第15話 出席番号男子9番・野中恵成 ①

 伊藤香織の死を悲しむ暇はぼくたちにはなかった。先生が授業を終え、次の指令がぼくたちの携帯電話に届いた。

 篠原や和泉との話に出ていた当番制にするという話はひとまず保留になり、ぼくたちはそれぞれ自分の携帯電話で指令メールを読むことになった。

 ぼくの携帯は篠原に預けてあったから、ぼくは鮎香に指令メールを見せてもらった。


──ゴミ箱のゴミをみんなで内藤美嘉に投げつけましょう。


 そこにはそう書かれてあった。

 指令自体は大したものじゃなかった。簡単に実行できそうだった。けれど、みんなで、というのが気になった。

 これまでは「変なあだ名をつけろ」「処女がどうか確認しろ」という内容で、誰がとは指定されていなかった。だから誰かがそれを実行すれば、指令は実行されたことになった。しかし今回は、みんなで、と指定されている。みんなで、ということは内藤美嘉を除く全員がそれを実行しなければいけないということだろう。

 伊藤が死んでしまった後でこの指令が届いたのは不幸中の幸いだったかもしれない。

 先生にバタフライナイフで刺され、出血多量で身動きのとれなかった伊藤はたぶんこの指令を実行できなかっただろう。伊藤が実行できなかったら、ぼくたちは生け贄をまたひとり捧げなければいけなくなる。そして遅かれ早かれ伊藤も死んでいた。そうなれば、ぼくたちはクラスメイトをふたり失うことになる。

 この指令より先に伊藤が死んでしまったおかげで、ぼくたちは伊藤だけの犠牲で、この指令を乗り切ることができる。

 そんなことを考えてしまった自分が怖かった。ぼくは人の死に、もう慣れ始めていた。

 けれどこの指令には問題がある。

 ひとつは内藤美嘉がこの指令を素直に受け入れてくれるかどうかということだった。

 もうひとつは、ゴミ箱に二六人全員が投げつけられるだけのゴミがあるかどうかだった。

 ゴミ箱は鮎香が中身を確認してくれた。

「だいじょうぶみたい。山盛りだよ」

 鮎香が言って、ぼくは胸をなでおろした。今日は午後の授業が行われず、掃除の時間もなかった。だからゴミ出しも行われてはいなかったので、ゴミがちゃんと人数分あったのだろう。

 だとすれば、問題はあとひとつだ。

「内藤」

 ぼくは内藤美嘉のそばに寄り、彼女に声をかけた。

「指令のメール読んだか? 受け入れてもらえるか?」

 彼女は黙ってうつむいたままだった。

「お前にとっては屈辱的な内容かもしれない。けれど、今回の指令は、中北のときに比べたらはるかに簡単で、実行可能な指令だと思う。お前が受け入れてくれなかったら、ぼくたちは誰かを中北のように生け贄に捧げなくちゃいけない。お前はそいつを殺さなきゃいけなくなる」

 内藤はうつむいたまま、こくりとうなづいた。再びほっと胸をなでおろしたぼくに、

「お前、馬鹿じゃねーの」

 声をかけた生徒がいた。

「いちいちその女に許可なんかとって、こんなののどこがいじめなんだよ」

 野中恵成だった。野中は平井に顎で指図をした。

 平井はゴミ箱に向かって歩いていき、「何するつもり?」そう言った鮎香をどんと押し倒すと、ゴミ箱を持ち上げた。

 野中は平井に持ってこさせたゴミ箱に手を置いて、

「いじめってのはどうやるのか、俺がお前らに教えてやるよ」

 蓋を放りなげ、ゴミ箱を持ち上げると、思いっきり内藤の頭にかぶせた。

「んー! んー!」

 逆さまになったゴミ箱に、上半身がすっぽりと覆われ、その中で内藤が声にならない悲鳴を上げた。

 誰かが食べた昼食の残飯や飲みかけのジュースの汁か何かが内藤の制服を汚し、短めのスカートから太ももを伝って、床にこぼれた。床には伊藤が作った血だまりのような、大きな汁の水たまりが出来た。

