お題『状況を設定し、核となる謎やトリックを決める』_『なぜ女は聖夜に死んだのか』

『なぜ女は聖夜に死んだのか』


 美しいルームメイトは、その内面が美しくない。多少のひがみも入っているだろうが、それは事実だ。少なくとも、聖夜に地元の男友達を部屋に連れ込む程度には慎みがない。彼女らがリビングに散らしたものを眺める。タオルに、鞄に、マッキーのような棒、それにクラッカー。

「楽しそうね」

 そう皮肉を口にして、私は彼女らの鞄を脇に寄せ、発射済みのクラッカーやマッキーのような棒をゴミ袋に入れていく。ルームシェアを始めて半年。私は友人には適度な距離が必要だということを実感していた。出会った頃はよかった。彼女の西洋風の面立ちや、さらさらした髪を見るだけで幸せになれた。しかし、人は慣れる。良くも悪くも。ルームメイトはやがて地金を出し始めた。

「彼氏いるのに男の人の家泊まっちゃった」

 それが始まりだった。彼女の男癖は暴走を始めた。わがままも過剰になった。やれナッツが入っていたら食えない。やれ赤ワインは嫌いだなど。それは1日に一回なら少ない方だった。

 リビングをまっすぐつっきった先の扉から馬鹿騒ぎの声が聞こえる。彼らは自分たちが穴兄弟だとは毛ほども知らないのだろうし、知らない方が幸せだ。

「……寝よう」

 ため息とともに呟いて、私は自分の寝室のベットに潜り込む。習慣になってしまった耳栓を填める。

 そして、次に起きた時、美しいルームメイトは死んでいた。


 ピアノの音が途絶えたな、とだけ思った。その音の途絶えで目をさました。

 一瞬の沈黙と、ばたんどたんという音。耳栓をしている私にも分かった。リビングに何かが倒れ込んだ。

 掛け布団をはいで扉をあける。

 ルームメイトがそこに、女らしい体をしどけなく横たえていた。その口からはわずかに泡を吹いている。

 美しいルームメイトは、死に顔も美しいのだろうなと、そう思った。

「お前が殺したんだろう!」

 頭に飛んできた男の胴間声に、私は顔を上げた。そこには部屋着の男たちが三人、私を見つめていた。

 私は彼らの名前を知らない。顔と、ルームメイトとの秘めやかな関係性か知らない。だから仮に彼らをA、B、Cとしようではないか。

 Aは名目上ルームメイトの彼氏で、「お前が殺したんだろう!」と私に容疑をかけている男だ。BはルームメイトがAと交際後にいいよってきた医者の卵で、ルームメイトとまあやんごとない関係を持っていた。Cはルームメイトと幼なじみ。やんごとない関係はないものの、恋心だけを都合良くルームメイトに搾取される関係だ。

「私は寝ていたのだけど」

「ああ? 美々から聞いてるぞ。お前美々とうまくやってけてなかったらしいな。クリスマスにどんちゃん騒がれてひがんだんだろ」

 そこで、かちんと頭にきてしまったのが良くなかった。冷静ではなかった。

「私は、殺して、いません」

「いいやお前しか殺す理由がない! 警察に突き出す!」

 そうして、私と男たちのにらみ合いが始まってしまった。



「悪魔の証明」と呼ばれるものがある。

 白いカラスがいないというのなら、白いカラスがいないことを1羽1羽見て回るしかなく、証明をする側は非常に労力を払わねばならないという話だ。私は、現在その「悪魔の証明」を求められていた。ルームメイトである美々を殺していない証明。そんなものない。遅効性の毒でも使ったら、私が美々を殺すことは容易いし、それをしていないと証明するのはひどく難しい。

 だが、「私が殺してない」ことは証明できなくても、「誰が彼女を殺したか」は証明できるのではないだろうか。

 私はA、B、Cの屈強だったりひょろひょろだったりする体を押しのけ、美々の部屋に入る。

 彼女の部屋はいつものように、狭い割にサイズの大きい海外の家具が幅をとっていた。その真白い家具の上に、見慣れないものがあった。

 ワイン。

 ケーキ。

 そして空のアクセサリーボックス。

「誰ですか」

「な、なにがだよ……」

「この三つ。美々へのクリスマスプレゼントでしょう? それぞれ贈ったのは誰ですか」

 平然とそう問う私に、男たちはわずかにたじろぐ。予想もしていない展開だったのだろう。沈黙の圧力をかけていると、やがていちばんひょろひょろとしたなりのCが手をあげた。

「僕、アクセサリーをあげた。いま彼女の首についてるネックレスを」

「おい黙れよ!」

「こんな子に美々を殺せるはずないだろ! 省吾! お前じゃないのか!」

 Aの本名は省吾と言うらしい。私の興味は人名に対して薄いため、今後も仮にAと呼ぶ。

「Cさんは美々を殺してません」

「は?」

「C?」

「あっすいませんネックレスを贈ったそこの方です」

 とっさに内心で呼んでいた名前が出てしまい、慌てて取り繕う。

「お前……じゃあ誰が殺したっていうんだ」

 私は残りのプレゼントを見やる。赤ワインに、ケーキ。私はケーキを思い切って口に含む。ナッツペーストの香ばしい甘みが口に広がった。

「ケーキを贈ったのは?」

「……俺だよ」

 ふてくされたような顔で、Bが手を上げた。それに対して、可哀想にと思う。彼は医者だ。美々の死による影響が他の二人の比ではないはずだ。

「美々を殺したのはあなたです」

「なん……ふざけんなよ!」

 恫喝するBを、Aが押しとどめた。

 可哀想に、可哀想に、そう思いながら事実を口にする。

「美々は赤ワインは嫌いなんです。一口も飲みません。仮にあれに毒を入れても美々は飲まなかったでしょう。そこから美々の彼氏さんは候補から外れます。そして、あのケーキにはナッツペーストが入っていた、美々はね」

 そこで言葉を切る。心底彼を哀れに思った。

「種実類、ナッツアレルギーだったのよ」

 Bの体からすっと力が抜ける。

 可哀想に。彼は医者の卵だ。卵だった。

 それはもう割れ、元には戻らないだろう。

 外から誰が読んだのか、警察のサイレンの音が響いていた。


 一晩あけて、警察の事情聴取から解放された。美々の死は、故意ではない殺人として扱われるだろう。

 

 それにしても、あんなにうまくいくとは思っていなかった。

 

 美々はエピペンをそこらに転がしておくから、マッキーと間違えて捨ててしまったという筋書きまで用意していたのに。私が手を下さなくても運良くあの男が美々を殺してくれた。自分でナッツを食べさせる手間がなくなったのは天の助けだった。

 美々の美しい顔を思い出す。

 美しいルームメイト、醜悪な内面で私を苦しめる美貌の女。

 リビングで倒れ込んだ時、彼女はまだ生きていただろう。そして私の推理も聞いて、私が彼女のエピペンを処分したことにも気づいたに違いない。あそこでエピペンを刺せば彼女は助かった。だが、私はそうしなかった。

「あ」

 そこでようやく私は、彼女の死に顔を拝み忘れたことに気がついた。



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