第14話 出席番号男子7番・篠原蓮生 ④

「そう、俺たちはこのゲームが始まる前、ガチャをひくためにいじめロールプレイのアプリを一度立ち上げただけだと思い込んでるけど、指令メールが届くたびにいじめロールプレイのアプリを立ち上げてメールを見てたんだ」

 確かにこのゲームのためにぼくたちに支給された携帯電話に、このゲームと同じ名前のアプリが入っているというのに、それがガチャを引くだけのためのアプリだというのはおかしな話だった。いじめロールプレイのアプリが、指令メールをぼくたちにチェーンメールという形で指令メールを毎回最初の送信者を変えては送信し、ぼくたちはいじめロールプレイのアプリでそのメールを開いていた。いじめロールプレイのアプリがその名の通りこのゲームを支配していたのだ。

「最初の指令に俺たちは誰も従わなかった。だからたぶん1回1回の指令メールが脳に及ぼす影響は大したものじゃないんだと思う。けれどメールは一時間に一回必ず届く。内藤の復讐タイムが1日に4回あるから、それを除いて一日に20回も見ることになる。指令メールを見れば見るほど俺たちの脳は電子ドラッグに侵されるってわけだ」

 篠原はそう言って、

「あと何日このゲームが続くかわからないけど、指令メールはもう見ない方がいい」

 と続けた。

「そんな、じゃあどうしたらいいんだ?」

 ぼくの問いに、

「当番制にするとか?」

 和泉が答えた。

「それもいいかもしれないな。残った連中で順番を決めて、担当者が指令の内容を他の連中に伝えればいい。そうすれば俺たちは電子ドラッグの影響を毎時間受けずに、十時間とか二十時間に一回で済むようになる。けど当番制には問題がある」

 篠原のその言葉に、今度はぼくが続けた。

「誰かが嘘の指令を伝えるかもしれないってことか」

「そういうこと。もしそいつがいじめの首謀者ならなおさらだ。嘘の指令を俺たちに伝えれば、その指令を俺たちが実行してもしなくても、本当の指令は実行されなかったことになる」

 最低ふたりは当番になる奴が必要だな、と篠原は言った。

 ぼくはその言葉を聞いて、思うことがあった。話が飛んでしまうけれど、

「先生のまるで時間を止めてるか瞬間移動みたいなのもその電子ドラッグのせいか?」

 ぼくは篠原に尋ねた。

「たぶんね。電子ドラッグが身体能力を極限まであげてるんだと思う。人間は脳の10%ほどしか使ってないってよく言うだろ。100%使いこなすことができたなら、人間はああいう人間の域を超えたような動きが可能なのかもしれない。それに、先生がかけてるあの変な眼鏡あるだろ」

「ああ、あの眼鏡やコンタクトレンズを作るときに使うみたいな」

「あれはたぶん電子ドラッグの効果を高めるためのものだ。それが何倍か何十倍か、どれくらいの効果があるのかわからないけどな。先生が行方不明になっていた二週間、その間ずっとあの眼鏡をかけたまま電子ドラッグ漬けだったとしたら、あそこまで身体能力を高められてるのもありえるのかもしれない」

「だったらぼくに考えがある」

 ぼくは言った。

「当番制でぼく以外のみんなで篠原の携帯電話を順番に回してくれ。ぼくは他の全員分、死んだ大和と中北のも含めて、29台の携帯電話を預かる。そのすべての携帯で、指令メールを読む。そうすれば、当番になった奴とぼくとふたりで指令をチェックすることになる」

「お前、どういうつもりだ? そんなことしたら電子ドラッグの影響を思いっきり受けることになるぞ」

 篠原はそう言ったけれど、

「……そういうことか。わかった」

 ぼくが何を考えているかすぐにわかったらしい。

 このゲームには三人、敵がいる。ひとりはいじめの首謀者、もうひとりは先生、最後のひとりはいじめロールプレイのアプリだ。アプリのことはひとまず置いておくとして、先生はもちろん、いじめの首謀者も電子ドラッグで、驚異的な身体能力を身につけている可能性がある。

 内藤か、それともぼくたちが仮にいじめの首謀者を特定できたとしても、いじめの首謀者が驚異的な身体能力を持っていたら、内藤の撃つ拳銃を簡単にかわせるかもしれなかった。いじめの首謀者を取り押さえることができる人間が必要だった。誰かが先生やいじめの首謀者と同じだけの身体能力を身につけていなければ、ぼくたちはこのゲームに負ける。

