第41話 意地の戦い

 火と煙に飲まれたアカデミーの上空で、不気味に漂う飛行船とそれに対峙する二本の槍を両手に構えた生徒会長が浮遊していた。



「生徒会長。まず、どう戦う?」

 燃える建物の屋上の先で、ベレグラムが言う。

「ベレグラムはあの巨大な飛行船を吹っ飛ばすために魔力を練りこんでほしい。その時間を私が稼ごう」

 生徒会長は銀の兜で下を向くと、ベレグラムに提案した。



「わかった。できるだけ急いで練りこむが・・。助けがいる時は言ってくれ」

「無用な心配だ、ベレグラム。後、吹っ飛ばす先はアハル湖辺りがいいだろう」

 ベレグラムが頷くのを見ると、生徒会長は銀の兜の向ける方向を巨大飛行船に移した。



「さあ、始めようか」

 生徒会長は左手に持っているオリハルコンの槍の刃を飛行船に向けながら言った。



 生徒会長の言葉に反応するように、飛行船の中にいるユカ・ローニスは一人、呟く。



「さあ・・、食らうがいい」

 ユカは操縦席にある一つの石に触れる。そして、呼応するようにして飛行船の心臓部である巨大な二重になっている丸い金属が回転する。



「何だ?」

 生徒会長は飛行船の周りを見回す。すると、その飛行船の周りから3つの魔方陣が浮かび、その陣から霧が大量に漏れ出す。そしてその霧はやがて竜のような顔を形どると、生徒会長の方に向かってくる。



「飛行船の動力源である門を使った魔法か。なかなか凝っている魔法を使うじゃないか」

 呑気に兜から音を発している生徒会長に、魔法を練りこんでいるベレグラムが叫ぶ。



「避けろ!死ぬぞ!」

「慌てるな」

 生徒会長は冷静に返すと、まず、向かってくる一つ目の霧をギリギリの所で右手に持っているオリハルコンの槍を使って逸らす。そして、当たった槍の先が吹っ飛ぶ。



「ほう・・」

 呑気に槍の先を見つめる生徒会長に、もう一度ベレグラムが言う。



「2撃目!来るぞ!」

「逃げるか」

 生徒会長は言うと空を縦横無尽に飛び、追いかけてくる霧の竜から距離を離す。そして、2匹目の霧は上空へと飛んでいき、そのまま消えた。



「真正面!避け切れんぞ!」

 またもや叫ぶベレグラムに生徒会長はいちいち返事を返す。



「確かに、逃げれんな」

 両手に持っている2本のオリハルコンの槍を武具転生で返すと、魔法を放つ。



魔槍マソウ、運命のトライアングル!」

 月の槍に太陽の槍、そして天の槍を円を描きながら放ち、その円の中心に向かって霧の竜を囲む。すると、やがて霧の竜が生徒会長にたどり着くころには、柔らかな風となって銀の全身鎧の片側だけに纏っているマントを優雅に靡かせただけだった。



