第3話

(頭が痛い・・嫌な酔い方をしたせいだ)

 最近はただ月を見るだけで嫌な物ばかりおまけがついている。

 お月見に、酷い[おまけ]は要らないと思わないか?

 月と夜空と酒と摘まみだけで、後の余分なおまけなど蛇足もいいとこだ。

 それにしても・・昨日のアレは、事実だったのだろうか?寝ぼけて夢でも見てたのだろうか?確かめるつもりでもう一度望遠鏡を組み立て、うろ覚えた感覚で方角と角度を合わせて見る。・・・・緑の屋根、壁の色、窓の形・・・アッタ、酒に酔った幻覚とかでは無く、確かにレンズの向こうにその建物は実在していた。

(チッ面倒な)犯人がさっさと捕まってくれるといいが。

 全てが男の個人宅で行われたのなら、そうそう発見されないだろう。

[民事不介入]ってやつが働くからな。

 あの面倒な映像は男が捕まるまで頭から離れないだろう、つまらない物を見せてくれた。他人の家事情は知らないが、コッチまで気分が悪くなるような真似は謹んでもらいたい。(しばらくはここも出入り禁止か・・チッ)公園もここも使え無くなった、全く世の中のヤツは本当に面倒事ばかりしてくれる。


 今日もいつも道り流れて来る倉庫伝票にチェックを入れつつ、搬入搬出されるダンボールを数えシールを読む。

 バーコードで読み取った箱は種類順に分けられ、出庫が早い物はマジックで日付しそうで無い物は[入庫日]を書き入れ倉庫にしまう。

 時間指定の出庫は複数人でするが、しまう作業は一人で出来る。今日も一人で入って来た物を確認し、判子を付いて伝票をレターケースにしまっていく。

 倉庫[管理職]に残業は無い、ただ毎日荷物があるだけだ。

 明日1番で郵便局に行き伝票を送り、戻ってからメールを送る。

世間がアナログだというだろうが、これも二重チェックと言う事です。

(今日の搬入はこれだけか?確か伝票では後2倍は有った筈だが?)

 下ろされた荷物が明らかに少ないが、トラックの運転手に尋ねても今一要領を得ない。はて?どうしたものだろう、そう思っていると。

 トゥルルルル・トゥルルル、事務所の電話が鳴り、しばらくしてから私の携帯に電話が転送された。

 ハイ・モシモシ「あっ上サン、ご無沙汰してます。本部配送係りの久藤です、お疲れ様です」

 午前中からお疲れ様とは、社会人の基本的な挨拶だ。それにしても本部配送とはまた面倒な。「お疲れさまです、こちら倉庫管理ですが今日はどのような事でしょうか」

「ハハハ、相変わらず堅いなぁ上サンは、ええそっちに今日荷物が行ったでしょうか?その荷物の受け取り先がですね、上サンの所じゃなくて別の・・」

 ようは書類上のミスらしい、こちらはまだ受け取りのサインをしてないから・・・

(って!あの馬鹿トラック、なんで出て行くんだよ!)受け取りもしてないのに荷物を置いて行くヤツがあるか。

「ちょっと失礼!」オレは直ぐさま電話を保留し、トラックを追う。

 倉庫から車が出るにはもう一度門を通過する必要がある、そこまで走れば追い付く筈。

ハァハァハァ「警備!待て、そのトラック・・出すな、待て・・ゲホッ」

 歳だなぁ、少し走っただけで息が切れる。ジョギングとかに興味は無いが、体力の衰えはヒドイ物だと実感させてくれる。

(だから、若いヤツが半世紀生きた人間を走らせるなよ。殺す気か!)

「運チャン、ハァハァ・・受け取りのサインも無しに・ハァハァ行かないでくれ・・詳しくは・・コレ、コレを聞いてくれ」

 オレの携帯を渡し、本人同士で話をさせるのが一番だ。今は息が出来ないからな。

 んなぁ・・え?ええ、ハイ・・イヤちょっと・・ハイ・ハイ・・

チッ「なんだよソレ!・・クソッ」ハイこれ、

 運転手がイラつきを隠さず携帯を返し、トラックに飛び乗った。Uターンしてからまた荷物も積み込むのだろう、イラつく気持ちも解る。

 私も当然手伝うが、1度下ろした荷物を戻す作業は本当に面倒だ。なんせ積み荷の上げ下げ自体が時間の掛かる無為徒労なのだから。

 物が少ないからフォーリフトの出番は少ないが、その分手作業が多い。

 トラックの荷台に隙間無く、バランス良く乗せるのは本当に手間な作業だ。

 ようやく作業を終わらせる頃には、汗が作業着を湿らせ本当に不快で暑い。

「ご苦労さん」私が缶コーヒーを渡すと、彼は不思議そうな顔を作り頭を下げてトラックに乗り込んで行った。 

 人生は長い、色々な事があるさ。そんな時だからこそ、珈琲を一杯飲んでから頭を動かすのだ。(安全運転で頼むよ、途中で事故でも起こされたらタマランからなぁ)

