第37話 死神の誘い

 アカデミーの地下闘技場で、入学試験の実技試験最後の組の戦いが始まろうとしていた。



 ラキリ・グリムは試合場の中心付近に立ち、対戦相手と対峙した。戦う前の自分の使う武具転生は許されているので、ラキリ・グリムは自分の愛用の武器を転生させる。



「荒く、跳ね舞う兎」

 ラキリはマカイを唱えると、武具転生の魔法を発動させる。



「武具転生・・。来い、デスサイズ」

 黒い渦より吐き出すように現れた巨大な鎌であるデスサイズを受け取ると軽々と片手で振り回し、片側の肩にデスサイズの持ち手部分を乗せた。その軽々と操るラキリ・グリムの様子を見て対戦相手の男は一瞬たじろぐ。その一瞬の挙動をラキリは見逃さない。



「ビビっているのか?雑魚め」

 ラキリ・グリムは挑発すると、対戦相手の男は激高するように言い返す。



「なんだと貴様!ちょっと今までの試験で好成績だったからと言って調子に乗ってるんじゃないぞ!その大層な鎌で、俺のスピードについてこれるかな?」

 男は最後には得意気にカウンターを入れるように、挑発を返していた。しかし、ラキリの表情はその言葉を受けても上着で隠れている口元は差し置いても、目や眉毛は一切動くことなく、変化は見られなかった。



「もういいか?では最後の実技試験。はじめろ!」

 間に挟まれているカーリス・メティが甲高く叫ぶと、ラキリ・グリムが対戦相手の男目掛けて大きく跳躍し、その手に持つデスサイズを振り上げる。



「遅い遅い!止まって見えるぞ!」

 対戦相手の男は威勢よく言うとその場を素早く移動し、男が裂けた場所にラキリの持つデスサイズの刃が刺さる。



「むっ・・」

 ラキリ・グリムは床に深く刺さったデスサイズを抜くのに苦戦していると、対戦相手の男の持つナイフによる脅威に襲われる。



「ギャハハハ!さっきまでの威勢はどうした!」

 男のナイフを避けようとラキリは上体をずらしたり刺さっている鎌を利用して体を上下さかさまに、空中に身を預ける。そして地に再び足を付けるとその勢いで鎌を抜き、対戦相手に切りかかる。



「無駄だよ!」

 男は素早くその場を去り、ラキリの斬撃は虚空を舞う。



「ちょこまかと、バッタかよ。みっともねえ立ち回りだ」

「負け惜しみか?みっともなくても、勝ちゃいいのよ」

「勝つ姿勢だけは褒めてやる。しかし、その後に語り継がれる英雄には、品性が必要だとは思わないか?」

 ラキリは喋りながら、魔法を使用するかどうか迷っていた。このままでは戦いが長引いて苦戦しているように試験官には見えないだろうかと考える。やはりさっさと戦いを終わらせるために魔法を使おうか判断しようとする直前に対戦相手の言葉でその思考が覆る。



「思うわけないだろ雑魚が!戦いに英雄なんていねーんだよ!いるのは殺戮者だけだ!」

 対戦相手の言葉に、ラキリはこの雑魚に自分の技を使うのは自分の品性が下がると判断した。



「さあどうするよ!」

 対戦相手の男は少しでもこの優秀な成績を収めている相手に対して時間を稼ぎ、自分の実力をアピールしようとしていた。その思惑を知ってか知らずか、ラキリ・グリムはもう一度距離を縮めようと男に向かって跳躍する。



「何度やっても無駄なんだよ!」

 男はその場を素早く移動し、巨大な鎌の斬撃を避けるはずだった。



「追いついたぞ」

 ラキリ・グリムはデスサイズの攻撃を振るわずに、男が避けたその地に着くと素早くもう一度その男の方向に向けて床を蹴った。そして、すぐ目の前の距離に対戦相手の男を捉える。



「くそ!」

 男はすぐさまラキリから距離を離そうと素早く動き続けるが、その動きにラキリ・グリムが完璧に追従する。必死に逃れようとしてもすぐに目の前に現れるラキリに、男はだんだんと表情を絶望に変える。そして、やがて動かなくなった対戦相手の男に、ラキリは話し掛ける。