 その圧倒的な力を見たユカ・ローニスは微かに笑う。

「アカデミー・・さすがだな、その力。だが、それでも、神による裁きは下されるのだ。そうだろう・・?みんな・・。今・・そっちに行くよ」

 力ない言葉でユカは言うと操縦席にある石に触れ、飛行船の二重の円はより回転を強くする。そして、ユカ・ローニスは力尽きるようにその場に倒れ、瞼を静かに閉じた。



 巨大な飛行船のさらに上空から魔方陣が二つ出現し、2機の飛行船が顔を出す。



「これはまずいぞ生徒会長!もうすぐアハル湖まで吹っ飛ばす魔法は完成する!それまで落とさせないようにできるか?」

 ベレグラムの焦った口ぶりに、生徒会長は余裕の声色で答える。



「当然だ、ベレグラム。アカデミーの生徒会長を任されているこの私に、不可能はない」

 生徒会長は言い切ると、僅かに集中するように息を吐く音を兜から鳴らす。そして、片手をかざし、槍を次々と武具転生させる。



「暗闇の槍、月と太陽の槍」

 生徒会長は4本の槍を出現させると、かざしていた手を前に突き出し飛行船の下に待機させる。



「雨と雷の槍、天と地の槍」

 もう片方の手をかざし、生徒会長は4本の槍を出現させる。そして、先ほどと同じくかざした手を前に突き出すと、先に待機していた槍の隣にもう4本の槍を待機させた。



「バザが新しく完成させた50本目と51本目の槍。ここが使い時だな」

 生徒会長は言うと下方向に腕をクロスさせ、肘を曲げて手の先を後ろに向ける。



「友と別れの槍」

 クロスさせた両手で武具転生してきた二本の槍を掴むと、大きく両手を広げて構える。



「魔槍、逆命のダイヤモンド!」

 生徒会長は左右の手の平を広げ、友の槍と別れの槍はそれぞれ大地へと落下していく。そして、アカデミーの燃え盛る建物にぶつかる瞬間に弧を描き、再び上空へと飛び立った。



「生徒会長!」

 魔方陣から出現した2機の飛行船が最初にアカデミーに出現した飛行船に衝突するのを見ると、ベレグラムは焦る声を発した。



 生徒会長は上空へと上がっていく二本の槍をなぞる様に片手を動かす。そして、友の槍と別れの槍は飛行船の下に待機していたそれぞれ二つの輪っかを作った8本の槍の真ん中を通り抜けた。すると、その二つの輪っかから白い光が放たれ、合計3つの飛行船を包み貫く。



「今だベレグラム。思いっきり吹っ飛ばせ!」

 光に包まれ動きを停止した3つの巨大飛行船を、かざした手で指しながら生徒会長は言葉を発する。その言葉にすぐさまベレグラムは反応し、煉った魔法を放つ。



「根の埋葬、狂王迦楼羅キョウオウカルラ!」

 ベレグラムの放った魔法は巨大な鳥の形を取り、空中で動きを止めた巨大飛行船の3機に向かって飛び立つ。そして、鳥にぶつかった飛行船群はバラバラになり、あらゆる部品がむき出しになってアカデミーの敷地からすぐ隣にあるアハル湖に吹き飛ばされていく。



「とりあえず作戦は成功か」

 空中から戻ってきた二本の槍である友と別れの槍を両手に掴むと、生徒会長は言った。



「何とかなったようだな」

 流れ星のように一部燃えながらアハル湖に落ちていく残骸を見ながら、ベレグラムはホッとするように息を付いた。



               ***



アハル湖に飛行船の残骸が降り注ぐ。流星のように次々と落ちてくる火と鉄くずを避けながら、マーディアス・グローを先頭にレカ・アーズとラキリ・グリムがその後に続く。



「待て!ディミル!」

 マーディが叫ぶと、前を走っていたディミルは立ち止まる。



「マーディ・・、しつこい男は嫌われるわよ」

「お前が逃げるのが悪い。後ろめたいことがあるんじゃないか」

「さあ・・どうかしら」

 マーディの真剣な表情に、ディミルは顔を傾けながら言った。



「やっと追い付いたぜ」

 二人も追いつき、そのうちの一人であるラキリがマーディの肩に手を置きながら言う。そして、レカが周りを見渡しながら疑問を口にする。



「この湖、まったく水嵩がないな」

 レカの言う通り湖の水嵩は3センチ程度しかなく、湖の中心付近に4人は立っていたが靴の半分も水面に沈んでいなかった。その疑問に答えるようにディミルは口を開く。



「このアハル湖は水嵩がほとんどないので有名よ。私の後ろにある巨大な穴、アビスと呼ばれるどこまで深く続いているか不明の穴に、全ての水はここに流れ込む。果たして底はあるのか?はたまたどこかに続いているのか?まだ解明されていない場所よ。穴を覗くととても怖いけど、謎を考えるのはロマンチックでしょ」