 なんてことだ。

 せっかくクラス全員分のゴミがあって、内藤も指令の内容を受け入れることを納得してくれたというのに。

 これじゃ、指令は「野中だけが」実行したことになり、「みんなで」指令を果たしたことにならない。

「あはははは、懐かしいな! これこれ、こういうのがなくちゃやっぱり学校はおもしろくないよ」

 野中は腹を抱えて思いっきり笑い転げた。

「橋本をいじめてたときを思い出すな。なぁ、平井」

 平井は黙ってうなづいた。

「その橋本っていう奴が伊藤香織の恋人か?」

 ぼくは野中に言った。冷静に言葉を紡いではいたが、はらわたが煮えくり返っていた。

「さぁね」

 野中は言い、ぼくは平井を見た。平井はぼくをまっすぐ見つめ返すだけで、ぼくの言葉を肯定も否定もしなかった。

「平井、お前はどうしてこんなクソみたいな奴に従っているんだ?」

 ぼくは平井に言った。

 平井は野中と違い見た目からは不良とは判断できない。それなりに成績も優秀で、クラスでは優等生に入る部類だった。クソみたいな中北はきっと保身のために同じようにクソみたいな野中の下についていた。それがあだとなって中北は死んだ。中北を殺したのは内藤だったが、そうなるよう差し向けたのは野中だった。中北は野中に殺されたといっても過言ではなかった。中北と違って、平井には野中に従うような理由がぼくにはあるようには見えなかった。

 平井はぼくの問いには答えなかった。答えられないような理由があるのだろうか。

「クソみたいな奴?」

 野中が言った。ぼくの言葉がどうやらカンに触ったらしい。

「誰がクソだ。クソみてーなのはお前だろ、秋月」

 野中はぼくの制服の襟首を掴んで言った。

「離せよ、クソ野郎」

 ぼくはその手を払い除けて言う。

「お前、自分が何をしたのかわかってるのか?」

 ぼくは言った。

「このゴミ箱にはクラス全員分のゴミがあって、内藤も指令の内容を受け入れることを納得してくれてたんだぞ」

「だからなんだよ」

「これはゲームなんだ。本当にいじめをする必要なんかないんだ。ぼくたちは協力しあって、早くいじめの首謀者を見つけ出さなきゃいけないんだ。今は犠牲者をひとりでも少なくするべきなんだ」

「違うな」

 野中は言った。

「いじめってのは元々ゲームなんだよ。ゲームなんて言葉が生まれる前からこの世の中に存在する、世界最古のゲームなんだ。ひょっとしたら人間発祥のものじゃなく、神様の遊びだったのかもしれない。いじめをする奴はいじめられる奴をあの手この手を使っていじめ抜き、自殺に追い込む。ドラゴンファンタジーでモンスターを倒すのといっしょだ。こうげき、じゅもん、どうぐ、あのゲームでモンスターを倒すとき、いろんな手を使うだろ? 仲間にどういう行動をさせるか、さくせんも考える。先公にバレそうになったり、警察がしゃしゃりでてきたら、にげることもある。レベルが低いときに強いモンスターにばったりあっちまったら、にげるしかないもんな」

 鮎香が内藤に駆け寄り、ゴミ箱を持ち上げ、彼女を解放した。

「殺す! 絶対殺してやる!」

 残飯をはじめいろいろなゴミで、きれいに整えられていた髪も、結構美人な顔も、制服もぐちゃぐちゃになってしまった内藤は叫んでいた。

「伊藤に頼まれたから、いつかあんたも殺すつもりだった。けど、もうあの子の遺言なんて関係ない。今すぐあんたを殺してやる!」

 チェーンソーを再び手にとった内藤をぼくは手で制した。

「秋月?」

 困惑する内藤にぼくは言った。

「こいつはぼくにやらせてくれ」

 ぼくは先生を見た。先生はぼくが言わんとしていることがわかっているようだった。

「先生も大和くんを殺しちゃいましたからねぇ。みなさんが野中くんを生け贄に捧げるってことでOKなら、秋月くんがその手を汚しても別に構いませんよ」

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