最終話 DRR+ 草詰リリス ②

「わたしの目的は、秋月蓮治様をこの世界の歴史から消去することです。そうすることで、世界をDRRシリーズが破棄されることのない、あるべき形に戻すことです。そのためにこんなゲームを催してみたのですが……お気に召して頂けましたか?」

 その問いの答えをぼくは口ではなく、拳で示した。

 しかしぼくの拳は空を切るように彼女の体をすり抜けてしまった。

「触れませんよ、このわたしは所詮ホログラムに過ぎませんから」

 わたしに触れることができるのは、わたしの所持者となる適格者の方だけです、草詰リリスは言った。

「ぼくはその器じゃないってことか」

「いいえ、あなたは見事ゲームに勝ち抜かれました」

 草詰リリスは言う。

「あなたはやはり神になるべく運命を仕組まれた方なのかもしれません」

 そんな大層なもんじゃない。ぼくはただ死ぬ気で、祐葵と鮎香と、それから姉ちゃんを守ろうとしただけだ。

「契約をしませんか?」

 草詰リリスは言った。

「契約?」

「そう、秋月蓮治樣、あなたがわたしの所持者になる、DRR+という携帯電話の新規契約です」

「そうすることで、ぼくに何かメリットはあるのか?」

「この世界の歴史から、このゲーム、いじめロールプレイが行われなかったことにする、というのはどうでしょう?」

 それは魅力的な提案だった。

 そうすれば、死んだクラスメイトたちは皆生き返る。

 ゲーム自体がなかったことになるわけだから、死んだという事実も消える、生き返るという表現は間違っているだろうけれど。

 ぼくたちはいろいろな問題を抱えてはいるけれど、このクラスをもう一度やり直すことができる。

 姉ちゃんも生き返る。

「じゃあ、お前にとってのメリットは何だ? タダで、そんなサービスしてくれるわけないよな」

「わたしを使って世界をもう一度再創世して頂きます。DRRシリーズが存在を許される世界に。秋月蓮治樣にとってのメリットは、わたしにとってのメリットのおまけのようなものです」

 ぼくが世界を再創世しなければ、ゲームをなかったことにすることもできなければ、誰も生き返ることもないということか。

 ぼくの存在がこのゲームを引き起こしたなんて、まるで孫悟空がいるせいで地球が度々滅亡の危機に瀕するドラゴンボールみたいな世界観だ。孫悟空は二度目に死んだときに、自分を生き返らせないでくれと言った。それが地球のためになると彼は思ったからだ。

 ぼくの存在を消すのが目的だと、草詰リリスは最初言っていた。

 ぼくの存在がなくなれば、ぼくによって世界が一度再創世されたという歴史はなくなる。このゲームが開催されることももちろんなくなる。

 ぼくが彼女と契約を果たして世界をもう一度再創世したところで、結果として変わるのは、その世界にぼくがいるかいないかということだけだ。

 だったら答えは簡単だ。

「当初の目的を果たせ」

 ぼくは草詰リリスに言った。

「ぼくを消すのが目的だっただろう」

 彼女はしばし黙り、

「いいのですか?」

 そして言った。

「たぶんだけどさ、お前の言う通り世界を再創世しても、また同じようなことが起こる気がするんだよね。ぼくのせいで誰かが死んだり、苦しんだり、辛い、悲しい思いをしたり、そういうのはもうごめんだ」

「存在を消されるということは、ただ死ぬこととは意味が違うのですよ」

「ぼくはただ死ぬ方が、えげつない仕様だと思うぜ。誰が世界をそんな風に設定したのか知らないけどさ。人が死んだ後、遺された人たちはいろんなことを考えるんだ。失った人が大切な人であればあるほど、心を病む人もいるし、後を追う、死を考える人だっている。誰かにそんな思いをさせるくらいなら、消されて、誰からも忘れられた方がいい」

「本気でおっしゃっておられるのですね」

「大真面目だよ。おまけに、ぼくにはもうやり残したことも悔いもない。今消してもらってもかまわない」

 ぼくは言った。姉ちゃんは守れなかったけれど、祐葵と鮎香を守ることができた。姉ちゃんもクラスメイトもみんな生き返る。それで十分だった。

「では、秋月蓮治様の存在を消去致します」

 けれど、そのぼくのがんばりも、なかったことになってしまうのは、少しだけさびしかった。

「祐葵、鮎香」

 ぼくはふたりの名前を呼んだ。大切な友達。親友。

 ふたりの存在があったから、ぼくは最期までぼくらしく生きることができた。

「待ってくれ」

 祐葵が草詰リリスに駆け寄った。

「蓮治がどうして消えなきゃいけないんだ」

「秋月くんがいなくなったら、わたしはどうなるの?」

 鮎香はぼくに駆け寄って言った。鮎香は泣いていた。

「ぼくの存在はなかったことになるんだ。鮎香はぼくのことを忘れる。何も問題ないよ。悲しいのは今だけ。ごめんな」

 ぼくは鮎香の頭を撫でてやった。好きだと言ってあげたら、彼女は喜ぶだろうか。悲しい思いをさせるだけだろうか。わからなかった。

「秋月くん、体が」

 鮎香の頭をなでるぼくの手が先ほど草詰リリスの体をすりぬけたように、鮎香の体をすり抜けていた。けれど、さっきとは逆だ。ぼくの存在が消えつつあって、鮎香にもう触れることもできないのだ。

「時間、みたいだ。ごめんな」

 ぼくが自分の存在を消すことを選んだのは、世界のためになることだろうか? それともただの、ぼくのエゴだろうか?

「秋月蓮治様の世界の歴史からの消去が完了しました」

 草詰リリスの声がした。

「じゃあな」

 ぼくは消えゆく意識の中で、ふたりに別れの言葉を告げた。




















 目が覚めると、そこはどこまでの真っ白な世界で、月が三つあり、ぼくの顔を草詰アリスが覗き込んでいた。





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