 けれどぼくはそんな危ない橋を誰かに渡らせることができるような男じゃなかった。だからぼくがその橋を渡るともう決めていた。

「ただ、あの先生ほどの身体能力に追いつくには、いくら二九台あるとはいえ、この携帯電話でただ電子ドラッグを見るだけじゃたぶんだめだ。先生にはあの眼鏡があるからな」

 そうだった。篠原の予想が正しければ、あの奇妙な眼鏡には、電子ドラッグの効果を高める作用があるのだ。

「お前、体は丈夫な方か?」

 篠原がぼくに尋ねた。

「まぁ、それなりにな。祐葵や大和ほどじゃないけど」

「大和か……おしい奴を亡くしたよな」

 篠原は悔しそうな顔で言った。そういえば、篠原は大和と仲が良かった。大和は愚直なまでにまっすぐで、日本の古き良き時代の侍といった男で、ぼくも特に親しいわけではなかったけれど、一目置いていた。篠原は大和の仇がうちたいのかもしれない。

「お前の体が丈夫ならたぶん、俺がやろうとしてることにも耐えられるはずだ」

「何をするつもりだ?」

「お前の携帯電話のいじめロールプレイのアプリをハッキングして、電子ドラッグのプログラムを書き換える。お前の精神が電子ドラッグにやられないように、身体能力だけを高めるよう書き換える。百倍、いや三百倍くらいに高めてやる」

 篠原は自信ありげに言った。

「そんなことできるのか」

「やってみないとわからないけど、たぶんな」

 少し時間をくれ、篠原はそう言って、ぼくの携帯電話を受け取るとパソコンにつないだ。

 キーボードを見ながらでしか文字入力ができないぼくには信じられないような速さで、篠原はただの日本語じゃない、高度なプラグラミング言語を打ち込んでいく。

「お前はもしかしたら、人間を越えて、神様になっちまうかもしれない」

 篠原が言った。そしたら俺は神様を作った大神様だな、超神様と崇めてくれてもいいぜ。

 こいつがいてくれれば、ぼくたちはこのゲームに勝てるかもしれない。

 ぼくがそう思った直後のことだった。

「秋月くん!」

 鮎香がぼくの名前を呼んだ。鮎香は伊藤香織のそばにいた。

「伊藤さんが……伊藤さんが……」

 鮎香はおろおろと、伊藤の名前を口にした。

「伊藤がどうかしたのか?」

 ぼくはあわててふたりに駆け寄った。

「秋月か……わたしもうだめみたい」

 そう言った伊藤の顔は真っ青で、文字通り血の気が引いていた。

 鮎香が制服のスカーフで止血していたけれど、出血は止まっていなかったらしい。彼女の足元には大きな血だまりができていた。

「だいじょうぶだ、もうすぐこのゲームは終わる。ぼくが終わらせる。すぐに病院に連れてってやる」

 ぼくはそう言ったが、伊藤は首を力なく横に振った。

「内藤さんを呼んで」

 伊藤はそう言って、鮎香が内藤美嘉を連れてきた。

「なによ、なんなのよ、一体わたしに何の用?」

 内藤はかなり気が立っているようだった。無理もない。いじめられる者に選ばれた上に、彼女は仕方がなかったとはいえ、人をひとり殺しているのだ。

 しかし、伊藤の足元の大きな血だまりを見ると、悪態をつくのをやめた。

「あんた、死ぬの?」

 そう言った。

「たぶんね、もう時間ないみたい」

 と伊藤は答えた。

「内藤さんに一言お礼が言いたくて」

「お礼? あんたに礼を言われる筋合いなんて……」

「中北を殺してくれたでしょ」

 伊藤はそう言い、ありがとう、と笑った。

「あいつはわたしの、この世界で一番、大切だった人の命を奪ったの」

 伊藤は涙を流していた。先生にバタフライナイフで刺されたときですら、悲鳴をあげこそすれ、泣かなかった伊藤が泣いていた。

「それから、お願いがあるの」

 わたしの大切な人を殺したのは、中北の他に、もうふたりいる、伊藤は言った。

「野中恵成と平井達也も殺して」

 内藤がごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。わかったわ、と小さな声で言った。あんたとあんたの恋人の仇はわたしがとる。

「ありがとう」

 伊藤は心から嬉しそうに笑った。

 それが伊藤香織の最期の言葉だった。

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