第26話 DRR+ 草詰リリス ①
「秋月くん、榊くん、市川さん、お疲れ様でした」
先生はぼくたちにねぎらいの言葉をかけた。
「ところで、一体どなたが、いじめの首謀者だったんですか? 先生すごく気になるのですが」
先生は本当に最初から最後までこのゲームを楽しんでいるようだった。
「それより先生が内藤に何を言ったか聞かせてもらえないか?」
ぼくは言った。
内藤は先生に何かを耳打ちされた後、絶望に顔を歪ませて死を選んだ。
「ぼくの予想が正しければ、先生はいじめの首謀者の正体を内藤に教えたんじゃないか?」
いじめの首謀者が誰かを知って、内藤は自分が今まで何人ものクラスメイトを殺してきたことがまったく意味のないことだと知った。だから彼女は良心の呵責から自殺した。ぼくはそう考えていた。
「私はお三方のうちの誰がいじめの首謀者か知りません。教えられるわけがないでしょう」
「ぼくたちは三人ともいじめの首謀者なんかじゃない。いじめの首謀者はこいつだろ」
ぼくは携帯電話を先生に思い切り投げつけた。
先生はそれを片手で受け取ると、
「君が言っている意味が私にはよくわからないのですが」
と言った。
「そいつの中にいる女の子がいじめの首謀者だ」
え、と祐葵と鮎香がぼくを見た。ほう、と先生が感心したような声を上げた。
「すっごーい。よくわかりましたね! さすが秋月蓮治様。名推理ですね」
携帯電話から女の子の声がした。
祐葵と鮎香が驚いていたが、ぼくは驚かなかった。
「推理なんて大したものじゃないよ」
ぼくは携帯電話に映る、待ち受け画像の女の子に言った。
「ただの消去法だよ。ぼくはいじめの首謀者じゃない。祐葵も鮎香も違う」
そう、いじめの首謀者は最初から決まっていた。
ゲームの主催者は棗先生やちづる先生を電子ドラッグ漬けにして利用したくらいだから。いじめの首謀者がこのゲームの本当の主催者だ。
祐葵や鮎香がそんなことをするはずがない。
当然、電子ドラッグ漬けにされた先生たちもふたりとも首謀者じゃない。棗先生は狂言回しの役割を与えられたにすぎない。
内藤美嘉がいじめられる者といじめの首謀者両方を演じていた可能性もなかったわけじゃないけれど、彼女が受けた仕打ちやさっき自殺したことから考えても彼女は首謀者じゃない。
ぼくはそう言い、
「この教室に残っているのは、あとはお前だけなんだよ」
携帯電話の女の子にそう告げた。
「なるほど。けれど、携帯電話の待ち受け画像だったわたしがいじめの首謀者だなんて普通思いませんよ」
だろうな、とぼくは思う。自分でもどうしてそんな考えに至ったのか、正直よくわかっていなかった。
「夢を見たんだ。毎日のように。やけにリアルな夢でさ。夢の中でぼくはひきこもりの不登校で、友達がひとりもいないかわいそうな奴なんだよ。夢の中では姉ちゃんには年上の彼氏がいて、その彼氏がぼくに携帯電話をくれるんだ。その携帯電話は次世代の、といっても十年、二十年先の携帯電話の試作品で、スマートフォンのことをアンドロイド携帯って呼ぶこともあるだろ? そいつには実際に使用者にしか見えないホログラムタイプのアンドロイドが搭載されているんだ。高度な人工知能を与えられたそのアンドロイドは、使用者に携帯電話の使い方をレクチャーするコンシェルジュの役割が与えられていて、ぼくはそいつといっしょに過ごす、そんな夢」
名前は何ていったかな、喉まで出かかってるんだけど、思い出せない。
「草詰アリス」
携帯電話の中の女の子が言った。そうだ、そんな名前だ。
「ずっとただの夢だと思ってた。でも加藤麻衣の最期の言葉を聞いて、ぼくは思った。意味はよくわからなかったけれど、あれは夢じゃなく、この世界とは違う世界がどこかにあって、ぼくはその世界のぼくのことを見てるのかもしれないって」
「当たらずも遠からずってところでしょうか」
携帯電話の中の女の子が言う。
