第34話 護り髪

「あの恐ろしいトネリコは、僕をどうするつもりだったんだろう?」僕は言った。

「わたしにはすべてはわからないわ。けれどわたしは彼が、あなたを彼のトネリコ樹の根元に埋めようとしていたのだと思う。でももう、彼があなたに触れることはないのよ、わたしの坊や」

「…トネリコの木はどれも、あいつみたいに恐ろしいの?」

「まああなた!! …奴らはすべて、不愉快で自己中心的な畜生どもよ。(もし彼女の言い伝えの通りなら、奴らはどんな忌まわしい人間たちになることだろう!)でもこのトネリコは自身の心臓に『からっぽ』を持っていて、そのからっぽがただひとつなのかふたつなのかそれは誰も知らないことだけど、彼はいつもその『からっぽ』を満たそうとしてる。……けれど彼はそれをできないの。まちがいなくそのことが、彼があなたを欲する理由よ。わたしは彼が人間になれるか怪しいと思うわ。もし彼がいつか人になることがあるなら、自分たちのからっぽに耐えられず、自身を殺してしまった方がましだ思う」

「そんな奴から僕を救ってくれたなんて、キミはなんて優しい女性なんだろう!!」

「わたしは彼があなたにふたたび近づかないよう、あなたを守るわ。でもこの森にはいくつか、もっとわたしのような姿をしているものもいるの。その者たちからは……ああ!! わたしはその者たちからはあなたを守れない。…ただ、もしあなたがそうした非常に美しい者たちに出会ったなら、その者たちを避けるようになさい」

「それは一体どういう……?」

「わたしにはこれ以上言えない。でも今、わたしの髪の幾束かをあなたに纏わせます……そうしなければならないわ。そうすることでトネリコは、あなたに触れられなくなる。……さあ、幾束か切り取って。あなたたち人間は奇妙な刃物を身に着けているのでしょう?」

彼女はその長い髪をゆるく、僕を覆うように揺らせた。

「キミの美しい髪を切るなんてできない! そんなの『恥』だよ」

「……わたしの髪を切れないですって!? 髪は充分に長くなるわ……樹海でまたこの髪が必要とされるまでにはね。それにわたしが人間の女になるまで、わたしの髪がまたなにか役立つなんてことはぜったいないと思うし……」

そう言って、彼女は溜息をついた。

できる限り優しく、僕はナイフで波打つ暗色の髪の長い一房を切り取った。彼女はその美しい頭を、僕の身体越しに項垂れるようにしてくれた。僕が切り終えた時、彼女は躰を震わせ、深い息を吐いた。……激しい苦痛を苦悶の素振りも見せずに辛抱強く耐えた人が、ようやく安堵の息をついたかのように。彼女はそれからその髪束を取って僕の身体に結わえ付け、不思議なやさしい唄を歌った。僕はそれを理解できなかったが、以下の、こんな風な情感を僕の中に残した。

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