お題『トリック成立の可否を吟味し、合理的な説明を検討または調査する』_『座敷牢の妹』

『座敷牢の妹』


 御子柴真昼みこしばまひるは、本を焼いていた。夏の日差しの下、うなじを嬲られながらひたすらに文庫本を、ハードカバーを、辞書を焼いていた。

文庫本は良く燃えるが、ハードカバーは燃えづらい。どうしても紙が残って燃え切らない。仕方がないから真昼は、愛しの本たちにガソリンをかけた。そうすると、それはよく燃えた。もうもうと煙が、つきぬける青空に立ち上る。野焼きはみんなしているから誰も何も言わない。本が燃える匂いだけが目にしみた。視界がほとびるのは、悲しみのせいではないと、自分に言い聞かせた。

 家族に言われ、私は家族を焼いている

「結婚してお嫁にいくのだから、そんなものは処分しなさい」

 母のその声が、耳にこびりつくように残っていた。



 真昼の住んでいるのは典型的な農村だった。戸に鍵をかけなかったり、玄関に勝手におかれた野菜や果物に礼をしなければいけない、そんな場所だった。そんな場所だからだろうか。

 真昼の家の座敷牢で起きた殺人事件は、かなりの衝撃だったようだ。

 座敷牢で死んでいたのは、真昼の妹、御子柴真宵みこしばまよい

 首を紐のようなもので絞められて、真宵は無残な死体を座敷牢の畳にさらしていた。

 真宵は、下働きの男が殺したということになった。誰一人、それに異を唱える者はいなかった。なぜなら、それが一番罪をなすりつけるのに都合がよかったからだ。誰も、警察ですら、真宵がで殺された事については問題にしようとしなかった。

 それが気になっているのは、ただ姉の真昼だけだった。

 だって真昼は知っていた。

 密室殺人には決まって、別の犯人が居るものだと。



 真宵の死について考えながら、本を焼く、大事な真昼の家族たち。「女に学はいらない」と燃やすように言われた真昼の家族。炎の中で、アガサクリスティが、カーが、クイーンが灰になっていく。そういえば真宵は海外ミステリが好きだったと、灰になる本を見て思い出した。灰と炎のまだらの中に、ぽつりと水滴が落ちた。真昼のまなじりから落ちた雫だった。雫はすぐに蒸気になって消えていってしまう。でも、真昼の後悔は消えない。

 なぜ真宵は死ななければならなかったのだろうか。真宵を殺したのは、本当に下働きの男なのだろうか。

「可能性をひとつひとつ潰していけば、疑問は必ず答えが出るわ」

 頭の中で、勉強を教えてくれる真宵の声が響いた。その言葉に押されるように、真昼は気づけば座敷牢の方に走っていた。



 真宵の座敷牢は、6畳ほどの広さだった。木組みの檻が組まれ、中には真宵が使っていた家電や日用品などが転がっている。真宵に望まれて買った大きな冷蔵庫。祖母からの代の桐箪笥。しばしば聞かせてくれた三味線。両親はこんなところに閉じ込めたくせに、真宵に罪悪感からかいいものを与えたがった。ずっと見ていると、日用品から真宵の気配が漂ってくるようだった。それゆえに、真宵の不在がより際立つように感じられた。

 木組みの戸を押し開ける。こんなに戸は軽く、鍵もちゃちなものなのに、真宵はけして外には出ようとしなかった。天才ゆえに座敷牢に押し込まれた妹。私の愛すべき生きる辞書。愛すべき家族。

 座敷牢に思い切って踏み込む。

「きゃ」

 足下に水の感触を感じて、思わず真昼はとびあがった。

 下を見れば、真宵が時間を確認するのに使っていた、鉄の日時計が転がっている。普通の時計も設置されているのに、真宵はおもちゃのようなこれを愛用していた。ハンカチ越しにそれを手に取れば、布地に水が触れた形にしみこんだ。どうやら真宵の死んだ時この時計はぬれていたらしい。

「あー! こら現場に入らない!」

 大きな声を出されて、思わず体がびくりとはねる。振り向けば、見慣れた交番のお兄さんが険しい顔で立っていた。

「お兄さん」

「真昼ちゃん。駄目だよ結婚ひかえた娘さんがこんな血なまぐさいところ入っちゃ」

 村生まれ村育ちの彼は、語る理屈も村の老人じみていた。けれど、どれだけ言動が村の理屈に染まっていようとも、彼は警察なのだ。自分の知らないことを知っているかもしれないと、真昼は彼に詰め寄る。

「お兄さん教えて欲しいんです」

「え? なに?」

「下働きの男から、凶器は見つかりましたか」

「え? ううん見つかってない。あっこれ内緒にしてね」

 それを聞いて、嫌な予感がした。見つからない凶器。濡れた畳。そして同じく濡れた日時計。三味線。

「お兄さん! またなにか分かったら教えてくださいな!」

 彼はまだ何か叫んでいた気がしたが、いてもたってもいられず飛び出す。真昼の予想が正しければ、真宵は信じがたい死に方をしたことになる。



 果たして、あってくれるなと思ったものは、座敷牢の窓の外に落ちていた。

 レンガをくくりつけた紐のようなもの。おそらく紐は三味線の糸だろう。その糸には、黒々とした染みがついていた。

 血だ。 

 真宵の血だった。

「ああ……」

 真昼の体から力が抜ける。

 おそらく下働きの男も共犯だろう。だから責任を感じて捕まるがままになったのだ。

 これが証明する事実はただ一つ。

 御子柴真宵の死は、自殺だということだった。


 仕組みは簡単だ。あらかじめ共犯者の下働きの男に、三味線の糸に煉瓦をくくりつけさせておく。輪っか状にした片方を、日時計の出っ張りに通す。そしてそのまま、日時計を氷で凍らせるのだ。氷が溶けないうちは、氷の重みで首は絞まらない。だが、段々と氷が溶けていくにつれ、真宵の首はどんどん絞まっていく。煉瓦の方が日時計よりも重くなり、どんどん三味線の糸を引っ張っていくからだ。道具に日時計を選んだのは、凍らせて問題無く重しになるようなものが、他に座敷牢になかったのだろう。そして最後に、共犯者の下働きの男が外から三味線の糸を切れば、中の血のついた糸は回収できる。

 密室が、できあがる。 

 

 自殺。


 真宵の死が密室だった時から、もしかしてとは思っていた。だが、実際にそうだと理解してしまうと、体から力が抜けていった。


 足の動くまま、真昼は野焼きに戻った、そこでまだノート類を焼いていないことに思い至った。赤、青、黄、原色のノートの間に、朽葉色の和綴じのノートが一冊混じっていた。真宵のノートだった。紙で指が切れるのもかまわずひっつかみ、ノートをめくる。自分でも何を求めていたのか分からなかった。ただ、真宵がなぜ自殺などしたのか知りたかった。

 そうして、真昼はその文字を見つけて、こんどこそ地面にへたりこんだ。

 私の本を焼けと言った両親。彼らは最後まで愚かだった。そして言われるがまま焼いた自分も、同じくらい愚かだった。

 姉が死んだ理由がそこに書いてあった。柳のようなたおやかな文字で、一言だけ書き残された文字。


 結婚式、行けなくてごめんね。


 座敷牢の姉は、真昼の結婚のために死んだのだ。

 家に閉じ込められた、阿呆の妹が居ると結婚の邪魔になるからと。

 ぱちぱちと、目の前で炎が燃えている。

 愛しの家族と、家族を、どちらも自分のせいで喪ってしまった。

 煙になって、もう戻らない。



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