第9話 2013年10月9日、水曜日 ④

「宇宙考古学と冠してはいるが、正確には学問とは認められていない。

 それによれば、イエスは古代宇宙飛行士、つまり宇宙人であったとされている。

 イエスはこの星で一番優秀な知的生命体である人間の文明を正しく導くために外宇宙から遣わされた存在であった。

 古代宇宙飛行士の存在はイエスだけではない。

 ムー大陸やアトランティスをはじめとした古代文明や、ピラミッドやナスカの地上絵などの建築物、これらの当時の人類には到底なし得ることのできないものはすべて、古代宇宙飛行士によってもたらされた高度な科学によるものである。。

 イエスは使者たちに新たに教えを説いた後、別の知的生命体が存在する惑星へと旅立った。

 聖書に記されるイエスが起こした数々の奇跡、それはすべて外宇宙の高度な科学文明によるものであった。

 イエスは旅立つ際に、それらの技術を埋め込んだ体を使者の一族に託した。魂だけになってこの星を旅立った。

 それらの技術は2000年前にすでに進化の袋小路に迷い込んでいた人類を更に進化させるためのものであった。

 来るべき約束の時はまもなく訪れる。

 1916年春頃、「平和の天使」と名乗る14-15歳位の若者がファティマに住む3人の子供(ルシア、フランシスコ、ヤシンタ)の前に現れ、祈りのことばと額が地につくように身をかがめる祈り方を教えた。その後も天使の訪問は続いた。

 1917年5月13日、ファティマの3人の子供たちの前に謎の婦人が現れ、毎月13日に同じ場所へ会いに来るように命じた。

 子供たちは様々な妨害にあいながらも「聖母マリア」と名乗る婦人に会い続け、様々なメッセージを託された。聖母からのメッセージは大きく分けて3つあった。

 ファティマの啓示の第一部分は、人の死後の地獄についての警句である。

 ファティマの啓示の第二部分はロシアの奉献であり、ファティマでの聖母の主要な要請の一つであった。このためローマ教皇は数度にわたる奉献式を行った。

 ファティマの啓示の第三部分は聖母が発表を命じた1960年になっても、教皇庁は公表せず、ゆえにメッセージの中身について、憶測が憶測を呼んだ。

 過去に予言されたことが、世界大戦などであった為、当時(60年代)は東西冷戦の真っ只中であったこともあり、あるいは核戦争や第三次世界大戦のことであろう、と危惧する者もいた。

 1981年5月2日には、アイルランド航空164便がハイジャックされたが、犯人はカトリック修道士で、要求は「ファティマ第三の秘密を公開せよ」であった。

 また、60年代になってこの記録を閲覧したローマ教皇ヨハネ23世はその内容に絶句し、再度封印してしまい、続いて次代の教皇パウロ6世も再度封印を解いたが、そのあまりの内容に、数日の間、人事不省になったという。

 こうした経緯の後で、2000年5月、教皇庁は、1960年以来、40年間発表を先送りにしてきたファティマの第3のメッセージを正式に発表した。

 その内容を1981年5月13日の教皇暗殺未遂事件であったと規定し、背後に20世紀に生まれた暴力的なイデオロギーに属するしっかりした組織があったと述べ、更に2005年4月に核戦争なしに冷戦が終結したことを神の摂理として感謝すると発表している。

 ただし、2000年に発表された文章は前の二つの預言と比べると矮小が過ぎること、前述したように40年に渡って隠匿され、60年代には当時の教皇が絶句したり発表を見送ったりする内容とはとても思えないこと、公開された「第三の秘密」は一群の兵士達によって、白衣の司教ら大勢の高位聖職者達が射殺される、とあり、1981年の事件とはあまりに食い違うことから、疑問を投げる向きもある。

 また、「第3の預言」の内容を知っているルシアが、「それはほんの一部で、バチカンは嘘をついている」と司法省に提訴したことでも明らかである。調停によって両者は和解(ルシアの「バチカンは嘘をついている」を認めたこととなる)したが、内容を知るルシアは2005年に97歳で死去した。

