第13話 出席番号男子7番・篠原蓮生 ③

「どれくらいかかりそうだ?」

 ぼくの問いに、

「見たことのない携帯電話だから、どこかの会社が来年あたりに出す新作モデルだったら時間がかかったろうけど、こいつはどうやら現行機種らしい。たぶん今年の春モデルか何かだろう。もう解析が終わってる」

 そして篠原は言った。

「こいつはチェーンメールだ。一斉に着信しているように見えるけれど、着信時間にはそれぞれコンマ数秒の誤差がある。一番最初に着信している奴と最後に着信している奴には数秒の誤差がある」

 指令メールは篠原の携帯には笹木舎から送られているらしい。篠原の携帯は中北に送ってる。中北が死んだ後、先ほどのメールは野中に。

「たぶん出席番号順だ。出席番号順にメールがチェーンしてるんだ。メールが誰から誰へチェーンしているかわかれば、首謀者が特定できるぞ」

「みんな、篠原くんが携帯電話にハッキングして、今からいじめの首謀者を突き止めるの。みんなの携帯電話を篠原くんに渡して」

 和泉がみんなに声をかけた。たぶん和泉には策略があった。いじめの首謀者は自分がいじめの首謀者であることを知られるわけにはいかない。和泉のこの提案に乗ってこない奴がいたら、そいつがいじめの首謀者に間違いなかった。

「秋月は死んだふたりの携帯をとってきてくれ。次の指令が来るまでに首謀者をあぶり出す」

 ぼくは言われた通り、殺された大和と中北の制服のポケットから携帯電話を取り出した。なんだか死人から金目のものを盗んでいるような気持ちになったが、仕方がなかった。

「その後イエスは数人の使者を連れてこの島国に渡った、とされています。日本人のユダヤ人始祖説ですね。

 以前は日本人の始祖は氷河期にアジアから氷の上を歩いて渡ってきたという説が有力でしたが、現在は日本人のルーツはユダヤ人であるというのが、この世界の定説です。

 イエスはこの島国でキリスト教にかわる新たな教えを使者たちに説いたとされています。それが千のコスモの会というこの国の原始宗教です」

 先生の授業は続いていた。一瞬、何かが気になったような気がしたのは気のせいだろうか。

「和泉、どうだ? みんなの携帯電話は集まったか?」

 ぼくは篠原の隣、死んだ大和の席に戻ると和泉に尋ねた。

「うん……でもね」

 和泉の顔が暗かった。どうしたのだろう。

「全員分集まっちゃったの。誰かはわからないけど、いじめの首謀者の携帯も」

 彼女の当ては外れてしまったというわけだ。でも一体どういうことだろう。いじめの首謀者の携帯電話を篠原がハッキングすれば、すぐに誰が指令メールを最初に送信していたか、いじめの首謀者であるかわかってしまうんじゃないのか?

 全員同じ赤い携帯電話だったから、和泉はそれぞれに名前を書いた付箋を貼っていた。そこには確かに28台あった。ぼくが死体から拝借した二台を足して、三十台になった。

「みなさんはロンギヌスの槍というものをご存知ですか?」

 先生の話はエヴァンゲリオンか何かの話に移ったようだった。めちゃくちゃな授業だ。

「イエスの処刑の際、処刑人のロンギヌスという男が手にしていた槍です。この男、白内障を患っていたのですが、イエスの返り血を目にあびて、白内障が治ったと言われています。

 イエスの来日と共に日本にもたらされたもののひとつに、そのロンギヌスの槍があったと言われています。

 ロンギヌスの槍は日本にもたらされ、この国の三種の神器のひとつである草薙の剣になったと。草薙の剣は熱田神宮の奥深くに神体として安置されています。

 ロンギヌスの槍には、手にした者が世界をその手にできるという伝説があります。

 太平洋戦争のときに、オカルト好きのアドルフ・ヒトラーが血眼になって探したっていう話ですが、まさか同盟国の日本にあったとは彼は思いもよらなかったでしょうね」

 篠原の作業を見ていてもぼくには何が何だかさっぱりわからないので、作業が終わるのを待つ間、ぼくは先生の授業を聞いていた。けれど先生の授業も、何を言っているのかまるでよくわからなかった。