 入れ替わる様に入って来た荷物を確認し、仕分片付け、メールで先程の荷物の成り行きと報告を済ませ午後からの仕事に向けて一息付く、本当に疲れた。

 次ぎの週末は雨だった、雨の日に月見など出来る筈が無い。

 仕方無いので買った良いが途中で飽きた文庫を開く、なんと言うかな

酷く[つまらない]退屈な話だ。

 凝ったトリックも犯人の動機も今一、所詮は復讐か金かといった物だ。

 まるで人間は『金と復讐以外にはヒトを殺さない』とでも信じているような作者のエゴ。 快楽殺人を小説にしても、今の社会では問題があるのだろうが。渡世船だったか?

苦しんでいる兄弟の為に凶器を引き抜き殺してしまうような事だってあるだろう。

 今の世なら、介護疲れの娘や息子が壊れかけの父母を送ってやるような話だろうか?

ヒトの行動や精神はそんな単純な物では無い筈だと私は思う。

 相手を想って送ってやる、家族の為に自らを断つ。色々あると私は思う。

(殺人と言う行動は単純だが)それはあくまで結果に過ぎないのだろう?

[腹が減った、だから喰う]と[喰うのは腹が減ったから]はイコールじゃ無いだろ?

 行動と結果は同じでも、中身はヒトそれぞれだ。私だって面白そうだから文庫を買ったのでは無く、暇だから買った。そして暇だから読んでいるのだが、暇潰しにもならないってのはどうなんだ?

(大体このトリック、犯人がアリバイを作りたいのは解るが、被害者を殺して得するヤツってこいつとこいつだろ?そしてミスデレクションを意図したのだろうが、完全にこの女だけ浮いているだろ。じゃあ犯人はこの女かこの男しかいないだろうが)

 そして読んでいけば(やっぱりな)程度の感想しか浮かばないのだ。

 週休二日を眠って過ごし、集荷搬入出荷と伝票を整理し光熱費や水道・必要経費を纏め倉庫中の壊れた箇所の補強や電灯の交換。

 余った時間は掃除と床で塗装のはげた場所を塗る、誰がやっても・やらなくてもいいような仕事は多い。

 黙々とやっていたら以外と時間なんて簡単に経つ、何をしてもしなくても時間は過ぎて行くのだろう。

次ぎの週末は晴れいた。

 窓を開け車を走らせれば、水の腐ったような青臭い植物のような独特の匂いが混じる。ドブやヘドロほど臭く無く、だからと言って小川ほど澄んでいない水の匂い。

 河の流れが遅く、河口が直ぐ近くにある証拠だろう。

 海と川の境界は時々かわる、今日は引き潮で随分と海から遠い筈だが、今日は車が走り過ぎた、もうそこは河の水が海水になっているだろうか。

 多分後5分も走れば、本当に港かその近くの倉庫に入り込むだろう。

気の疲れで急いで車を走らせたせいだ、空はまだ夕暮れを少し越えた程度で月見には早い。

 その辺で犬を散歩させている男や、自転車で走る子供、車から見えるその姿は様々だ。

(少し待てばすぐに暗くなる、それからでも大丈夫だな。時間は十分あるし、また近所の住民に通報されるのもアレだしな)

 少しだけ目を瞑りウトウトし始めて少し経った頃、急に何かを感じて外に出た。

 湿気の含んだ風、薄い潮の匂い、半分まで戻った月。そして水面を叩くなにかの音と

微かな声。鳩?それともカモメの類いか?

(暗くて良く見えないが・・巨大なナニカが水辺で暴れてる?)

