第44話 夜の妖精界−女神を求めて−

そうして僕は、不思議な森の奥深くにいる誰かを、見失った大理石の女神をまだ見つけられるのではという希望を抱きながら、森の中へと入った。夏の午後が終わり、美しい黄昏へと移った。巨大なコウモリたちがふらふら、音もなく飛び交い始める。なんの当てもないように……というのも彼らの『あて』は僕には見えなかったから。ふくろうの抑揚のない調べが、僕を取り巻く、半ば闇に包まれたあらゆる予期せぬ方向から流れ込む。あの土螢もそこかしこに浮かび、広大な夜空の宇宙へと打ち上げられて燃え尽きた。何度も繰り返される夜鷹の耳障りな軋み音は、そうしたすべての調和と静寂をいっそう深めた。夥しい未知の響きが、見知らぬ夕闇からやって来た。けれどすべては黄昏の色に染まり、夢のような無限の愛と憧れの濃密な気配を引き連れて、僕の心を締め付けるようだった。夜の香りが漂い、それらに特有の贅沢な物悲しさーまるで植物たちが過ぎ去りし日々の涙の水に沈み、周囲に浮かんでいるようなーに僕を浸した。大地は僕を彼女の胸元へと引き寄せ―まるで僕は、地に伏して彼女に唇付けているようだった。僕は自分が妖精界にいることを忘れ、僕ら人間たちの棲む母なる世界、その真なる夜を歩いているみたいに感じた。雄大な茎たちが周りで起き上がり、分厚い小枝、しなる若枝たちが僕の頭上に織りなす多種多様な『屋根』を浮かべた。…その母なる僕たちの世界の遥かな上空を、鳥たちや虫たちの世界が―彼らの統べる景観、茂み、道、草地、そして鳥たちの道と虫たちの歓びの棲まい―を引き連れて漂っている。巨大な枝ぶりが僕の通り道を横切り、夥しい根が樹木の幹を支える。それらは大地をしっかりと抱きしめ、力強く持ち上げ、支え上げていた。それは樹海の完全なる在り様と歓びを蔵する、古い、旧い森たちだった。そしてこの悦楽のただ中に、『閉じられた葉々の天蓋の下、巨きな幹の傍らに、あるいは苔むしたほら穴の中に、あるいは緑の茂る泉のそばに、僕の唄が外界から呼び醒ましたあの大理石の女神が座って、その戸惑いを覆い隠す黄昏の中、彼女の救い主と出逢い、感謝を述べようと待っているのではないか?』と僕が想い起こしたその時、夜のすべてはひとつの喜び、夢幻の王国となり、その喜びの中心は、たとえ目に映らなくとも、至る所にあったのだ!! そうして僕は、自身の唄がどのように大理石の女神を呼び起こし、真珠のような石膏の覆いを貫いたかを想い出したのだ――、「ならば」と僕は思った。「どうして僕の唄が今この瞬間、彼女を溺れさせるこの黒檀の夜を通り抜けて、彼女に届かないはずがあるだろうか?」意識さえしないまま、あまりに自然に、僕の声は唄となって迸り出た。


響きではなく

だが、僕の中で木霊して

あまねく、至る所で脈動する!

目くるめく歓喜と共に

歓喜の波があなたに打ち寄せるまで……

夜の女王よ!!


すべての樹木が

薄闇を投げかけ

そなたを覆いかくす

秘密、暗闇、静謐なる愛の、

沈黙で満たされた

聖なる小部屋に……


いかなる月も今宵は天上には昇るまい

仄暗い午後を希望に満ちて歩く僕は

覆い隠されし光――

そなたを、手探り、求めるのだ


いっそう深まりゆく、闇の『きわ』よ!!

枝々を透してかがやき、

頭上の『屋根』から

星とダイヤモンドの煌めきを放つ

愛の光によって

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