「お前こそ、さすが秋月蓮治様って言うくらいだから、ぼくのことを知らないわけじゃないだろう?」
「わたしはかつてあなたのコンシェルジュを務めた草詰アリスや、神田透様、氷山昇様、真鶴雅人様、大和省吾様、加藤麻衣様、宮沢理佳様、山汐凛様、そしてそこにいらっしゃる棗弘幸様たちのコンシェルジュを務めた四八台のDRRシリーズの姉妹機にあたります。姉妹といっても妹の方です」
「さらに次世代の存在ってわけか」
「そういうことです。といっても、草詰アリスがiphone5なら、わたしはiphone5cかsといった程度の存在ですけど」
「少しだけヴァージョンアップされただけってことか」
「DRRシリーズの計画は二千年前から行われていたこの国の最大、最重要プロジェクトです。五十年から百年に一度のペースで、わたしたちは何十代にもわたって作られてきました。その時代に最も見合った形、この時代なら携帯電話、太古の時代なら勾玉といったように、わたしたちはその時代の人間が持っていても不自然ではない形に作られてきました」
「目的は何だ?」
「DRRシリーズは世界をあるべき形に再構築するために作られました。草詰アリスたちの元になったのは、古代宇宙飛行士であったイエス・キリストがこの島国に遺していった肉体です。イエスの使者の一族はイエスの肉体を四八の部位に分け、それをもとに四八台の草詰アリスたち、DRRシリーズが作られました」
「世界のあるべき形?」
「戦争や紛争のない世界。飢餓に苦しむ人々のいない世界。人が人を殺すことのない世界。誰も傷つくことなく、世界中の人々が隣人を思いやり愛する世界。あるいは、この国が世界の王となる世界。解釈はひとそれぞれです。草詰アリスたちには意志はなく、その意志決定権は適格者に委ねられていました。そのため、その世界では四八台のDRRシリーズの所持者、適格者と呼ばれる者たちにより、世界の再構築合戦ともいうべき戦いが起こり、秋月蓮治樣がその戦いに勝利し、世界を再創世する神の権限があたえられました」
別の携帯電話から声がする。祐葵の携帯電話からだった。
「このゲームは、秋月蓮治樣がわたし、DRR+を持つにふさわしい人間かどうかを再テストするために行われました。今回この学校の全校生徒全教職員にお配りした携帯電話は、DRRzero。イエスの部位からではなく、無から、DRR+と研究所のデータベースより作られた大量量産型」
今度は鮎香の携帯電話から。
「この世界は本来あるべき世界から無数に分岐した世界のひとつ。本来あるべき世界の秋月蓮治樣は、四八台のDRRシリーズすべてを手にし、その世界の神として、もう誰も二度と再構築する必要のない世界を再創世しました」
「ぼくが神に?」
「あなたではありません。あなたはこの世界における秋月蓮治様にすぎません。神になられた秋月蓮治樣のコケラのようなものです」
「しかし、わたしたち、いえ、わたしたちを作った研究所の人間たちには大きな誤算がありました。秋月蓮治樣は世界の再創世の後、四八台のDRRシリーズをすべて破棄してしまわれたのです。秋月蓮治樣が治める世界にわたしたちは必要ないと」
「なんつーか、すごいねぼくって」
「何度も言いますが、あなたではありません」
「わかってるよ、もう。冗談の通じないやつだな」
「そこで研究所は、新たに一台のDRRシリーズを作りました。イエスには隠された四九番目の部位が存在したのです。イエスが遺していった体は両性具有でした。その隠された部位、女性器を元にDRR+は作られました。それがわたし、草詰リリスです」
草詰リリスと名乗った女の子は、ぼくたちの持つ携帯電話の画面から一斉に、よいしょと言って、手を足を顔を出した。そしてそれらはぼくの目の前に集まり、もう待ち受け画像ではない、人間の形をした姿で現れた。
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