第36話 おとなしい獣たち

そして滑らかで生気に満ち溢れた彼女の躰は、まるで生命のほとばしりに洗われたかのごとく

あるいは彼女の瞼にそっと留まる、ヒナギクに止まる蜂よりもたやすく吹き散る微睡みのよう 

ベドーズ『ピグマリオン』


彼女の肌は5月の百合のように

あるいは冬の日に降った雪のように真っ白だった

『ランファル卿の物語』



第五章 


僕は朝の新鮮な空気の中を、生まれ変わったような気分で歩いた。ただ一つ僕の歓びを沈ませるのは、悲哀と歓喜の間にあるなにかで出来た雲、昨夜逢った僕の護り手の女性についての想起がしばしば僕の心の空をよぎることだった。「でもそれなら」、と僕は思った。「もし彼女が悲しんでいても、僕にはどうすることもできない。そして彼女は今まで体験したことのない歓びすべてを味わったのだ。このような一日は少なくとも僕にとってそうであるのと同じくらいには、まちがいなく彼女にとっても喜びであっただろう! そして彼女の人生はおそらくもっと豊かなものになるだろう、なぜなら、彼女の人生の中にとどめることはできなかったとはいえ、訪れたその記憶を今も抱いているのだから。それにもし彼女がいつか人間の女性になったなら、僕たちがどこかで出会わないとも限らない。この宇宙に、巡り逢いの余地は充分にあるのだから」

このように自身を慰めながら、なおも漠とした、まるで僕は彼女を残してくるべきではなかったとでもというような悔恨を伴いつつ、僕は進んだ。今日の森は僕の住む地のものとほとんどちがいはなく、ただすべての野生動物、兎、鳥、栗鼠、鼠、また数知れぬ他の住人たちは、大変人に馴れていた。つまり彼らは僕から逃げたりせず、僕が通り過ぎるところをじっと見つめ、時折、まるでもっとしっかり僕を調査しようとでも言うように、さらに近くまでやって来たりした。この行動が完全な無知から来るのか、あるいは人間の姿をした者たちが決して彼らを傷つけないことを知ってるいるからなのかどうか、僕にはわからなかった。一度など、僕が立って僕の頭上にある木の枝から垂れている立派なヤドリギの花を見上げていた時、大きな白兎がゆっくりと駆け寄ってきて、その小さい前足を僕の足に載せると、まさに上に咲く花を見ていた僕を、その赤い目で見上げたのだ。僕は屈んでそのうさぎを撫でた。しかし僕が持ち上げようとした時、うさぎは弾かれたように後ろ足で大地を蹴り、すごい速さで一目散に逃げ出した。けれども視界から消えるまでの間、うさぎは何度も僕を見ていた。また時折、人の姿をしたぼんやりしたものが少し離れた場所に、木々の間から夢遊病者のように動きながら、現れたり消えたりした。だが誰も僕の方に近寄っては来なかった。

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