第24話 出席番号女子5番・加藤麻衣 ①

 祐葵と鮎香、加藤麻衣、内藤美嘉、脇田百合子、それからぼく、生き残っていたのはたったの六人だった。

 長谷川と平井、佳苗と藤木と八木の五人が死んでいた。

 五人も死んでいるなんて、ぼくは一体何時間意識を失っていたのだろう。

 携帯電話の画面を見た。十一月十九日、火曜日の午後十二時前だった。処刑タイムの直前だ。

 ぼくは十二時間近くも意識を失っていたのだ。その間に一回復讐タイムがあって、ひとりが内藤に処刑されたのか。残りの四人は指令を実行できず、やはり内藤か、もしくは先生に殺されたということだろうか。

「目が覚めたか」

 祐葵がぼくに気づいた。

「悪い、五人も死なせちまった」

 申し訳なさそうに言った。けれどぼくには彼や鮎香を責める権利などない。

「お前が意識を失ってすぐの指令を、俺たちは実行できなかった。実行できない指令だったんだ。だから、ドラッグでトリップ中の平井を俺たちは生け贄にした。そのあとも俺たちには絶対に実行できない指令が続いた。俺たちは長谷川と藤木を生け贄に差し出すしかなかった」

 ぼくは指令メールを確認した。


──内藤美嘉を全員でリンチしろ。


「この指令が実行されず、平井が殺され、次の時間は休憩時間になった」


──内藤美嘉を男子全員でレイプしろ。


「この指令も実行されず、長谷川が殺され、次の時間は休憩時間になった」


──内藤美嘉を全員でリンチしろ。


「この指令も実行されなかった。藤木が殺され、休憩時間にはならず復讐タイムに突入した」

 確かに、祐葵たちには絶対に実行できない指令だった。実行できないことを知っていて、わざと二回繰り返しているのだ。いじめの首謀者は本当に最低のクソ野郎だ。

「復讐タイムで、内藤が佳苗を殺した。そしてまた実行できない指令が来た」


──内藤美嘉を男子全員でレイプしろ。


「その指令も俺たちはまた実行できずに、俺たちは八木を生け贄に差し出すしかなかった。八木が殺されて、次の時間は休憩時間になった。そのあとは比較的簡単な指令メールだったから一人も死なせずに済んだんだ」


──内藤美嘉の髪を切れ。


「その指令は一見、内藤の髪を思いっきり短く切らなきゃいけないように見えるけれど、どれくらいの長さ切らなきゃいけないのかは指定されてないことに鮎香が気づいたんだ。だから鮎香が内藤の髪を一本、何ミリか切るだけで指令を実行したことになった」


──内藤美嘉を男子が裸にしろ。


「その指令は内藤に許可をとって、俺が実行した。みんなには目をつぶっていてもらった。俺さ、女の裸見るのはじめてだった。すごく綺麗なんだな。でも、こんな指令で見てもなんにも嬉しくなんかなかった」


──内藤美嘉の生爪をはがせ。


「これ、実行したのか?」

 ぼくの問いに、祐葵は、ああ、と言って、

「内藤から足の小指の爪だったら痛くないからって言ってきたんだ。あいつ、遺伝か何かでさ、足の小指の爪が二枚に分かれてて、重なって生えてたんだ。その上の方に生えてる爪だったらはがしてもいたくなくて、よく自分でも見栄えが悪いからってはがしたりしてたらしい。だから、なんとかその指令も実行できた」

 そして今に至る、というわけだ。

「もうすぐ復讐タイムだ。たぶん、内藤は加藤麻衣を殺すと思う」

 内藤は携帯電話の画面と、拳銃を交互に見ていた。拳銃の安全装置が外れるのを待っているのだ。

 加藤は次は自分が撃たれるだろうと覚悟しているように見えた。脇田は加藤の盾になるつもりだ。

 不思議だった。

 みんなの考えていることがわかる。

 あの世界、”D”に行ったからだろうか。あの世界に行ったという記憶があるけれど、ぼくにはそこで何をしたかという記憶はなかった。誰かに会ったような気もするし、誰にも会ってないような気もした。ただ、いじめの首謀者が誰かということだけには、ぼくはもうたどり着いていた。その記憶だけを、もしかしたらあの世界で会った誰かがぼくの魂に深く刻み込んでくれたのかもしれなかった。

「内藤」

 ぼくは言った。

「復讐タイムだけど、撃つか撃たないかはお前の自由だって先生言ってたよな。もう撃つな」

 内藤は返事を返さなかった。ただ、携帯電話を拳銃を交互に見続けるだけだ。ぼくの言葉を聞いているのか、いないのか、それすらもわからなかった。ただ、彼女からは激しい殺意だけが伝わってきた。加藤麻衣を殺す、撃つ、殺す、撃つ、いじめの首謀者は絶対許さない、わたしは絶対生き残る、殺す、撃つ。彼女の思考はそれだけだった。けれどぼくは説得を続けた。

「いじめの首謀者はこの中にはいない。いじめの首謀者は……」

 ぼくの口を塞ぐ手があった。

「おかしなことを言って、内藤さんを惑わせないようにしてください」

 先生だった。先生は片手でぼくの口を塞ぐと、もう片方の手で、ぼくの両手を後ろ手に素早く手錠をかけた。しまった。手錠まで持っているとは予想外だった。これじゃ身動きがとれない。

 その瞬間、カチリと音がした。拳銃の安全装置が外れたのだ。

「さぁ、内藤さん、復讐タイムです」

 先生がそう言い終えるより先に内藤は拳銃を構えていた。銃口は加藤麻衣に向けられていた。思った通り、脇田が加藤の盾になった。

「どきなさい、脇田」

 内藤が叫ぶ。

「絶対に麻衣様を殺させやしないから」

 脇田も叫んだ。

「いいよ、百合子。わたしはもういいから」

「麻衣様?」

 加藤が脇田を押しのけて、脇田は転んだ。

「百合子、今までわたしによくしてくれてありがとう。あなた漫画家になって、教団の文化部に入るのが夢だったわね。お父様に推薦しておくわ」

「麻衣様!」

 脇田は再び盾になろうと立ち上がろうとした。けれど、その瞬間、内藤が拳銃を撃った。

 銃弾は、脇田の耳をかすめ、加藤の腹に命中した。

 貫通はしなかった。

 弾が貫通せず、体の中に残った方が激しい痛みを伴うと聞いたことがあった。ぼくたちには想像もつかないような回転速度で銃弾は体の中をえぐり続けるのだ。

 おまけに撃たれた場所が腹じゃ、すぐには死ねない。

「やれやれ、また介錯が必要なようですね」

 先生がそう言った。

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