 篠原がぼくの肩を叩いた。

「どうだ? 首謀者が誰かわかったか?」

「思ったとおり出席番号順だったよ」

 篠原は言った。

「けれど、出席番号1番の青山には女子の最後の脇田から送られてた。脇田は山汐から、山汐は宮負から、宮負は宮沢から、そういう風に延々とぐるぐるメールがチェーンしてる。誰が最初にメールを送信しているのかわからない」

「どういうこと?」

 和泉が尋ねた。

「一通目の指令メールは青山が最初だ。けれど二通目の指令は秋月、お前からで青山は最後に受け取ってるんだ。三通目は大河内から。秋月は最後だ。毎回最初の送信者が変わってるんだ」

 そんな馬鹿なことがあるだろうか? 指令メールがチェーンメールなら最初の送信者がいじめの首謀者のはずだ。けれど、その最初の送信者は指令が送られてくるたびに変わってるだなんて。

「どういう仕組みかはわからないけれど」

 和泉が言った。

「だから、いじめの首謀者も携帯電話を簡単に篠原くんに渡せたのね」

 完全に手詰まりだった。いじめの首謀者が誰かはわからないまでも、何かヒントはつかめると思っていたけれど、逆にわからなくなってしまった。

「でも、もうひとつだけわかったことがある」

 篠原はそう言って、

「たぶん先生たちがあんなふうになっちまってったり、俺たちがこのゲームに乗っかっちまったのは電子ドラッグの影響だと思う」

「電子ドラッグ?」

 ぼくはオウム返しに尋ねた。

「電子ドラッグっていうのは、麻薬みたいに習慣性がある、Web上でのコンテンツ、もしくは作品のことだ。その中でも特に、麻薬のように脳内に作用し、酩酊や多幸感、幻覚などをもたらすと言われるコンテンツ。あるいは、視聴覚を麻痺や混乱させるような効果を狙っているコンテンツ。ヘッドホンで聴くと耳が酩酊・多聴感・幻聴などに陥るような曲のことだ」

「そんなものがあるのか」

「たぶんお前はそんなに観ないと思うけど、一昔前だったら2ちゃんねる、今だったらニコニコ動画がそうだ。そういうのを毎日何時間も見続けてる奴がいるんだ。女子高生のつまらない生放送とか、酔っ払いのゲームの実況プレイとか、それから初音ミクなんかの曲を聞くためにさ」

 初音ミク。名前は聞いたことがあった。ぼくたちに支給された赤い携帯電話の待ち受け画像の女の子によく似た格好の、音声合成技術で歌を唄うアンドロイドという設定の音楽ソフトだ。

「俺が卒業した中学じゃ、昼休みの校内放送で初音ミクばかりかける放送部員がいたり、卒業式も『仰げば尊し』じゃなくて初音ミクの『桜の雨』って曲だったよ。みんな電子ドラッグに頭をやられちまってた。かわいそうな連中だったな。先生はともかく、少なくとも俺たちがこのゲームにのっかちまったのは、この携帯にひとつだけ入っていたアプリのせいだ」

「いじめロールプレイか」

「そうだ。こいつが俺たちの精神保持器官に作用して、さっき言ったような効果を精神体に引き起こしている」

 そして、篠原はぼくにこう尋ねた。

「この携帯にアプリがいじめロールプレイしか入っていないっていうことがどういうことかわかるか?」

 わかるかって言われても、ぼくは普段、携帯電話を持っていないのだ。わかるわけがなかった。

「もしかして電話やメールのアプリがないってこと?」

 和泉が言った。

「そう、その通り。スマホは電話もメールも専用のアプリが入ってなきゃかけられないし見れないんだ。基本的なアプリだから普通は工場から出荷されるときにはもう入ってる。けどこいつにはそれが入ってない」

「けど、メールは送られてくるじゃないか」

 ぼくは言った。

「そこが重要なところだよ」

 と、篠原は得意げに言った。

「メールアプリはないけれど、メールは送られてくる。けれど、アプリはいじめロールプレイひとつしかない。いい加減わかるんじゃない?」

 わかるんじゃないと言われても、以下略。

「わたしたちが見てる指令のメールはただのメールじゃなく、いじめロールプレイで開いてるってことね」

 和泉が代わりに答えてくれた。

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