「どうした、もう逃げないのか。では攻撃するぞ?」

 戦意を失った震える男に、ラキリ・グリムは容赦なくその手に持っている鎌、デスサイズを振るった。



「雑魚が、粋がるんじゃねえ」

 ラキリは倒れた男に言葉と侮蔑の視線で見下ろした。



「勝負あった!ラキリ・グリムの勝利だ!」

 カーリスがラキリの方に手を掲げ、勝利を宣言した。



「審判、待ってくれ」

 ラキリ・グリムはカーリスに言葉を掛ける。



「何だよ、もっと盛大に祝ってほしいのか?キャーやったーとか黄色い声援が欲しいのか」

 カーリスの話す内容に首を傾げると、ラキリは提案を出した。



「こんな雑魚ではなく、元神技使いと戦わせてくれ」

「神技使い?マーディアス・グローの事か?」

 カーリスの出した名前に反応するように、ラキリの目元は険しくなる。



「そう・・マーディアス。そいつだ」

「だとよ。監督さん?どうする!」

 壁に背もたれしてずっと試験の様子を伺っていた試験監督であるメルフ・タイナーにカーリスは大声で聞く。



「マーディアス!お前はどうだ?やれるか!」

 メルフの問いに、客席で戦いを観戦していたマーディはその問い掛けに一言で答える。



「戦う!」

 マーディの答えに満足するように、メルフはカーリスに向けて頷いて見せた。



「こういう展開、嫌いじゃないぜ。ラキリ・グリム、お前は提案した側だ。もちろんすぐ試合できるよな?」

「もちろんだ。英雄はいついかなる時も、対処しなければならない」

 ラキリ・グリムの物言いに、カーリスはハテナを頭上に乗せるがすぐに気を取り直すとマーディを呼んでラキリと試合場で対峙させる。もちろん先ほど戦った対戦相手は保健室へと運ばれていった。



「俺を指名したのはなぜだ?ラキリ・グリム」

 マーディは剣を抜きながら、ラキリに問いかける。



「俺にとっては大事な事だからだ、元神技使い。お前は神の奇跡を捨てた。未来を約束されていた英雄の道を、自らの意思で捨てたそうだな」

 ラキリ・グリムはデスサイズをドシリと肩に乗せながら言った。



「その通りだ。自分の意思で神技を捨てた」

「愚かだ、元神技使い。英雄としての栄光をすてるなど」

「呼びにくいだろ、ラキリ。マーディでいい」

 マーディの提案に、ラキリは素直に従う。



「わかった・・、マーディ。その神技を失ったお前を、代わりに英雄となるこの俺が、無くした力に終止符を打ってやろう。そして俺に負けた暁にはアカデミーを去れ。英雄を捨てるものには、最強たるアカデミーには相応しくない」

「それを判断するのはラキリ、お前じゃない」

 マーディの返答に苦笑すると、ラキリは肩に掛けていたデスサイズを持ち直す。



「確かに・・。では、この戦いで判断してもらうとしよう。しかし、すぐに終わらせるがな」



「話はもういいか?なげーんだよ二人とも。ではラキリVSマーディアス!始めろ!」

 カーリスは二人の会話を強引に割って入ると、試合を開始させた。



「星図を思い出せ」

 マーディはマカイを唱え、魔法発動状態にさせる。



「武具転生、ドクロマスク」

 ラキリ・グリムは武具転生を発動させ、骸骨の形をしたマスクを手の平に呼び寄せる。そして、顔半分を隠していた服をひっぱり、切り傷の跡がある口元を露わにさせる。その顔にドクロマスクを装着させ、一瞬苦しむように身を屈めるがすぐに体勢を立て直し、その骸骨の顔を見せながら禍々しい鎌を構えた。その姿はまるで物語に出てくる死神そのものだとマーディアスは思った。



「青く、火花よ」

 マーディは死神姿のラキリに向けて青い火花の炎を繰り出す。そのマーディの行動に、すかさずラキリは反応する。



「デスバインド」

 ラキリはデスサイズを床に突き刺すと、魔法を放つ。突き刺した刃の先から黒い影がマーディの放った炎に這い寄り接触すると、その影は炎に纏わりついて爆発する。



「直接魔法を妨害した!?」

 マーディは意外な結果に戦い方を変える。ラキリから回り込むように走ると、違う側面からもう一度青い火花の魔法を放つ。



「無駄だ!デスバインド」

 ラキリは再度デスバインドを放ち、向かってくる炎を途中で爆発させる。



「行くぞ!」

 マーディはその行動を読み、爆発した煙の中を掻い潜ってラキリとの距離を一気に縮める。



「俺の魔法は二度跳ねる」

 ラキリは言うと、鎌から影が伸びてマーディの体に纏わりつく。



「くそ!最初の魔法の時はワザと1度だけ放ったのか」

「そうだ、元映雄よ。我が鎌で、その奇跡のしがらみごと、刈り取ってやろう!」

 ラキリは高らかに言うと、鎌をマーディに振るった。



 そして、マーディは気を失いその場に倒れた。



「マーディアス・グローの戦闘不可能により、ラキリ・グリムの勝利だ!」

 カーリスはラキリに片手を掲げ、言い放った。



「マーディ、負けちまったか」

 見守るリーゴに、アティアは言う。



「魔法覚醒が昨日だぞ?よくやったよマーディは」

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