第43話 赤鎧の騎士

ああ、男よ、気をつけろ。彼の望みが満たされ、雨が彼へと降りそそぎ、その幸福のとどまることをしらなぬ時こそ。


貴女の紅い唇は、まるで毛虫のように、僕の頬を這い回る  『マザウェル』



だが僕が森と丘のふもとの間にある空き地を横切った時、また別種の光景が僕の足を遅らせた。空き地を西へと、水流のように、沈んでゆく太陽の光と溢れ出る紅い輝きが、僕の立っている空き地を流れたのだ。そして僕の方へその流れを降るように、紅い鎧を身に付けているように見えるひとりの騎士がやって来て、その頭の先から尾まで、夕焼けの中で真っ赤に輝くようだった。僕はまるで以前にその騎士に会っていたように感じたが、彼が近づいて来ても、彼の容貌の特徴に何一つ見覚えがなかった。しかしながら彼が僕の方へ近づいたとき、赤錆びた鎧のサー・パーシヴァルの伝説を、あの女主人の小屋で終に読み終わらなかった古書のことを僕は思い出した。そう、彼が僕に想い起こさせたのは、パーシヴァル卿の物語だった。それはなにも不思議なことではなく、というのも彼が僕に接近したとき、僕は頭の天辺から踵まで、彼の甲冑の全面を薄っすらと錆びが覆っているのを見たからだ。黄金の拍車はきらりと輝いていたが、鐵の脛当ては陽光を浴びて赤熱していた。彼の輿に吊るされたモーニングスターは、その銀と青銅をぎらぎらと赤く燃やしていた。彼の姿全体は恐ろしげだった。しかし彼の容貌はその見かけとちがい、哀しげで、憂鬱でさえある、なんらかの恥辱を纏っているような様子だった。だが面差しはそのような恥辱に覆われてさえも高貴で気高く、頭を項垂れさせていながらも姿に威厳があったが、その全身は内なる嘆きによるもののように、屈められていた。馬は主との憂鬱を共にしている風情で、精気なく、ゆっくりと歩いていた。僕はまた、彼の兜に付けられた羽根飾りも色褪せて垂れ下がっているのに気づいた。『彼は馬上槍試合に敗れて落馬したのだな』と僕はひとりごちた。『……だが肉体が地に落ちたというだけで、高貴な騎士の精神までもが屈服せらるることはあるまい』彼は僕に気づいていないように見えた、なぜなら彼は馬上、顔を上げることなく通り過ぎて、僕の最初の声が彼に届いた瞬間に、戦いに臨もうとするように身構えたからだ。それから恥ずかしさからか、面頬を上げた彼の顔全体にさっと朱が差した。彼は僕の会釈に、よそよそしい丁重な礼を返し、通り過ぎた。けれど突然、彼は手綱を絞り、少し止まって、それから馬首を廻らせ、彼を見送って僕が立っている場所へと戻ってきた。

「……我は恥じている」彼は言った。「……こんな見かけばかりが騎士に見えるこの風体を。だが騎士としてあなたに我からの警告を伝えぬわけにはいかないだろう。騎士に降りかかったものと同じ邪悪が、詩人をも襲わぬように。貴方はこれまでサー・パーシヴァルの物語の……(ここで彼は身震いし、甲冑がカシャリと鳴った)…『ハンノキ樹の乙女』を読んだことはあるだろうか?」

「読みました……一部分ですが」と僕は言った。「昨日、森の入口付近にある小屋で、僕はその話が記された本を見つけました」「……なら気をつけたまえ」彼はそう答えた。「なぜなら…見給え、我が鎧を。我はこの鎧を外し、そして彼パーシヴァルに降りかかったのと同じように、それは我へと降りかかったのだ。驕り高ぶっていた我は今や謙虚になった。たか彼女は恐ろしく美しい……気をつけよ、決して」彼は頭を上げて付け加えた。「…この甲冑の錆びは、ただ、騎士道に則った戦いの打撃によってのみ磨かれる。そしてすべての錆びが邪悪なる敵の斧、あるいは高貴な敵手の剣によって消え失せる、こそぎ落ちるまで……その時我は再び頭を擡げ、我が従士に言うだろう。『汝の義務をもう一度果たせ、この鎧を磨け』とな」

僕がさらに問いかけようとする前に、彼は馬に拍車を入れて走り去り、僕の声は甲冑の軋み音に覆い消された。僕が彼の背に呼びかけたのは、不安からこの恐るべき魔性の女についてもっと知りたかったためだった。……だがそれも空しく、彼は僕の声を聞かなかった。「けれども」と僕は自身に呟いた。「僕は今、また度々に警告を受けている。疑いなく、僕は良く用心することだろう。そして僕は完全に、断固として、どれほど彼女が美しかろうが、いかなる美しさにも惑わされはしないはずだ。まちがいなく、誰かは彼女から逃れることはできるはず、そして僕がその『誰か』となるのだ!」

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