 興味はあるし、見に行きたい気持ちはある。

 がそれ以上に面倒な事になるような気配が濃い。

 タス・・ゴボッ・・タスッ・・ケ・・

(ああ、あれは・・ガキか・・可哀想に・・)だからと言って助けられる訳がない。

 オレは成人してから三十年以上プールも海にも行ってないのだ、泳げるかどうかすら怪しい状態で溺れた人間を救助?無理だ。

 一緒に沈むに決っている、オレは死にたくない。

 大体だ、ガキの面倒は親が見るもんだオレのガキじゃない。

 それにガキに物を教えるのは学校の仕事だ、オレは教師じゃない。

 危ない物・危険な場所・してはいけない行為、それらを教えるのは親か教師か、それともガキの身近にいる大人だ。

 オレは今日たまたま、この場所に居合わせただけの他人。

 危険を覚悟で助ける義理も縁も無い、世界は間抜けと馬鹿と不幸なヤツから死んで行く、たまたまヤツが不幸だっただけだ。

 どこにでもある、誰にでも起り得る不幸がヤツの身に起っただけ。

(ただ、オレがここに居たことが世間に知られるのはな)

チッ、くそ。ああ、ここでも月見するのに邪魔が入るのか、クソッタレッ。

 車の扉を開けてエンジンを掛け、アクセルを踏む。

 どうでもいいがオレを巻き込むのは止めてくれ。

 間抜けが勝手に死ぬのはどんな時も同じ、危険を教えなかった親、聞かなかった子供どちらも等しく阿呆だ。

 せめて身の危険を感じる程度の危機意識と、それを回避しうる体力は付けてやるべきだ。

(結局生き物が生きていくには知恵か体力か運。そのどれか一つでも持っていれば、あのガキも・・な)少しは長生き出来ただろうに。

 おれは何も見なかった、何も知らない、それに体力も無い、だからしょうがないだろう。 無条件で助けて貰える、いつでも誰かが助けに来てくれる。そんな与太話は漫画かTVの中にしか無い。戦争も疫病も冤罪も、本当の事は自分の目で見て、その身に降りかかって始めて見えて来る。

 だから人間は自分に降りかからないように知恵を使い、勉強し、真実から遠ざかる。

まぁ子供に見せる物では無いから、不幸なガキは知りようが無かったのだろが。

・・・確かに、オレが後二十年若くても、真っ暗な夜の川に飛び込んで助けるなんて事は無いだろうなぁ。やっぱりどうしたって危険な場所で遊んでいた子供は死んだのだ。

(カッパとかたぬきとかの仕業ってのも考えられるな、賢いヤツは危うきに近づかずだ) 折角冷えたビールも、辛いスナックも無駄になった。

 オレは家に帰り、潮風の着いた体をシャワーで流してTVを付ける。

 相変わらず世間では、下らんバライティ番組で芸人が笑っていた。

 この国でそれもついさっき、若い人間が命を落としたと言うのに何ともお気楽な。

(そうでは無いのか?この国では年間何千人と自殺し、毎日何人もの事故死し、病死などは切りが無い。それでも彼等TVタレントや俳優達は笑い、政治家をこけ下ろし、与党の弱点や粗を探してあげつらう。

 批判するだけで賢いと思い込む輩も滑稽だが、ソレを許すTV局も民意の煽動をして笑っているのだろうか?)

 なるほど、それじゃあTVは作る方も、見ている側も面白くて仕方無いのだろうな。

 視聴者はタレントの馬鹿な発言を笑い、タレントは自分達の発言で笑わせた視聴者を笑い、制作する連中は煽動された世間を笑う。

 三方両笑い、結構な話だ。

 オレ程度の批判など、『苦々しく思う連中は見るな!』か『アイツらはただのクレーマーだ』のどちらかと彼等は受け取るのだろう。

 所詮は煽動されなかった人間は少数の異端。

 世間では一千億の利益をもたらした政治家も、一千万の賄賂で排除する。そりゃあ彼以外でも利益は出せただろうが、それはあくまで仮定の話だ。

 一千億の利益を国にもたらした実績は無視して、万分の一の賄賂で失脚させるなんて勿体ない話だとは思わないのか。

 役に立たない真っ白な政治屋より、役に立つ灰色の政治家の手腕を必要とする場合だってあるだろう。(真っ黒と真っ赤は論外としてもだ)

 少なくとも国に利益をもたらした人間には、国は寛容であるべきだし、国に害をもたらしたなら、国は厳格な対応をすべきだろう。

 それだけ国に携わる仕事は責任が重く、覚悟と信念を持ってして頂きたい。

 少なくとも馬鹿に煽動された大衆に、媚びへつらうような真似はして欲しく無いよ。

(・・・大衆やマスコミに媚びへつらわない選挙公約を上げても、はたして当選するかと言えば無理なんだろうなぁ。

 TV・マスコミの影響力・大衆の洗脳・煽動力を利用しないと選挙に勝てないだろうし煽動された大衆は、マスコミが洗脳済みだしな)