 ディミルの丁寧な説明に、ラキリはマーディの肩に置いていた手を離すと、一歩前に出て言葉を返す。



「ご高説痛み入るんだが、それより封印殿から盗んだ物をさっさと出せ。その方が利口だ」

「・・これの事?」

 素直に懐から出すディミルに、マーディは落胆する。



「なぜだディミル・・。それに、その球体は君にとってそんなに価値あるものなのか」

「マーディ。このヌゥスの球体は使いようによっては持ち主の魔力を倍増してくれるのよ。私はこれを使って、神技に近づく。奇跡の体現者となる。あなたに代わってね」

 ディミルとマーディは睨み合う。そして、4人の元に飛行船の最後の残骸が降ってくる。それが合図となって、火蓋は切られた。



 アビスの穴の手前に、燃えながら鉄の残骸が落ちる。マーディ達3人は穴の付近を離れて難を逃れたが、ディミルは大きく上空にジャンプして避けた。



「古より神に仕えた伝説。深き底より出でよ!ユニコーン!」

 上空で体制を逆さのままで叫ぶと、ヌゥスの球体を握った手から光が漏れる。すると、アビスの水の底より白く美しき毛並みの白馬が水面を割って飛び出してくる。そして、ディミルは地面に着地すると額の中央に一本の角を生やした白馬を優しく撫でた。



「ディミル!」

 叫ぶマーディに、レカとラキリは声をかける。



「いくぞ、マーディ」

「彼女はやる気です。あれは神話の獣。聖女の力を操る彼女は強敵ですよ。へたをすればこちらがやられる」

「わかっている・・やるしかないのは・・。仲間だった人と戦う覚悟を、今・・決めるさ。行くぞ!ディミル!」

 マーディは剣を抜く。そして、同じくレカはリングを手の平で操り、ラキリは武具転生させた鎌を両手で持って構えた。



「浄化の角でマーディを安らかにして」

 ディミルの願いを叶えるようにユニコーンは前両足を高く上げて嘶くと、マーディ達の方へ突進する。そして、その突進を受け止めるように魔力を込めた剣の刃でマーディは一時受け止めるが、やがて勢いに負けて吹っ飛ぶ。ラキリやレカもそのユニコーンの放つ魔力の波に巻き込まれて吹っ飛ぶが、浅い湖の水面に倒れるマーディとは違い、うまく二人は着地する。



「何をしているマーディ!今こそ俺たちのコンビネーションを試すぞ!」

 ラキリの言う通り、無様に倒れている場合ではなかったとマーディはすぐに立ち上がる。入学式の前に、レカとラキリとでマーディはパーティを組むことは講師から言い渡されていた。それぞれ3人で修練した魔法を今、繰り出す時だと言うラキリに残りの二人は同意するように頷く。



「デスバインド!」

 ドクロマスクを被ると、ラキリは水面の上からデスサイズを地面に突き刺した。すると、刺した先から黒い影がユニコーンを襲う。




「円月、牧歌」

 デスバインドの影に巻き付かれ身動きができないユニコーンに、レカは2つの操るリングでユニコーンを挟む形の位置に飛ばすと、そのリングの穴から光の枝がユニコーンの体に纏わりつく。



「青く、火花よ」

 マーディは青い火花を纏いし火球をユニコーンに向けて放つ。そして、額に角を持つ白馬に命中すると、光の枝が薪となって火柱を高くさせながらユニコーンを燃え上がらせ、やがてユニコーンは光となって霧散して消える。



