第8話 2013年10月9日、水曜日 ③

 放課後ぼくは、宇宙考古学研究部を訪ねていた。

 考古学だけなら高校生には少し早いと思うけれど、部があってもおかしくない。

 けれどその前に「宇宙」の二文字がつくだけで、途端にうさんくさくなるのはなぜだろう。どちらも、一言で言えばすごい言葉だ。けれどそのふたつがあわさるとダメになる。日本語はおもしろい。

 一応文化部になるらしく、部室棟の二階、文化部のためにあてがわれている階の奥に宇宙考古学研究部の部室はあった。

 活動日は特に決まっていないらしく、ぼくが体育祭の前日にしでかしたことになっている一件のおかげで部員は相当いるらしいけれど、人が大勢集まる日もあれば、誰も来ない日もあるそうだ。あやがそう教えてくれた。

 あやは制服の胸元の校章の隣に、逆十字の右側にギリシャ文字のβに似た羽根をつけたエンブレムをつけていた。

 それはどうやらぼくがデザインしたものらしく、宇宙考古学研究部の部員の証だという。

「君も部員なの?」

 ぼくが驚いてそう訊ねると、

「今日の秋月くん、ちょっと変だね。まるで記憶喪失にでもなったみたい」

 と言った。

「ぼくも浦島太郎にでもなった気分だよ」

 と、本音を漏らした。あやはきょとんとした顔をしていた。いけないいけない。ぼくは、もう不登校のひきこもりじゃないのだ。クラスの人気者で、体育祭をめちゃくちゃにするような大胆不敵な奴なのだ。昨日の今日でまだ慣れないけれど、早く新しい自分に慣れなきゃいけない。

「あ、なんでもない、こっちの話」

 ぼくは笑ってお茶を濁した。

 ぼくがその宇宙考古学研究部に所属しているのは、たぶんアリスの差金だ。ぼくとSとあやの関係を学園ドラマを参考にしたように、これも何かドラマや映画を参考にしたに違いない。

「その……なんであやは宇宙考古学研究部に入ったんだっけ?」

 ぼくは訊ねた。大人しそうな彼女からは体育会系のにおいはしない。だから文芸部とか武術部とか、吹奏楽部とか、文化系の部活が彼女にあっている気がした。けれど文化系でも宇宙考古学はないなと思う。

「それは……その……」

 あやが困った顔をした。ぼくは、ぼくがいたから、とでも言ってほしかったのかもしれない。

 けれどあやが紡いだ言葉はぼくの気持ちとはまったく関係ないものだった。

 ぼくとあやは中学からの同級生だったけれど、出会ったのは、初めて会話をしたのは高校の入学式のあと、それぞれ別に、けれど偶然に、宇宙考古学研究部の部室に見学に訪れたときらしい。

 八十三町はN市のベッドタウンとして10年ほど前から急激に栄えてきた。けれど、まだそれは駅周辺の桜小学校区だけのことで、この少子化が騒がれている時代に桜小学校は児童の受け入れがとうとうキャパオーバーになって、今年新しく日の出という小学校が出来た。けれど、ぼくが住む大藤小学校区や、駅からさらに離れた栄南小学校区はまだまだ発展しているとは言えず、昔ながらの田んぼや畑、それから名産である金魚や鯉を養殖する池などが民家の数よりも圧倒的に多かった。

 あやの家はその栄南小学校区で、広い牧場を持っており、牛を放牧して育てているそうだ。

 あやが中学二年生のときに、ある事件が起きたという。

「もしかして、キャトルミューティレーションとか?」

 ぼくが冗談まじりにそう言うと、

「そういうことはちゃんと覚えているんだね」

 と、あやは真面目な顔で言った。

 まじか、とぼくは思った。

 前の晩に元気に牧草を食べていた牛が、次の日の朝、一滴の血も流さず、しかし全身の血を抜かれた死体で見つかったそうだ。

「わたし、いろんな本を読んで、勉強したの。たくさん本を読むうちに、宇宙考古学の権威の佐野教授に出会って、佐野教授っていうのは、N市の隣の古戦場跡町にある文久大学っていうところの、法学部で法律を教えてる人なんだけど、宇宙考古学の分野でも右に出る者がいないくらいすごい人なの。わたし、佐野教授にすごく会いたくて。でもここは日本だから、中学生がいきなり大学生になったりできないじゃない? だから、佐野教授の母校だったこの高校に進学したの」

 そして彼女は、入学式の帰りに、その佐野教授が初代部長を務めたという宇宙考古学研究部に見学に訪れて、ぼくと出会ったらしい。

 なぜぼくもその部室を訪れたかと言えば、ぼくは町内で起きる様々なオカルト事件を解決する少年探偵みたいなことを中学生のときにしていたそうで、オカルトに関する知識をより深めようと考えていたからだそうだ。あやの家の牧場のそのキャトルミューティレーション事件にもぼくは探偵として関わっていたらしい。

「なんだそれ」

 思わず口をついてツッコミが言葉に出ていた。

 またも驚くあやに、ぼくは、ごめん、と謝って、話の続きを聞いた。

 あやとぼくが期待に胸を膨らませて部室にやってきたはいいが、部室には誰もいなかったという。

 しかたなく、顧問の教師を探して職員室で話を聞くと、唯一の部員だった生徒が卒業してしまって、廃部寸前という状況だったそうだ。本当は部員が五人集まらないと廃部になる決まりがあるのだけれど、あやが尊敬するその大学教授がこの学校の卒業生で一番の出世頭だったこともあって、例外的に部員ふたりで部の存続が決まった。

