無いなら体に教える方が正しく早いだろうに)
悪い事をしたら罰せられる、他人に迷惑をかけたら痛い目に遭う。体に教えてやれば直ぐに解るだろうし、その後にでも法律に照らして[正しい教育]かどうかを判断すれば良いだろう?そうは思いませんか?
「どうなんでしょうか?殴られた意味すら解らない馬鹿なら[教育]も意味が無いでしょうし・・親の目から見れば自分の子供に振るわれた[暴力]と考えるでしょう」
なら親がきっちり[教育]しろ、それこそ[目を離さず]にきっちりと。
それを怠って、なにかあれば親気取りで首を突っ込む。(何なんだ?お前)と思わずにはいられない。
教育されなかった子供が育ってまた子供を作る、その繰り返しで馬鹿ガキが増える。
脳無しを養殖培養して、この国の文科省とか厚生労働省は国を滅ぼしたいのだろうか?
「普段は無関心ですが何かあれば声を上げる、人間のさがでしょうか・・」
そうかそれなら私も同じだ。月を見上げながら、月に誰かが足後を残すと嫌だと言う。誰も自分の大事な物に手を出して貰いたくない、でも自分じゃどうしようも無いから他人が触る事が不快なのだ。だから声を上げて自分の所有物だと主張するのだろう。
醜いものだ、私もそして他人も。
「私はね、かぐや姫に求婚するなら宝なんて要らなかったと思うんです」
・・宝を要求したのは姫の方だったと記憶している。それは姫が男達に勇気や知恵・
力を試したのでは無かったのか?試練を乗り越えた者だけが美女と結ばれる、そんな物語では無かっただろうか。
「貴族達がたとえどれ程の宝を積み上げても、結局は帝に奪われる。そんな社会構造にあって宝を探す意味なんて無かった。
だから姫は月の使者が来るまでの間、時間稼ぎをする必要があった。だからこその無理難題を彼等に与えたんですよ」
つまり、最初っから彼等は不合格だったと。かぐや姫の心すら理解出来なかった貴族達は、巧くあしらわれた事も気付かず道化を演じていたと。
「かぐや姫は最後、育ての翁と婆さんに宝を送ったって話が有ります。食べ物に困らないように、生活に困らないようにと。
ですから、私は思うんです。『私は宝なども無く、力も地位も無い。ただ貴女の家族となりたい。そして貴女を育てた方々を大事にして生涯を送りたい』と、そうすればきっと想いは届いたとは思いませんか。
かぐや姫、彼女にとって本当の宝とは結局両親だったのですから」
月から追放されたとか、空から落ちて来たとか、その物語の始まりは色々言われている。だが彼女の内面、最も重要な生涯を共にする相手について、姫が口にした記述は無かった 相手が最も大事にしている物、姫の気持ちすら解らない男達が宝を積んで、社会的地位をかさに婚姻を迫る。
見方を変えるとそんな風にも見えうる。そして滑稽な事に、かぐや姫は自分達が想像する事も出来ないような高い地位を持つ、強大な月の世界の姫だった。
確かにそれでは、お互いの理解も出来ずに袖にされるのは目に見えていた。
(相手の迷惑も考えず、姫からしても、宝でもない物を自慢毛に送り、婚姻を迫る小国の小さな王と諸侯達。だから彼等は目の前で姫が月に帰るのを黙って見ているしか無かった)
(相手の事を考える・・か)
月と地球、住む世界が違うのだ常識だって感性だって違うだろう・・・そうか、
物語を読んでここだけが違和感があったんだ。
純真で家族思いのかぐや姫が、結婚を拒む為に無理難題を吹っ掛ける。そうして月に帰るのだが、もし世界が違うのなら。
月の世界では、蓬莱の木はそこいらに生い茂り、火鼠はどこにでもいて、燕は巣に必ず貝を敷く。[竜は知らん]
そんな世界の住人が、異世界の地球に来て彼等に望んだのであるなら、それは
『月に帰りたい』と暗に願ったのではないだろうか。
昔はバナナもパイナップルもこの日本には無かった。流れ着いた漂流者が病の床で、
バナナが食べたいと言っても、我が儘や無理難題とは言わない。
それを紛い物を持って来て、いい顔をする様なヤツ等なら。
『・・・大変ご苦労しましたね・・アリガトウゴザイマス』と微妙な感じになるのは解る。
そんな微妙な連中が、自分を迎えに来た使者を相手に弓を引き、刀を抜く。
月の使者からすれば、弓を引いた時点で罰を与えても良かったのだろう。が姫を育て傷一つ無く返した事に対しての恩赦を与えたのだろうか。
結局馬鹿は殴られないと解らない、罰を与えておけば彼等がいかに愚かだったかを示す事ができただろうに。
「罰もまた、何故与えられたかを理解出来無ければ意味が変わってきます。
つまり月の使者は、未開の人間には罰を与える程の知恵も無いと・・敵意に対しても無視で返した。きっと優しさも理解出来ないと考えたのでしょうか」
もし男の言う通り、彼女を育てた二人を大事にしていたら。月の姫では無く一人の女性として残っていてくれただろうか?
価値観を共有できる相手がいたら、共に月に行けただろうか・・・・
ifの話は所詮蛇足だ。想像は尽きないが、完成した物語に何かを足すのは美しくない。(個人的には面白くはあるが)
「ようやく着きましたよ、さあ望遠鏡を組み立てましょう」
男が車の扉を開く。月の明かりが頭上から煌々と照らし、やはり彼の顔は見えない。
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