 自分のやりたい事も正直に口に出来ない政治家と、何がしたいのか解らない相手に投票する市民、不幸な話じゃないか。

 そう不幸ってのは何処にだって転がって居る、今日死んだ人間も明日死ぬ人間も皆不幸なんだ。

 なにも悪い事をしていないのにも関わらず、逃げるように車を走らせて帰らなければならないオレも不幸に巻き込まれた被害者だ。

 ガキをきちんと見ていない親が悪い、危険を教え無かった周囲の大人が悪い。

 注意を聞かなかったガキも悪い、三方三悪だ。

 オレには全く関係無い事で、関わり合いが有ったようにするなよ本当。



「上さん、どうしたんです?休み明けって顔じゃないですよ」

 あれからビールを飲んでも寝付きが悪い、どこから聞こえるのかバシャバシャと耳に音が残る。いいかげんにしてくれと思っても、あの夜の、月の色が瞼に残る。

「悪酔いか・・な?食あたりってわけじゃないし。ありがとさん」心配をかけた若い社員に作り笑いで返し、濃いめの珈琲で脳を起こす。

「あんまり濃いヤツだと胃に悪いって言いますよ、この際ミルク派に加入しては?」

「ははは、馬鹿言っちゃいけない。珈琲は何も入れないから珈琲なんだ、ミルクとか砂糖を入れたらそりゃあカフェオレとか、珈琲ミルクだよ」

 珈琲の生産者に悪いと思わないか?珈琲を売る会社に悪いだろ?

 世の中の珈琲は微糖にシフトしている、色々混ぜて珈琲豆の味わいや焙煎・水の温度・入れ方の工夫を誤魔化せる時代じゃないんだよ。

「ようやくいつもの上さんが戻りましたね、じゃあ今日も宜しくお願いします」

 そうだな、気持ちの切り替えだ。月は毎日違う顔を見せる、ならもうあの夜の、あの時の月に出会う事は無いのだ。

「そう言えばニュース見ました?恐いっすね~引き籠もりが親を殺しちゃったって話。

 この辺であったらくて、報道のヘリとかメッチャ飛んでましたよ」

  緑の屋根の家のが頭に浮かぶ、多分・・いや、他の家かも知れないが。

「ふーん、まぁでも犯人が捕まったなら人の口も四十日だ、来月には忘れてるさ」

 今週末には別のニュースの話題でもしているだろう、人間ってのはそんなもんさ。

「ドライっすねぇ、でもあんなニュースを見せられたら子育てってのもアレですよね~」 アレってなんだ?面倒?しんどい?苦痛?どちらにしてもネガティブなアレだろう。

 オレが言うのもなんだが、子育てってのは楽しい物じゃないのか?

 自分の子供がスクスク育ち、逞しく・賢く・強く・明るく育つ。ソレを毎日見ながら老いて行けるなんてのは、人としては喜びしか無いだろう。

 社会で成功する・美人の奥さんを貰う・自慢の子供がいる、それはどれも等しく素晴らしい事ではないか?

たとえ自分が社会で底辺だとしても、自慢の子供・美しい奥さんがいるだけで勝ち組だ。確か『美しい妻を得る事は、一国を得る事と同等だ』とか何とか。

 それに子供は宝なんだろ?宝を得る為に、人は求め探すのだろう?なら若いヤツは子供を大事にするべきではないのか?

(他人の宝に興味は無いが、しかし親とはそう言った物では無いだろうか?)

「・・子供か、そうだな。人間一人育てるんだ、大変だろうよ」

 猫とか犬とかじゃない、口答えもするし反抗期だってある。体力は追い抜かれ、子供の考えだって解らなくなって来る。

 別固体の人間と見限れば見捨てる事も出来よう、見知らぬ他人だと思えば放置も出来ようが。血縁であり、幼い頃から見ていた我が子だ。

 殺されたとは言え、親が見た最後の人間が我が子だってのは幸せなのかね?少なくとも[最後を見取られて]逝くのだから。

(私は・・多分、孤独死だろうな)寝たきりの自分が、汚れた天井を見ながら涙を流して死んで行くのが目に浮かぶ。まぁ、ざまあみろって話だ。

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