節 ( せち )
ヒラノ
節 ( せち )
桜の花が甘い香りを振りまく春、彼女は穏やかに微笑むおっとりとした少女だった。
初めて出会ったのは、風が柔らかに吹き抜ける公園のベンチ。
膝の上に文庫本を広げていた僕の鼓膜を擽った、舌足らずにも聞こえる明るい声。
凍てついた氷が端の方から溶け出すように、僕らの距離の縮まる速度は速かった。
毎日精一杯に蝉が鳴き立てる夏、彼女は春よりもまっすぐで、気の強い少女になった。
頭上で燦燦と容赦のない日差しを突き立ててくる、太陽のようだと僕は思った。
ある時喧嘩をして、彼女が怒って、僕も怒って、だけどやがて「ごめん」と言えば、彼女からも、晩夏の夜風の如く静まり返った声で、「ごめんね」と返ってきた。
互いに寄せては返す、波打ち際でのことだった。
遠くに見える白い帆のヨットが、ゆらゆらと波間に揺れていた。
暖かな色に染まった葉が目に眩しい秋、彼女は夏よりも大人びて、ちょっぴりセンチな少女になった。
図書室に射し込む陽の長さは次第に短く、すぐに暮れてゆく空を彼女は嘆いた。
一本の焼き芋を丁度真ん中で割ることが出来なくて、もう半分こには憧れず、今度は素直に二本買おうと笑い合った。ほろほろと甘く崩れる黄色を見た彼女の笑顔が、早くもポケットにしのばせたカイロより何倍も温かく思えた。
町中が清廉な白に染まる冬、彼女は不意に居なくなった。
秋よりも大人しくなって、控えめな少女だった。
恋人ではなかった僕に、居なくなるという知らせは舞い込んで来なかった。ただ、何もない空から落ちて来る牡丹雪だけが、マフラーと襟足の間に這い込んですぐに消えた。
僕は微塵も怒らなかった。不思議な夢を見ていた気分だった。
彼女は四季のような、否、彼女は四季そのものであった。
春夏秋冬、気分を変える彼女に振り回され、何かが起こる前に、思い出だけが残った。
僕は気づいた。口数少なだったのは、さよならが決まっていたからかもしれないと。
言えない言葉は、雪に染まるアスファルトの如く、静かに静かに隠されてゆく。
怒りは湧かなかった。その代わり、僕はそれからも毎年のように彼女を思い出した。
いつの間にか好いていたのだと、桃色のリボンが舞うバレンタインデーの催事場で、
僕はひとりで立ち尽くした。
節 ( せち ) ヒラノ @inu11
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