「3撃必殺!諦めろ、ディミル!」

 マーディはユニコーンの後ろに隠れていたディミルに向けて叫んだが、白馬が消えたその先には誰もおらず、上空から声が聞こえる。



「残念だマーディ!ここで元神技使いを失うことになるのはな!我が元へと来い!12の英雄武器の一振り!トールハンマー!!」 

 上空にいつのまにかいたディミルは両手を広げて叫ぶと、その体の前に雷と共に巨大なハンマーが現れる。そして、そのハンマーは重みでマーディ達の元へと落ちる。



 雷鳴と共に轟音がアハル湖に響き渡る。そして、落ちたハンマーの周りで雷の斬撃を食らった3人は浅い水面に顔を付ける。



「なんだ・・それは!?」

 水面の底に沈んだ顔を水滴を落としながら上げると、マーディは落ちたハンマーの柄を触るディミルに言う。



「封印殿で拝借した物はヌゥスの球体だけじゃないのよ、マーディ。前学長のギデーテが使っていた英雄武器のトールハンマーを、私の武具転生に取り込んだの」

「なるほどな・・。強欲だな、ディミル!」

「教会を離れることに決めたんだもの。お尋ね者になるからにはお土産はいくつあっても良いものでしょ」



 ディミルの言葉を聞きながら、マーディは何とか立ち上がる。そして、その後ろにいたレカとラキリの二人も気力を振り絞ってフラフラになりながらも同じく立ち上がった。



「・・仕方がない。入学試験でも披露しなかった技ですが、命には代えられません。私が技を放つので、ラキリ、あなたはそれに合わせてデスバインドをお願いします。そして、とどめをマーディ、あなたでお願いします」

「わかった。任せろ、レカ」

「承知だ」

 レカの提案に、2人は乗り、3人で視線を合わせて頷く。



 そして、レカはリングを頭に浮かばせて魔法を開始する。



「この頭上にリングが浮かんでいるのが間抜けで好きではないのですが、しかたありません」

 レカは集中すると、頭に浮かんだリングが回転して光り輝いていく。そして、その回転の速度が限界に来た時、レカの体が浮く。そして、魔法を完成させる。その姿に、ディミルは警戒するようにトールハンマーを握る手を強める。



「円月、天使呪縛!」

 レカは叫ぶと浮かんだ体が眩く光り輝き、その光が何重もの帯となってディミルに巻き付く。それに合わせてラキリがデスバウンドを放ち、光の帯の上に影が纏わりつく。



「動きを封じても技は出せるのよ!戦斧、雷神殺法!」

 ディミルの腰に携帯していた2つの斧が空中へと飛んでいき、やがてピタっと空に留まる。そして、2つの斧は互いに反応するように雷を交互に走らせると、やがて一本の雷を生み、マーディの元に稲光となって落ちる。



「マーディ!?」

 まともに轟音と共に雷を受けたマーディを心配するようにラキリは叫ぶが、それは杞憂に終わる。



「終わりだ、ディミル」

 雷神殺法を受けボロボロになった体のまま、マーディはディミルの目の前に素早く距離を詰めると、自分で編み出した魔法の力を放つ。



「青く、閃光の刃!」

 握った拳から青く光った刃を創り上げると、その刃をディミル目掛けて振り下ろす。そして、ディミルは青い炎に包まれ、やがて青く光って閃光する。



「マーディ・・」

 レカやラキリの魔法の呪縛から解放されたディミルは、マーディに弱った表情で声をかけ、その手を伸ばす。なぜその手を出していたのか、ディミル自身にも理解できなかった。



「・・ディミル」



 後ろによろめきながらディミルが伸ばしてくるそのか細い手を、思わずマーディは掴み取ろうとして自分の腕を伸ばすが、間に合わずに伸ばしたその手は宙を掴んだ。



 そして、よろめいたディミルはアビスの穴に落ちた。そして、ゆっくりと底へと沈んでいく。底なしの闇に沈んでいくそのディミルの瞳と、マーディは目が合った。



「止めろマーディ。自分まで沈むつもりか」

「だが、ディミルが」

 沈んでいくディミルを助けようとするマーディをラキリが止める。



「ラキリの言う通りです。我々もギリギリです。助けを呼びましょう、マーディ」

 アビスの底に消えていったディミルを探すように闇を見つめるマーディだったが、やがて諦めるように口を開いた。



「わかった・・。助けを呼ぼう」

 マーディは呟いたが、アビスの闇を見つめ続けていた。神の奇跡に囚われた人々の、底なしの欲望を見ているようで、マーディは視線を背けることはできたが、それでも、一抹の希望を抱いてマーディは闇を見つめ続けた。そして、2人の仲間に声を掛けられると、その闇へと向けた視線を外した。それは、新たな困難に立ち向かうための希望を抱かせると信じて、レカとラキリの表情を視界に捉えるマーディだった。

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