第3話 妖精の女王

すると小さな格子戸が突然跳び上がって開き、小部屋があらわれた。花の香がとうに過ぎ去って久しい、枯れた薔薇の葉々が積み重なった片隅を除けば、空っぽだ。別の隅にリボンの切れ端で結ばれた小さな紙束もあったが、しかしそのリボンの色も薔薇の香と同様、とうに色褪せていた。それら薔薇の葉とリボンが無言の雄弁で証し立てる忘却の法則に気圧され、手を触れることにほとんど恐れすら覚えて、僕は後ずさって椅子に座り、しばらくその光景を見つめた。突然その小部屋の敷居の上に、まるで過ぎ去った忘却の深みから立ち現れたかのように、小さな女性が、生気と躍動を与えられたギリシャ彫刻さながらの完璧な姿であらわれた。

彼女の衣装は流行りすたりといったものを超越した、全く自然なさまだった。ローブはうなじの周りを帯で襞をとり、腰回りをベルトで留められ、足下へと降り落ちる。だが僕が彼女の衣装について思い起こしたのは後になってのことで、僕の驚きはそのような不意の出現が当然引き起こすであろうと思える、圧倒的な驚愕にまでは到っていなかった。しかし、僕が思うに、たぶん彼女は僕の表情の中にある程度の大きな驚きをみとめたのだろう。僕のすぐそばまで前に出てきた。そしてこの忘却の死の中にある部屋においてさえ奇妙に黄昏どきの―あるいは川辺の葦の―あるいは緩やかな風の感覚を―想い起こさせるような声で言った。「アノドス、おまえは今までこんなにちいさな(人のかたちをした)生き物を一度も見たこともないーーー、そうだね?」

「うん」僕は言った。「実際、今目にしていても、僕はぜんぜん信じられないよ」

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