第12話 出席番号男子7番・篠原蓮生 ②

 三時間後には内藤美嘉が誰かをいじめの首謀者だと断定して射殺する。

 それまでにいじめの首謀者を見つければ、このゲームはぼくたちの勝ちだ。

 でもどうやって?

 二二時と二三時の指令がどんなものになるかはわからないけれど、それから判断するしかないのだろうか。

 他に何かヒントのようなものはどこかに転がっていないだろうか。

 ぼくは携帯電話のあちこちを触ってみたが、ぼくはもともと携帯電話を持っていないから、いじめロールプレイのアプリが入ってる以外に何もわかることはなかった。

 祐葵と鮎香も同じことを考えていたらしく、携帯電話でいろいろと何かを試しているようだった。祐葵は携帯電話をいろんな角度から見るという、馬鹿げたことをしていたけれど。こいつはダメだ。鮎香なら何かわかるかもしれないと思ったが、目が合うと彼女は首を横に振るだけだった。

「それでは、みなさんの中にいるいじめの首謀者の方のご要望通り、日本史の授業を始めます」

 先生が教壇に立った。

「今日は日本人のルーツについて、お話ししましょう」

 そう言って、ペンキで真っ白な黒板にマジックで板書をはじめた。西暦28年頃、と先生は黒板に書いた。

 ぼくは祐葵と鮎香に、もしかしたらこの授業にいじめの首謀者について何かヒントが隠されているかもしれない、と耳打ちして、席を立った。秋月くんはどうするの? という鮎香の問いにぼくは、このクラスには携帯電話とかパソコンとかにやたら詳しい奴がいるだろ、と目的の生徒を指で差した。鮎香はなるほどと言って、授業の方はわたしと榊くんにまかせておいて、と言った。

 ぼくは篠原蓮生(しのはらはすお)の席に向かって歩いて行った。

「時は西暦二八年頃、今から二千年ほど前のことです。

 自らをユダヤ人の王であると名乗り、また『神の子』あるいはメシアであると自称した罪により、イエス・キリストはユダヤの裁判にかけられた後、ローマ政府に引き渡され磔刑に処せられてしまいました。

 その後、十字架からおろされ墓に埋葬されましたが、三日後に復活し、大勢の弟子たちの前に現れます。肉体をもった者として復活したと聖書の各所に記されています」

 なぜか、先生は日本史とは関係のないイエス・キリストの話をしていた。イエスの話は世界史だろ? もっと言えば私立大学で学ぶ宗教学の分野じゃないのか? ぼくは思ったが、先生の話は続いた。どうやら今のところ、いじめの首謀者とは関係なさそうな話だった。

 ぼくの目的の生徒、篠原蓮生は天才高校生と呼ばれている。パソコンを自作する人間はたまにいるけれど、携帯電話を自作して使っている奴をぼくは彼しか知らない。

 ぼくにはよくわからない世界の話だけれど、スマホ用のアプリをいくつも開発していて、そのどれもが百万ダウンロードを越えていて、高校生のくせに貯金が数千万あるという噂だった。春頃話題になっていた深夜アニメが、モデルの動きをカメラで撮影し、それをトレースしてアニメーションにするロトスコープという手法で作られていることに目を付けた彼は、ゴールデンウィークの1週間で携帯電話のカメラで撮った動画を瞬時に実写タッチのアニメーションに変換してしまうというアプリを作ったらしく、インターネットの動画サイトには彼のそのアプリを使って作られたアニメーション作品が多数投稿されていると聞いていた。夏休みには鼻歌を携帯電話に向かって歌うだけで、本格的なメロディーや伴奏がつくアプリを開発したらしい。誰でもミュージシャンになれる時代が到来、とテレビや新聞が取り上げるほどだった。とにかくとんでもない天才高校生なのだ。おまけにハッカーだという噂もあった。

 篠原は死んだ大和省吾の隣の席だった。

「篠原」

 ぼくは大和の席に座り、

「お前パソコンや携帯電話のこと詳しかったよな」

 と言った。

「何だよ、やぶからぼうに」

「いや、お前なら誰から指令のメールが送られてるかわかるんじゃないかと思ってさ」

 ぼくは単刀直入に用件を切り出した。

「いじめの首謀者を携帯電話から割り出そうっていうのか?」

「そうだ。これ以上犠牲者を出したくない。三時間後に内藤美嘉が銃を撃つまでに頼みたいんだが、できるか?」

「できないこともない」

 と、篠原は言った。

「この携帯電話はどこの何て製品かもわからないけれど、一応スマホみたいだし、パソコンに繋ぐ端子もある。ガラケーだったら携帯ショップでもなきゃパソコンには繋げないからアウトだったけど」