 すなわち、発表は虚偽、あるいは全体像ではなく一部像に過ぎないのではないか、とする声で、彼らの主張によれば、第三の秘密はまだ本格的には未公開である、とする。

 ファティマの啓示の第二部分とは、第三次世界大戦や世界最終戦争(ハルマゲドン)といったなんて生ぬるいものではない。星間戦争である。

 しかしいまだ人類は、宇宙に比べたら塵に等しいようなこの星で、戦争や紛争、延々と醜い争いを続けている。

 私たちイエスの使者の一族は、イエスが遺した肉体を48の部位に分け、2000年の時をかけて分析と解析を行った」


 軽くめまいを覚えながら、ぼくは本を閉じた。

 この部室にあるのはこんな頭のおかしい人間が書いたとしか思えないような本ばかりなのだろうか。

 本を閉じて、この本が随分古いものであることにぼくは改めて気づいた。

 長年この部室に置かれ、様々な人々に読まれた跡が、黄ばみや染み、折れといった形で残っていて、古本のにおいがした。

 しかし、「ルシアは2005年に97歳で死去した」など、書かれていることはごくごく最近のことだった。

 それはこの本が少なくとも2005年以降に発行された本であるということだった。それにしてはやけに本が傷んでいる気がした。痛みすぎているといってもいい。

 ぼくは本の最後のページを開いた。本の発行元や発行年月日が書かれているページだ。

 そこに書かれている日付にぼくは驚かされた。

 1981年8月15日。

 今から32年も前にこの本は書かれていた。

「不思議ね」

 女の子の声がして、ぼくは顔を上げた。

 目の前に女の子が座っていた。




 かわいい女の子だった。

 茶色というよりは赤に近い色の、胸くらいまでの長い髪はゆるくパーマがかかっていて、制服は着ておらず、ファッションに疎いぼくには彼女の私服のジャンルはよくわからなかったけれど、姉ちゃんやあやならきっと彼女のファッションを「ガーリーカジュアルとか古着テイストとかいったファッションをMIXさせたボーダレスなファッション」とでも言うだろう。そしてそんな説明をされたとしてもぼくには意味がわからないだろう。

 同じかわいいでも、姉ちゃんともあやともアリスとも違うかわいさを持った女の子だった。

 姉ちゃんは正統派美少女という感じで制服をきちんと着ている。スカートの丈も膝の上、生徒手帳に規定されている長さと同じだった。

 あやは制服にフリルをつけるなどアレンジをしていてゴスロリって感じだ。

 いかにもヴァーチャルアイドルといった感じのアリスはオタク受けしそうだ。

 ぼくのまわりの女の子たちはみんなかわいいけれど、それぞれみんなジャンルが違う。

「いつからいた?」

 ぼくは目の前の美少女に訊ねた。極力、平静を装って。内心はびくびくしていたのだけれど。

「最初からよ。あなたがこの部室を訪ねてきたときから」

 と美少女は言った。

「嘘だ。この部室には誰もいなかったはずだ」

 ぼくはそう言って、けれどぼくがこの椅子に座ったときに感じた生暖かさや、嗅いだ甘い匂いのことを思い出した。その匂いは目の前の美少女から漂ってくるものと同じ匂いだった。香水のにおいなのか、彼女自身のにおいなのかはわからない。いい匂いだった。

 美少女が最初からいたかいなかったかという問答をぼくは繰り返しはしなかった。

「この本は預言書か何かか? どうして32年も前に発行された本に、2005年に死んだ人間のことが過去形で書かれているんだ?」

「わたしが言ったのはそういう意味じゃないわ」

 と、その女の子は言った。

「おひさしぶり、よね? 半年ぶりよね。わたしのこと覚えてる? 確か留年が決まったって聞いていたけれど、どうして今頃になって学校に来る気になったのかしら?」

 どういうことだ……?

 世界はぼくの思い通りに再構築されたはずだった。けれど、目の前の女の子はその再構築を免れている。

「君は……?」

 ぼくはそう訊ねるだけで精一杯だった。

「加藤麻衣」

 女の子は、そう名乗った。


 それがぼくと噂の自由人、加藤麻衣との出会いだった。


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