第39話 教会と夜空

 夜風が窓から入り込む。冷たさと少しの孤独さと。孤高の強さを醸し出しながら。



 マーディアス・グローは学生寮の部屋の窓を開けて、眠れない夜の煩わしさと僅かな背徳に似た雰囲気を夜の風景に見出していた。っと言っても、ただのアカデミー内の夜なので静まり返っている。そこには歓楽街の賑やかさなどとは程遠かった。



「もう寝ないとな」

 何度目かのセリフをマーディは言いながら、ベッドには戻らずに今日の事を思い出していた。昼過ぎからあった入学式から、夕食のラキリとレカとの談笑。アカデミーでのこれからの生活を、希望として捉えられた。しかし、マーディは理解している。アカデミーに所属するという事は、危険な任務をこなしていかなければいけないという事を。



 少し瞼が重くなってきたのでベッドに戻ろうかと眠りの兆しが表れたころ、マーディは視界に違和感を感じ、その場所を注目した。



「あれは・・、ディミル?」

 ディミル・シューバートがアカデミー内にテラ教会との友好の証として建てられている教会に、こんな真夜中に入っていった所を目撃してしまった。マーディは少し考えると、自分も教会内に行くことにした。好奇心ももちろんあったが、アトミラの町での任務が終わった後、一度も会える機会はなかったのだ。ディミルの反対を押し切って神技の力を代償にしたことは後悔はしてないが、気まずさは残っていた。話せる機会があるなら話をしたかったのだ。



 マーディは靴を履くと薄着のままで窓から外に勢いよく出て、2階から地面に着地した。



 テラ教会の丸いレリーフの刻まれた扉を開け、教会に入った。中は静まり返っていたが、ディミルがロウソクの火を灯して一人、長机に向かって何か書き物をしているのが見えた。



「ディミル、こんばんは」

 マーディは言いながら、ぎこちなく距離を縮めた。



「マーディ・・、久しぶりね。アトミラ以来かしら」

「ああ、そうだな」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「今日、入学式だったのよね。おめでとう、マーディ」

「ありがとう、ディミル」

「・・・・・・・」

「ディミルも、暫らくアカデミーで見ていなかったけど何をしていたんだ?」

「アトミラであんなことがあったでしょ。だからそれ関係の報告の山を片付けていたのよ。今書いてるのもそれに関係しているものよ。もう嫌になっちゃうわ」

「なるほどな。大変だな、ディミルも」

「マーディ、あなただって大変なんじゃないの。・・その、神技を代償にしたから。アトミラで見た神の奇跡はもう使えないのよね」

「ああ、もう使えない。でも、自分のマカイを手に入れた。それは、とても嬉しい。自分の力で覚醒させたんだ。その自信は、今まで無かったものだ。神技では得られなかった。神技が使えてた頃は、どこか、自信がなかったんだ」

「自信がなかった?神技という圧倒的な力を持っていたのに?」

「ああ、無かったよ。ずっと掴みどころがなかったんだ。フワフワした感じだった。捉えどころのない、確信めいたものがない、迷いながら神技という圧倒的な力を振るってたよ。まるで、翼を持っていてどこでも自由に飛べるのに、どこにも行く場所がないみたいな。迷える鳥だった。同じ場所をグルグル回っているみたいだった」

「・・なるほどね。神技使いにも、色々悩みがあったのね」

「もちろんあったさ。力を使うのも正直怖さがいつも纏わりついてた。だけど、その力を使わなければ自分が存在している価値はないんじゃないかと思って、恐怖を押し殺して神技を発動させていた。正直、苦しかった面はある。もちろん、みんなの力になれたことは嬉しかったけどね。それでも、自分の力で戦っているみんなが羨ましかったのはある」

「神技という力を授かった者にしか、わからない苦しみってわけね。正直私は、あなたがその神技を代償にするって決断したときは信じられなかったし、冗談じゃないと思ったわ。神からの奇跡を、祝福を代償にするなんてありえないとね」

「俺からすると、そこまで反対されるものだとは思っていなかった。もちろん色々と意見はあるだろうけど。それでも、人の命には代えられないものだと、誰もが思っていると」

「ここだけの話ね、マーディ。特に、リーゴには言わないでね」

「ああ、言わない」

「私からすると、神技・・いえ、神の奇跡は人の命を凌駕する者よ。だから反対した。でもあなたは、人の命を取った」

「ああ、その決断は、今でも正しいと思っている」

「正直ね、あんな儀式を提案したバザを今でも恨んでいるわ。そして、それを準備していた生徒会長もね」

「なるほどな。まあ、気持ちは想像できる。理解は難しいが」

「そうね。想像はできても、理解は難しいわよね。私もあなたの決断は今でも理解できない」

「そうか」

「でも、それでも。理解しようとはしているわ。あなたの決断を尊重しなければいけないのはわかっているつもりよ」

「ディミル」

「なに、マーディ」

「別に、ディミルを責めてるわけじゃない。誰も悪くはない。ただ、生き方が違うだけなんだと思う。それだけだよ」

「そう。でも、そう簡単に割り切れるものではないわよ」

「まあ、確かに」

「さあ、もう寝たら?マーディ、明日から訓練なんでしょ」

「ああ、そうだな。もう寝るよ。・・ディミル、また明日」

「ええ、また明日ね」

 マーディはディミルに挨拶を交わすと教会を出た。そして、寮の自分の部屋に戻るとベッドの中に入った。今夜はよく眠れる気がした。



 夜風は相変わらず、窓から侵入してくる。



 やがてそれが爆発の衝撃と、燃える熱に変わるのに時間はかからなかった。

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