第25話 出席番号女子5番・加藤麻衣 ②

「青先生、お願いします」

 ちづる先生が銃を構えた。ちづる先生なら確実に加藤の頭か心臓を撃ち抜いてくれるだろう。加藤を守ってやりたかった。けれどぼくにはまた守れなかった。だから早く楽にしてあげてほしかった。くそ、篠原、いったいどうなっているんだ。電子ドラッグが全然効いてないぞ。

 しかし加藤は向けられた銃口を手で制すると、撃たれた腹を手で抑えて、ぼくのもとに歩み寄ってきた。

「秋月くん……」

 もはや彼女は虫の息で、けれどぼくの名前をしっかりとした口調で呼んだ。

「あなたはデジャブのようなものを何度も感じたりしていない? あの赤い携帯電話を見たとき、何かを感じなかった? どうしてあなたはこの学校に入学してすぐ、自分と違う中学校の卒業生だった榊くんや市川さんとすぐ仲良くなれたのか疑問に思ったことはない? 市川さんをあなたが必死に守ろうとする理由は何か考えたことはある?」

 彼女は、ぼくの夢を知っている? でも、どうして?

「わたしたちは以前、あの赤い携帯電話を持っていた。この世界とは別の世界の話よ。その世界ではあの赤い携帯電話には人の存在を歴史そのものから消してしまうほどの力があった。誰かの存在がなくなることで、世界は大なり小なりあり方が変わってしまう。その力は、世界を再構築する力であったとも言えるわ。世界は何度も再構築された。わたしが記憶しているだけで五十回以上も。そして再構築されるたびに世界は枝分かれして、分岐してしまった。同じ人間が生きる無数の世界が生まれてしまった。きっとこの世界はそのひとつに過ぎないわ。この世界のわたしはもうすぐ死ぬ。元の世界のわたしももういないかもしれない。けれど、他に無数の世界があって、わたしはその世界できっと生きているわ。またどこかの世界で会いましょう」

 加藤はそう言うと、ちづる先生を制していた手を力なくだらりと下ろした。

 ちづる先生が発砲し、銃弾は加藤の頭を貫通した。脳漿が飛び散った。

「加藤……」

 ぼくはただ、崩れ落ちる加藤の体を見ていることしかできなかった。

「あああああああああああああ」

 脇田が叫んでいた。

「麻衣様麻衣様麻衣様麻衣様」

 脇田は泣きながら加藤の名前を呼び、彼女の脳漿を集めていた。なぜそんなことをしたのかわからなかったけれど、昔車で凱旋中のアメリカの暗殺された大統領の隣に座っていた大統領婦人が同じことをしたのをテレビで見たことがあるのを思い出した。大変なことが起きてしまった、けれどすぐに戻してやれば治るにちがいない、きっとそんなことを考えたのだとぼくは思った。

 脇田は集めた脳漿を加藤の頭に戻したが、加藤が生き返ることはなかった。

「あああああああああああああ」

 また脇田は悲鳴のような叫び声を上げて、ちづる先生に向かって行った。

「やめろ、脇田!」

 ぼくは叫んだけれど、遅かった。

 ちづる先生は脇田に向けて銃を構えると、何のためらいもなく引き金を引いた。

 脇田は加藤と同じように頭を撃たれ、脳漿を飛び散らせた。

「くそっ」

 また無駄にクラスメイトを死なせてしまった。

 ぼくはもういじめの首謀者の存在にたどり着いていたというのに。

「ゲームは終わりませんか。どうやら、加藤さんも脇田さんもいじめの首謀者ではなかったようですね」

 先生が言った。

 ぼくは今すぐこのくそったれな教師をぶちのめしたくてしかたがなかった。

 篠原、お前言ってたよな。


──意識を取り戻したとき、君は君であって、君でなくなっていると思う。軽い興奮状態になり、好戦的になると予測される。筋肉が大きく膨れ上がり、身体能力は通常の五十倍ほどになるだろう。しかしその分、体への負担も大きくなる。どれくらいの時間、その状態を維持できるかはわからない。一分かもしれないし、一時間かもしれない。しかし君はそのとき、神に等しき力を手に入れている。


 ぼくは篠原がハッキングしたいじめロールプレイのアプリの、電子ドラッグの中の世界から帰還し、意識を取り戻した。けれど、ぼくが篠原の言う神に等しき力を手に入れることはなかった。まだなのか、篠原。それともお前の勘違いだったのか。ぼくがその力を手にいれなければ、お前の言う通り、誰もこのゲームを生き残ることなんてできない。ぼくは、祐葵と鮎香を守りたい。内藤にはもうこれ以上人殺しなんてさせたくないし、彼女のことも守りたい。姉ちゃんも助けに行かなくちゃいけないんだ。力が必要なんだ、篠原。助けてくれ。次はぼくか、祐葵か鮎香が死ぬんだ。

 もう、この教室には内藤美嘉と市川鮎香、榊祐葵、ぼくの四人しかいなかった。

 内藤が言った。

「あんたたち三人のうちの誰かだったんだね。意外。でも、こういうのの犯人って大抵意外なものよね。金田一少年とか名探偵コナンでも、一番怪しくない奴が犯人だったりするもんね。絶対に許さないから。わたしは必ずこのゲームを勝つから」

 それはぼくたちにとって、死刑宣告に等しい言葉だった。

「えー、秋月くんに残念なお知らせがあります」

 先生が携帯電話を見ながら言った。

「ひとつは秋月くんが篠原くんに頼んでいた電子ドラッグのハッキングですが、ゲームを主催するあるお方からルール違反ではないかとの問い合わせがありまして、ルール違反かどうかの判定はすごく難しかったのですが、ゲームを滞りなく進めたい主催者の方のご意向も考えて、篠原くんが電子ドラッグのハッキングを終えた瞬間から、電子ドラッグの機能は完全に停止させてあります」

 残念でしたー、先生は舌を出してぼくに言った。

 くそったれ、とぼくは思うしかなかった。篠原が命がけでやってくれた作業が、何の意味もなかったことになるなんて。内藤にか、先生にか、これからぼくが殺されるにしても、あの世で篠原にあわせる顔がなかった。

「それから、秋月くんに残念なお知らせがもうひとつあります。たった今の処刑タイムで、秋月くんのお姉さんは制限時間オーバーとなりました」

 なんだって?

「いじめロールプレイのルールに従って、秋月理英さんは担任の後頭光(ごとうみつ)先生によって処刑されましたことをお悔やみ申し上げます」

 姉ちゃんが、死んだ……?

 愕然とするぼくのそばを先生が通りすぎていった。内藤の席に向かって歩いていく。

「内藤さん、実は大切なことを、先生、あなたに言い忘れていました」

 先生が内藤に何かを耳打ちした。

 その言葉を聞いた内藤は呆然とした顔をして、先生が差し出した銃に手を伸ばすと、銃口を口にくわえた。

「やめろ、内藤、やめろ」

 ぼくは叫んだ。けれど、遅かった。内藤が引き金をひく。

 パアン。

 内藤の後頭部がはじけて、脳漿が飛び散った。

「いやああああああ」

 鮎香が悲鳴を上げる。

「そして、このクラスのゲームも内藤美嘉さんの自殺によって、終了です」

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