第8話 妖精の森の少女
人はあらゆる空間を侵犯する
視界に入る岩を、茂みを、川を、あなたはじっと見つめる
だが決してあなたのまなざしは木を見ない
あなたは海にいて、見るのは海ではない
あなたが見るのは偽装された人間性のみである
あなたが同胞を避けようとしても、その試みはむなしい
人が興味を抱くあらゆるものは、やはり人なのだ
木々は僕が入ったところではまばらで、太陽の光が射してくる高さに十分なゆとりを与えていたが、それは進むにつれて急激にせばまり、ほどなく木々の長い幹が陽光をさえぎって、僕と森の東側との間に分厚い格子状のものを形造った。
僕はさながらふたつ目の深夜へと進んでいるかのようだった。しかしながら、その第二の夜との狭間に現れる黄昏の中、森のもっとも深いと思える地に踏み入る前に、僕はその森の最深部から、田舎風の少女が僕の方へとやってくるのに出会った。彼女は明らかにその手におさめて運んでいる野花の束に気をとられ、僕のことに気づいていないように見えた。彼女はまっすぐ僕の方へと歩いて来たが、決して顔を上げようとしなかったので、僕はほとんど彼女の顔をみることができなかった。しかし僕たちが出会ったとき、彼女はすれちがう代わりに向きを変えて僕の隣を数ヤード歩いた。なおも顔を伏せたまま、花々をせわしくいじり回しながら。彼女は早口で、しかしながら常に声は低く、まるで独り言をつぶやいているように喋ったが、どう見てもその言葉が向けられているのは僕だった。
少女は隠れひそむ敵に目撃されるのを恐れているみたいだった。「オークの木を信じて」彼女は言う。「オークを信じて、それに楡の木も、すばらしいブナの木も。樺の木には気をつけて、彼女は正直だけど、若すぎて移り気なの。でもトネリコとハンノキは避けて、トネリコは人喰い鬼よ、ーきみは彼をその太い指で見分けられる、そしてハンノキはきみをその髪の毛の『あみ』で絞め殺してしまうわ、もしきみが夜に、彼女をきみのそばに近づけたならね」
これらすべてがひと息で、声の調子も変えずに囁かれた。それから彼女は突然向きを変えて僕のそばを、しずかに、まったく変わらぬ歩調で歩み去った。僕は少女の言わんとすることを理解できなかったが、それはいつか彼女の警告を活かすしかるべき時が来たら、助言の意味が明らかにされるだろう、と考えることで自らを納得させた。僕は少女が携えていた花の束から、密林は今僕が進んでいる様子から見えるように森の至る所で密集している、というわけではないのだろうと考え、それは正しかった。というのもまもなく僕はもっとひらけた場所に出て、あちこち点在するこんもり繁った広い草はらを横切り、そこにはより明るく陽が差すいくつか円状の緑原があった。しかしここでさえも僕は、全き静寂にこころ打たれた。鳥は歌わず、虫は鳴かず、生けるモノは僕の通り道を横切らない。
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