第17話 出席番号男子6番・笹木舎聡 ①

「みーんな、いじめってのがわかってないなぁ」

 笹木舎聡(ささきささとし)が言った。

「いじめっていうのはさ、もっとスマートにやるもんでしょ」

 折角内藤美嘉が野中を処刑して休憩時間になったというのに、どうやら笹木舎はこれからの一時間をただの休憩時間で終わらせる気はないようだった。

 ぼくは正直、彼の言動が意外だった。笹木舎はおとなしく、クラスでは目立たない部類に入る生徒だったからだ。確か父親が八十三町にある様々な公共施設を担当した有名な設計士で、彼も設計士を目指していると聞いていた。実際に休み時間にはよく、設計図とまではいかないまでも、建物の絵をスケッチブックに描いていた。勉強熱心で、テストの成績はいつも学年十位以内。背は低いけれど、中北ほど低くはなく、運動神経もいい方だった。

「いい機会だから、教えておいてあげるね。伊藤香織の恋人だった橋本洋文をいじめて自殺にまで追い込んだいじめの首謀者は野中くんじゃないよ」

 笹木舎はそう言うと、

「ぼくはこのゲームの首謀者に感心してるんだ。いじめっていうのは、このゲームみたいにいじめられる奴に誰が首謀者かわからせないようにするもんなんだよね」

 うんうん、とうなづいた。

「まさか、お前……」

 ぼくの問いに、

「秋月くん、君が今考えている通りだよ。ぼくも野中くんたちと同じ中学で、テニス部だったんだ。そして野中くんたちを煽動して、伊藤香織さんの恋人だった橋本洋文くんをいじめて、殺した、ぼくがそのいじめの首謀者、張本人だよ。もっとも野中くんは自分がいじめの首謀者だって思い込んでいただろうけどね」

 笹木舎はそう答えた。

「どういう意味だ」

「ぼく自身は橋本くんのいじめには一切関与していないという意味だよ。野中くんですら気づかないように巧妙に、彼が橋本くんをいじめるように仕立て上げただけ」

 言っている意味がまるでわからなかった。いじめの首謀者がいじめに関与しないなんてことがありえるのだろうか。

「簡単なことだよ。最初はたとえば、橋本くんが陰で野中くんのことをこんな風に言っていた、なんて嘘を野中くんに伝えるんだ。そうすると、野中くんは橋本くんに悪いイメージを持つようになるだろう? それを何度も繰り返すんだよ。そうすると、ほんと不思議なんだけど、野中くんが橋本くんに白豚なんてあだ名をつけはじめて、いじめが始まったんだよね。そのあとも事あるごとに、ぼくはありもしないことを野中くんに耳打ちした。するとどんどんいじめはエスカレートしていった。野中くんは自分がいじめの首謀者だと思い込んでいたし、橋本くんも野中くんがそうだと思っていただろう。だから彼の遺書には野中くんたちの名前はあっても、ぼくの名前はなかった。何しろ、ぼくは野中くんたちの橋本くんのいじめには一切関与していなかったし、橋本くんの前じゃぼくは彼の親友を見事に演じきっていたからね」

 最低、と鮎香が言った。

「どうしてそんなことをした」

 そんなことを訊ねるのは愚問だろうか。

「別に。特に理由はなかったと思うよ。学校ってさ、ていうか人生? 毎日同じことの繰り返しでつまんないじゃん? ちょっと刺激が欲しいなぁって思ってやっただけ。橋本くんだけじゃなくてさ、他にも何人かの悪評を学校中にばらまいてみたんだ。そうしたら何かおもしろいことが起きるんじゃないかって思って。そしたら橋本くんだけだったけど、本当におもしろいことになって、ぼくはわくわくしたよ。ゾクゾクした。毎日が刺激的で楽しくてたまらなかった」

「ということは、このゲームのいじめの首謀者はお前のいじめの手口にそっくりってわけだ」

 祐葵が言った。

「うん、すごくよく似てる」

 笹木舎はあっさりとそれを認めた。

「内藤、こいつがいじめの首謀者だ。次の時間、復讐タイムでこいつを射殺しろ」

 祐葵が淡々と言った。

「ぼくはこのゲームの首謀者じゃないよ」

 けれど、笹木舎は笑って言う。

「首謀者ならこんなふうに手の内を明かすはずがないだろう?」

 確かにそうかもしれない。けれど、そうじゃないかもしれない。

「内藤、これは罠だ。こいつが首謀者に間違いない」

 祐葵はもう、完全に笹木舎が首謀者だと思い込んでいるようだった。

「でもさ、いじめって外から見てるだけでも十分面白かったけれど、実際に自分がいじめに加わらないと、本当のおもしろさって味わえないと思うんだよね」

 笹木舎は言った。

「だから、ぼく、今からはじめていじめをやってみようと思うんだ」

 先生、と彼は手を上げて、

「指令以外のいじめはありですか?」

 と言った。

「積極的でいいですね。ありですよ」

 先生はそう答えた。

「それはよかった。ぼくさ、さっきからずっと小便を我慢してたんだ。みんなももう何時間もトイレ我慢してるだろ? ぼくもう限界。してもいいよね?」

 笹木舎は内藤に向かってそう聞いた。

「何するつもり……?」

「肉便器が喋らないの。ははっ、はじめてこんな汚い言葉喋っちゃった」

 彼は楽しそにそう言って、ズボンのジッパーを下ろすと、男性器を取り出した。

「ちょっとやめてよ! やめて!!」

 内藤美嘉に勢いよく小便をかける。

「うるさいよ、ションベン女。ゴミで汚くなった顔をぼくの黄金水できれいにしてあげてるんだから、感謝してもらいたいな」

 ほんとに最低、鮎香が言った。ぼくは野中なんかにはらわたを煮えくり返らせてた先ほどまでの自分にはらわたが煮えくり返る思いだった。鮎香の言う通り、こいつは本当に、真性、本物の最低な野郎だ。

「お前らさ、小学校や中学校でいじめをやったことがないわけじゃないだろ? クラスに必ずいただろ? 顔を見るだけで何だかむかっ腹がたってくるような奴。そういうのいじめたときのこと思い出せよ」

 長い小便だった。

「いい加減にしろよ。いい加減むかっ腹がたってきたぜ」

 祐葵が立ち上がって言った。

「それはお前だけじゃねーよ」

 クラス一の秀才、神田透が言った。彼だけじゃなかった。

「お前ら……」

 クラス全員とはいかなかったけれど、男子も女子も何人かが立ち上がっていた。青山元、大河内真矢、氷山昇、真鶴雅人、和泉弥生、大塚紫穂、杉本晶紀、服部絵美、宮沢理佳、宮負茉莉恵、山汐凛、それから鮎香にぼく。

 話の流れ的に全員が立ち上がってたらきっと絵になったろうけど、平井も山口もトリップ中だし、篠原は電子ドラッグのハッキングの真っ最中だ。加藤麻衣、脇田百合子のカルト教団コンビは何を考えているのかわからない。佳苗貴子、藤木双葉、八木琴弓の三人は内藤の味方をするつもりはもうないのだろう。

 それでも十分だった。内藤のために、山汐までが立ち上がってくれていた。

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