第40話 炎上のアカデミー
熱気の波がマーディの頬を掠めた。それは違和感のある伝わり方だった。一定の温度ではなく、変動する熱は気持ち悪さを高めてマーディに深夜の目覚めを起こさせるのには十分だった。
轟音がマーディのいる部屋の外から鳴り響いた。それは何か硬い者同士がぶつかる音であり、マーディは目が覚めて身を起こしたが、その爆発音が外から聞こえた時、身を縮こませて警戒した。
「マーディ!起きていますか!」
レカ・アーズがノックも無しに入ってくる。礼儀正しいレカがしないであろう行動を見て、ただ事ではない事が起きているとマーディは感じ取る。
「いったい何が起きてる?」
「とりあえず外を見てみろ」
マーディの疑問に、レカの後ろから顔を出したラキリ・グリムが答えた。その言葉に従ってマーディはベッドから起きると窓に向かい外を見た。
「燃えている・・。アカデミーが・・!?」
マーディの目に映る光景は、赤い火だった。赤い火の数々が、あらゆるアカデミーの建物を襲い、その揺らめきで鮮やかに燃えていた。
マーディは上空に浮いている飛行船を見つけると、レカとラキリに言った。
「あの飛行船がアカデミーを襲っているのか?」
「わからない。とにかく、この寮はまだ燃えていないみたいです。マーディ、とにかく外に出ましょう」
レカの言葉にマーディは頷くと、上着だけを取ってレカとラキリと共に3人で寮の外に出た。
マーディ達は上空を見た。巨大な飛行船がアカデミーの上空に鎮座していた。まるで巨大な化け物が空中で獰猛な口を開けて、こちらをいつでも一口にできるような錯覚に陥りそうだった。
「新入生!」
見たことのない男がこちらに駆け寄ってくる。
「新入生は寮に戻ってくれ。この寮には防護の魔法で守護されている。中にいた方が安全だ。他の者には連絡したんだが、お前たちには漏れていたようだな。外には出るな。外はこんな有り様だからな」
男は厳しい口調で言うと、急ぐようにその場を走って去っていった。
「中の方が安全なのか。戻った方がいいってよ」
ラキリはマーディとレカに言う。その表情は少し不安を見せた。
「戻りますか。我々で勝手に動いても、足手まといになってもいけませんから」
レカの言葉にマーディも頷く。
「そうだな。そう・・しよう」
マーディはレカとラキリに返事を返していたが、その二人の間から、ディミルがある建物の中から出る場面を偶然目撃する。
「ディミル!大丈夫か!」
マーディは大きな声を出してディミルに声を掛けた。すると、ディミルは一目マーディを見ると、暫しこちらを見つめた。
「どうしたディミル!この寮なら安全なようだ!こちらに避難しよう!」
マーディは再度ディミルに声を掛けるが、ディミル自身は黙ったままこちらを見つめ続けていた。そして、マーディからゆっくりと視線を離すと、唐突にマーディ達とは別の方向に走り出した。
「ディミル!どこに行くんだ!」
ディミルを追いかけようとするマーディの肩を掴んでラキリが止める。
「待てマーディ」
「なんだラキリ?ディミルは知り合いなんだ」
「そのディミルって奴が出てきた建物。昼に講師から説明された封印殿じゃないか?立ち入りを禁止しているって言ってた。そのディミルって奴はその封印殿に入っていい身分の奴なのか?」
ラキリの言葉に、マーディは顔を横に振る。
「いや・・、ディミルはテラ教会から派遣されているテラの信徒だ。アカデミーの人間じゃない。アカデミーが立ち入りを禁止している場所は基本的に立ち入ることを許されてはいないはず」
「なら・・、まずいんじゃないですか?その封印殿から出てきた彼女は」
レカはディミルが走り去った方向を見ながら言った。
「追いかけた方がいい・・んじゃないか?この状況は」
ラキリの提案に、レカは渋る。
