第47話 トネリコ…迫り来る死

僕は忘我のまま、横たわっていた。物語は雪と雷鳴、急流と水の精霊、そして長い間分かたれついに巡り合う恋人たちの臨場感を生き生きと喚び起こし、壮麗な夏の夜がそのフィナーレとなった。僕は彼女と僕が物語の中で混じり合い、ふたりの物語が幕となるまで聞いた。そして僕たちはとうとう、この同じ緑に満たされたほら穴で再会し、その時夏の夜は愛を纏って僕たちの周りに重く垂れ込める。眠りに就く森から、沈黙を透してしのび寄る夏の夜の香りが、外界から僕たちの孤独に侵入する唯一のきざしだった。……次に起きたことを、僕はハッキリ覚えてはいない。それに続く恐怖がほとんどそれを消し去ってしまった!! 灰色の夜明けがほら穴に忍び入る頃、僕は目覚めた。乙女は消えていた……だが、洞穴の入り口付近にある茂みの中に、奇妙でおぞましい物体が立っていた。それは片側の端がまっすぐ立てられた、蓋の開いた棺桶のように見えた……ただ頭部と頸部だけは肩の部位から分けられていた。実際、それは人の身体を雑にかたどっていた。ただ中は空ろで、まるで腐敗し木から削がれた樹皮から造られたようだった。

それは腕を持っており、肩胛骨から肘のあたりへと落としていた。腕にはわずかに縫われた跡があった……まるでナイフで削がれた樹皮が、再び縫い合わされたとでも言うように。だがその両腕は動いて、その手と指が、長い柔らかな髪束をバラバラに引き千切っていた!! 『それ』は振り返った―顔の表面は、僕を魅惑した女神のものだった。しかし今、黎明の淡い緑の色合いの中そこには、死者の光無き両眼が照らし出されていた!! 戦慄の最中、さらなる恐怖が僕を襲った。僕を手を腰にやり、なんと僕のベルトにあるぶなの葉がなくなっているのに気づいた。彼女の掌中で再び髪に戻ったそれを、彼女は荒々しく引き裂いていた! いま一度、彼女は後ろを向き、低い笑い声を上げる……しかし最初に遭った時とちがい、今その低い笑いは、嫐るようなあざけりに満ちていた。そして彼女は、僕が眠っていた間ずっと話していた仲間と話すかのようにこう言った。「こいつはここだよ! さぁ、やつを喰っちまいなあっ!!」僕はまだ横になったまま、恐怖に怯え、石化したように呆然としていた。なぜなら僕は今彼女の傍らにいる、もうひとつの人影を見ていたのだ……その姿はぼんやりし定かではなかったが、それでも僕にはようやく、あまりにまざまざとわかった。奴はトネリコ樹だ! 僕の『女神』はハンノキの娘だったのだ!! そして彼女は僕から唯一助けとなる加護を奪い去って、僕を恐るべき敵の手へと引き渡そうとしていた。トネリコは僕を石化させたその『ゴルゴンの頭』を折り曲げるように、洞穴へと這入った。僕はピクリとも動けなかった。……奴は僕の近くに這い寄った。奴は屍者の眼と亡者の顔で、僕を凍りつかせていた。奴は身体を屈めながらその忌まわしい手を獲物を狙う獣のように伸ばす……。僕はなすがままに、その人知を超えた恐怖の死へと自身を委ねようとしていた。……その時、突然、奴の腕が僕を掴まえようとしたまさにその瞬間に、鈍く、重い斧の打撃が森を貫いて響きわたり、続いてそれは素早く何度も繰り返してこだました。トネリコは身震いし、唸り声を上げ、伸ばした腕を引っ込めて、洞穴の入り口まで後退さると、そのまま森の木々の間に消えた。もう一体の歩く『死』が、僕をもう一度見た……彼女の美しくかたどられた容貌に、あからさまな嫌悪の色を浮かべて! それからもはや彼女はその虚ろで醜悪な奇形を隠そうともせず、おぞましい背を向けて、トネリコと同じく外へ、緑の薄闇の中に消えて行った。僕は横たわり、啜り泣いた。ハンノキの乙女は僕を欺いた―すんでの所に僕を殺すところまで―僕の危機を知った人々から、僕が既にあらゆる警告を受けていたにも拘らずに!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る