 そこに、少年探偵な上に運動神経抜群らしいぼくに体育の授業で目をつけたSがサッカー部との兼任で三人目の部員になり、そしてその今や伝説にまでなっている体育祭前日の事件に行き着くのだそうだ。

 大体わかった。アリスがとんでもない設定をしてくれたことがよくわかった。

 これから部室にちょっと顔を出してみるとぼくが言うと、

「ひとりで行ける? わたしもいっしょに行こうか?」

 とあやは言ってくれたけれど、ぼくは「大丈夫」と笑った。本当は不安だったけれど、あまりあやに心配はかけたくなかった。

 教室を出て、廊下にひとりになったぼくは、うしろにいるアリスに言った。

「お前、父さんの本棚からマンガ人ミステリー調査団を読んだだろ」

「ぎくり」

 アリスは擬音を声に出して言った。

 ぼくはため息をつくしかなかった。父さん、そういうの好きだったみたいだもんなぁ。あと少年犯罪とか猟奇殺人が大好物で、特に冤罪説が好きなのだ。父さんの部屋の本棚にはいわゆるトンデモ本ばかりが並んでいる。

「あのなぁ、1999年も2000年も、2012年も何も起こらなかっただろ。あんなのいちいち信じてたら生きていけないぞ」

「でも、地球は今すごくあぶないんです!」

「はいはい」

 ぼくはそれから宇宙考古学研究部の部室につくまで、延々とアリスから地球の危機について説明を受けるはめになったので、何度携帯電話(アリス)を捨てようと思ったかわからない。


 宇宙考古学研究部のドアは閉まっていた。

 中に人がいる気配はなく、音楽室の方からブラスバンドの演奏が聞こえ、運動場からは運動部たちの掛け声が聞こえていたけれど、部室棟自体はとても静かだった。

「もし鍵がかかってたら、すぐそばの消火器の下に鍵が置いてあるから」

 あやがそう言っていたのを思い出して、ぼくは消火器を持ち上げて、鍵を拾うと、ドアの鍵を開けて中に入った。

 ぼくの部屋と同じ6畳くらいの部室は、左右の壁に天井まで届く大きな本棚があって、さまざまな本が並んでいた。さまざまと言っても、地球外生命体や幽霊、フリーメーソンなどといったオカルトめいた本ばかりだったけれど。まるで図書室かと見間違えるほど、父さんの書斎がちっぽけに感じるような部屋だった。

 本棚が大きすぎて、部室は随分狭く感じた。

 長机がふたつ並んでいて、6人分のパイプ椅子が左右にみっつずつならんでいた。

 誰かがひとつの席に座ろうものなら、そのうしろを通るのが難しくなってしまうくらい、部室は狭かった。

 ぼくは一番手前の椅子を引いて座った。さっきまで誰かがそこに座っていたかのように、椅子は生暖かく、甘いにおいがした。

 机の上には本が置かれていた。

 いつか家族旅行で泊まったホテルの客室にあった聖書のように分厚い本だった。

 表紙には「真約聖書・偽史倭人伝」と書かれていた。新約ではなく「真約」、魏志ではなく「偽史」。一目でろくな本じゃないとわかった。こんなあからさまなタイトルのトンデモ本も珍しい。

 逆十字にβの羽根がついた宇宙考古学研究部のエンブレムが描かれていた。ぼくがデザインしたとあやは言っていたけれど、どうやらこの本が元ネタ、というよりこの本からぼくがトレースしたようだ。

 本にはしおりがはさまれていた。七色の花弁の見たこともない押し花のしおりだった。

 そのページをぼくは何気なく開いてみることにした。


「2000年前、ゴルゴダの丘で処刑されたイエスは、3日後に息を吹き返し、その後数人の使者を連れてこの島国に渡った、とされている。

 日本人のユダヤ人始祖説である。

 イエスはこの島国でキリスト教にかわる新たな教えを使者たちに説いたとされる。それが千のコスモの会である。

 イエスは西洋でキリスト教を説いた。

 しかし、イエスは処刑され、その教えも後の世の時の権力者たちによって都合のいいように改ざんされていった。

 キリスト教はもともと男尊女卑の教えだったが、女性信者を増やすために後になってマリア様を聖母に祭り上げたってように。

 そのため、この島国に渡ったイエスは、自らの教えを自分の使者の一族のみに伝えることにした。

 そして傀儡の宗教として神道を作り、傀儡の王として天皇を祭り上げた。

 アダムとイブ、イザナギとイザナミをはじめとして、遠い異国の宗教であるはずのふたつの宗教に共通点が多く見られるのはこのためである。

 使者の一族は以来2000年に渡ってこの国の歴史を影で操ってきた」


 思ったとおり、ろくな本じゃなさそうだった。

 ぼくは本を閉じようかと思ったが、最後に書かれていた一文が気になってページをめくった。



「宇宙考古学、別名古代宇宙飛行士説という学問がある」


 そこにはそう書かれていたから。 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る