第3話

 翌日、朝。

「……なあ美嘉」

「な、なに?」

「ちょっと放課後教室来てくれねぇか?話がある」

 こうして、佳孝は美嘉を呼び出すことに成功したのだった。

 美嘉がやって来た。

「な、なに?早くしてよ……帰りたいの……!」

 美嘉の目が潤んでいる。いつも嫌がらせをしてくる佳孝に、怯えているのだ。

 そんな美嘉に対して佳孝は、

「実は、ばあちゃんの三回忌と再テストの補講が被っててさぁ……。でも絶対法事は行きたいんだ……再テスト、合格したいんだ。だから、その……俺に勉強を教えてくださいっ!」

 と、弱々しい声で言った。

 美嘉は予想とは違う展開に驚き、目を丸くした。

「で、でも……」

「頼む!この通りだっ!」

 頭を下げる佳孝。

「えーっと、まあ、いい……けど」

「ほっ、本当かっ!?」

 凄い勢いで美嘉に迫る佳孝。

「え……う、うん、いいよ」

 美嘉は気圧けおされて、つい許可してしまった。

「あっ、ありがとう!よっしゃあああ!」

 佳孝の叫び声が放課後の廊下に木霊した。



◆◆◆



 週末――つまり、再テストの前日の日曜日に美嘉の家に来るようにと、勉強を教えてほしいと頼んだあと言われた。

 佳孝はベッドの上でうつぶせになり、足をバタバタさせていた。

「ぐあ~~~~~っ!!手土産で、女子の喜ぶモンって……。一体何なんだ?」

 家に来るように言われたので、

『何か持っていく、何がいい?』

 と尋ねたのだが、

『な、なんでもいい……!』

 そういって、美嘉は走り去ってしまったのだ。

 だから好きなものや嫌いなものを訊けず困り果てている、というわけだ。

「んあ~~~~もうっ、どーすりゃいいんだよ!」

「佳っ、うるせぇ!」

 ドアが勢いよく開く。

「あ、鷹にい」

「どうした?さっきから『んあ~~~~』だの、『ぐあ~~~~~』だの。彼女でも出来たのか?」

「いやいや、んな訳ねーよ!」

「だよなぁ。性格最悪な佳孝に限って」

「ひ、ひでぇ……」

「で、どうしたんだよ」

「あのな、かくかくしかじかで……」

 一通り説明を聴き終わった鷹廣は、佳孝に尋ねた。

「その美嘉って子がいつも着けてる小物とかは?」

「え、小物?」

 佳孝は目が点になった。

「猫とか、犬とか。あとはキャラクターとか?あーっ、でも彼氏でもないのに形に残るものはどうなんだろう……」

 あーでもないこーでもないと自分の事のように悩む鷹廣。

「じゃあ、クッキーとか、マドレーヌとか持っていったらどうだ?」

「ま、まどれえぬ?」

 佳孝の生活には、洒落たお菓子に縁などなかったのだ。まどれえぬ、とは一体何だろう?と首をかしげた。

『テロテロリッ♪テロテロリッ♪テロテ』

そのとき、鷹廣の電話が鳴った。鷹廣は顔を輝かせ、電話に出た。

「もしもしっ!…………うん、明日?空いてるかって?……あー、ごめん、勉強と生徒会でさー……またの機会に。……ん、俺のイトコ?……今?横にいるけど?……え!?話したい!?……いいけどさ」

「鷹にい……?」

「俺の彼女から。前に、俺にイトコがいるってこと話したんだよ。そうしたらそれを覚えてて、話してみたいんだと」

「えぇ……」

「ほら、さっさとしろよ」

心なしか不機嫌な鷹廣。

「代わりました……佳孝です」

『やー、はじめましてー!萩中はぎなか 史夏ふみかだよー!』

「ども。小高 佳孝です」

『キミがヨシ君かー。ター君から話は聞いてるよー!』

「はあ……」

『どうした少年、悩みごとー?』

ふざけたように言う史夏。

「はい、実は――


佳孝は手土産のことを史夏に話した。


『ふむ……ヨシ君。明後日……土曜日。空いてるかい?』

「ん、空いてる……ぽい、です」

『よしっ、手土産買いにいこう!私と一緒に。私はター君のひとつ下の学年だから、テストもう終わってるんだよね~』

 二季沢では、テストの日程が学年で違うのだ。先生たちが採点に掛かりきりになることを防ぐため、らしい。

「はい!史夏ふみかさん、ありがとうございます!」

「いいよー。……あっ、そういえば、ヨシ君。ター君のこと鷹にいって呼んでるんだー?じゃあ私はふみ姉さんって呼んでー!あと、タメでいいからねー!」

「わかりま……わかった。じゃあ、史姉さん。ありがとう!」

『じゃあ、ター君に代わってもらってもいいかなー?』

「あ、うん。――鷹にい、史姉さんが代わってってさ」

「わかった」

「それはそうと、いつまで俺の部屋にいるつもり?」

ジト目で言うと、

「はははっ、ごめんごめん。じゃあ、おやすみ」

爽やかにそう返された。

「うん」

鷹廣が部屋から出ていくのを見届けたあと、時間割を見て教科書を鞄に入れ、佳孝は眠りについた。

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