「やってもらえないか?」

「俺が首謀者かもしれないのに?」

 篠原はそう言ったが、その顔は首謀者の顔にはとても見えなかった。

「お前が首謀者じゃないのはわかってるつもりだ」

「お前のそういうまっすぐなところ嫌いじゃないぜ」

 篠原は笑って言ったが、すぐにその表情に暗い影が落ちた。

「俺のパソコンが無事だったらの話だがたぶん可能だった」

「どういうことだ?」

「俺のパソコンはあの先生のおかげでおシャカだよ。ペンキを思いっきりかぶっちまったからな。たぶん電源も入らない。誰かパソコン持ってる奴がいればやれるんだが」

「わたし持ってるよ」

 篠原の前の席の和泉弥生(いずみやよい)が振り返って言った。

「本当か?」

 篠原の目が輝いた。

「すごく小さくて、性能も大したことないんだけど」

 和泉はそう言って、本当に小さなノートパソコンを鞄から取り出した。授業でノートをとるときにたまに使ってるの、えへへ、近未来の高校生みたいでしょ、と和泉は言った。

「ミニノートPCか。確かにパソコンとしての性能はいまいちだが」

 パソコンを受け取った篠原は電源を入れながらそう言ったが、

「でもすごく使いやすくて便利なんだよ」

 和泉がそう返す。

「ああ知ってる。もう一言付け足すなら、こいつで十分だよ」

 その瞬間、篠原の目の色が変わった。

 篠原はパソコンのUSBポートにUSBメモリを差した。

「なんだそれ?」

 ぼくの問いに、篠原は、ブラッディマンデー観てなかったのか? と言った。血の月曜日? なんだそれ。

「血のバレンタインなら聞いたことがある」

 ぼくがそう言うと、篠原はため息をついて、それは連合とザフトが戦争になったきっかけの事件だろ、と言った。僕たちが子供の頃にやっていたアニメの話だった。どうやら篠原はパソコンや携帯だけじゃなく、アニメにも詳しいらしい。流行りのアニメの手法をアプリにしてしまうくらいだから当たり前か。彼はぼくにもわかりやすく説明してくれた。そのUSBメモリには、彼が作ったハッキングソフトが入っているらしい。

 パソコンの画面には、CGで描かれた、夜の闇の中に日本の城が映し出されていた。満月だが、月は雲に隠れている。徐々に雲が晴れ、月が城を明るく照らす。満月に、「不忍」の二文字が浮かび上がる。

「不忍……シノバズって、篠原くんがそうだったの?」

 和泉が驚いたように言った。

「なんだ? 有名なの? 篠原って」

 ぼくが言うと、和泉もはぁとため息をついた。

「さっき篠原くんが言ったブラッディマンデーっていうのはね、高校生ハッカーが警察に捜査協力して、ハッキングでテロリストが起こそうとしてるテロを防ぐドラマとか漫画なんだけど、実際にそういう高校生がいるらしい、シノバズっていう名前のハッカーだってネットで前に話題になったことがあったの」

 それが篠原だったということか。

 その画面はハッカー・シノバズとしての篠原のハッキングソフト・シノバズOSのハッキング画面、らしい。

 篠原は鞄の中から、携帯電話の予備バッテリーを取り出すと、そこに繋いであったケーブルを抜き、パソコンと先生から支給された、いじめロールプレイの入った赤い携帯電話を繋いだ。

 シノバズOSのハッキング画面に、無数のウィンドゥが開き、ぼくには何が起こっているかわからなかったが、次々と開いていくウィンドウの中に記されたプログラム言語を一目見ただけで、篠原は次々とそのウィンドウを消していった。それらは関係ない、ということだろうか。

「見つけた」

 篠原はそう言うと、Enterキーを押した。忍者の格好をしたCGのキャラクターが「お命頂戴致す」と吹き出しで言った。もうハッキングは始まっているようだった。

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