「しかし、この状況で勝手な自己判断で動き回るのは・・」
「いや、レカ。追いかけさせてくれ。ディミルに会って確認したい。じゃないと、きっと後悔する」
マーディの真剣な表情にレカは首を縦に振るしかなかった。
「わかりました。仕方ないですね、貸しですよこれは」
「ありがとう。よし、行こう」
マーディは言うと駆け出し、その後ろをレカとラキリは追いかけた。
***
アカデミーの中心にある巨大な大木、神樹。その巨木に対峙する巨大な飛行船。その飛行船よりも上空から巨大な黒い渦が発生する。その渦からもう一つの飛行船が現れる。そして、その現れた飛行船は神樹に体当たりするが、神樹にぶつかる前に魔法の障壁に阻まれてその飛行船は前側がボロボロに凹んで崩れ去り、幾つもあるアカデミーの建物に落ちていく。
「やはり、神樹は防護が固いか」
ユカ・ローニスが神樹と対峙する飛行船の操縦室で一人、呟く。
「なら・・。神樹ではなく、アカデミーの建物をいくつかつぶす。そうすれば、我々生き残っている黄のガーディアンにも、拍が付く。そうすれば、アカデミーの息がかかりにくい三国外で、また活動を始めやすくなるというもの」
ユカ・ローニスは服の上から血が滲んでいる個所を手で押さえながら、自分に言い聞かせるように言葉を放った。
飛行船に対峙する神樹。その他にも、空中で対峙する者がいた。
「あの飛行船、いったいどこから来たのだ。しかもアカデミー内にやすやすと入ってこれたのもおかしい」
銀の全身鎧である生徒会長が一人、空中で浮いたまま籠った音を奏でた。
「あれはアトミラの町の郊外にあった工場の飛行船だろう」
もう一人の銀の鎧であるベレグラムがアカデミーの建物の一つの屋上に立ち、生徒会長に答えを導いた。
「アトミラの工場・・。ギデーテの忘れ形見か?」
生徒会長は自分よりも黒くくすんでいる銀の鎧のベレグラムに音を放つ。
「ギデーテが生前計画していたアカデミー主導の飛行船運用の物だろう。結局資金面で頓挫していたが。実物が工場の地下にあったようだ」
「その飛行船が、アカデミーの転送門と繋がっていたという事か。でなければ、やすやすとアカデミーの領空内を平然と飛べるわけがない」
「そのようだ。そして、飛行船をアカデミーに転送させている犯人は」
「ベレグラム、お前が追っていた黄のガーディアンの残党か」
「その可能性は高い」
ベレグラムは腕を組みながら答える。
生徒会長は自分の記憶を漁る。確か、アトミラの任務の報告書で見た工場にある飛行船の数。少なくとも5機はあったはず。アカデミーに落ちた飛行船は合わせて2機。最低残り2機はまだ落ちてくる可能性があるか。
「ベレグラム、この目の前にある飛行船を落とすぞ。この飛行船だけが落ちる気配がない。っとなると、中から転送門を開けている張本人がいる可能性がある」
「だが、どうする?無闇に攻撃するとアカデミー内に落ちるぞ」
ベレグラムの指摘に生徒会長が当然のように答えるが、その言葉の音は重く、自信と責任で満ちていた。
「飛行船が落ちる前に動きそのものを止める。ベレグラムはその残骸を湖に吹っ飛ばしてくれればいい」
「簡単に言うじゃないか」
ベレグラムの言葉に、生徒会長は両手に持っていた槍を構えて言った。
「今、戦術員の大半は出払っている。ここで我々がまずい対応をしては、無駄な犠牲を生むことになるし、アカデミーを預けて任務に行っている者達に背を向けて寝れないだろう。安心して帰ってきてほしいのだ、私は」
「ああ、そうだな。それには同意見だ。それに、主犯格であるユカ・ローニスを捕まえきれなかった私の責任もある」
ベレグラムは言いながら、その拳は固く握っていた。
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