第33話 癒やしの唇付け
「どうしてキミは自分のことを『ブナの木』と言うの?」
「……だっとそうだから」彼女は先ほどと同じ低い、響きよい樹葉のざわめきのような声で答えた。
「でもキミは女の人だよ」僕はそう返した。
「あなたはそう思うの? …それならわたし、本当に人間の女の人みたいに見える?」
「キミはとても綺麗な女性だ。それをキミがわからないなんてありえるの?」
「わたしはあなたがそう思ってくれてとても嬉しいわ。…わたし、時々、自分が人間の女みたいなのだって空想するの。今夜もそう…そう思うのはいつも、雨粒がわたしの髪から滴り落ちるとき……それはわたしたちの森に古い予言があって、ある日わたしたちは皆、あなたみたいな人間の男と女になるって言われているからなの。あなたは国でそのことについてなにか知らない? わたし、人間の女だったらとても幸せになれるのかしら? わたしはそうじゃなかったら、と恐れているの。だってわたしが女の人みたいだって感じるのはいつも、今夜みたいな雨の夜だから…。でもわたし、どんなことがあっても、女の人になりたいの…」
僕は彼女が話し続けるままにさせた。なぜなら彼女の声は、あらゆる音曲の『解』みたいだったから。そして今、僕は彼女に自分の国で女性が幸せかどうかほとんど聞いたことがないと話した。僕はひとり、幸せではなかった女の人を知っている、そして僕自身について言えば、僕はよく妖精の国に憧れる……彼女が今、人間の世界に憧れているように。でもそれなら僕たちはどちらも長く生きていなくて、たぶん人々は長生きすればするほど幸せになってゆくだろう。ただ僕は本当にそうなのか疑わしく思っているけれど……。
僕は思わず溜息をついた。彼女はその溜息に気づいた、彼女の両腕はまだ僕を包んでいたから。彼女は僕に何歳なのと尋ねた。
「21歳」と僕は言った。
「そんな!? あなた……坊やじゃないの!!」彼女は言って、何よりも甘美な風と香りと共に、僕にキスした。その口づけが持つ涼やかな清廉さが、僕の傷ついた心を甦らせた。僕はもう、自分があの恐ろしいトネリコの木を恐れていないのを感じた。
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