第36話 月の使者
アカデミーの地下闘技場で、3つ目の試練である実技試験が2組目まで終わった。その2つの戦いの様子をマーディはみていたが、どこか物足りない感覚を感じていた。なにか、足りないのだ。もちろん戦い方は自分よりも上手で、体術や剣術、ましてや魔法の操り方は卓越していた。しかし、技術は高いものの、いざ戦っているところを見ても、何か自分の中でピンっとこないのだ。これは自分の感覚が言語化できていないだけではなく、なにかずれているのかと思い始めたころ、自分とレカ・アーズの名前が呼ばれたので、マーディは試合場に客室から降りて行った。
対峙する2人の間をカーリスが立ち、説明を始める。この内容を聞くのは3度目だが、一応もう3回目の言葉をマーディは聞いた。
「戦う前に、説明しておくぞ。ここ、魔法アカデミーは神樹の加護による祝福を付与されている。もちろんアカデミーに所属している人間限定だが、今回試験者にも特別に祝福を受けてもらっている。なので、死ぬ気で戦え。致命傷を受けても神樹の力で護られるから死にはしない。攻撃する方も、される方も思いっきりできるってわけだ。これまでの試合、不甲斐ない内容で退屈なんでな。今回は面白くしてくれよ。では、2人とも、試合を・・始め!」
カーリスの合図により、マーディは支給された剣を鞘から抜く。対峙するレカ・アーズは懐からリング状の金属を取り出し、臨戦態勢をとった。
マーディアスはレカ・アーズを警戒しながらカーリスの言った言葉を思い出す。つまり、アカデミーの中央に生えているバカでかい巨木の神樹の力で、致命傷を負ってもそれ以上はダメージを追わないという事なのだ。アトミラにいた時に、酒場で飲んでいた人間から言われたのだ。アカデミーに所属する人間は他の傭兵稼業をやっている奴らよりも、優秀過ぎると。戦いにおいて優れた能力を持っていることで有名とも言っていた。その噂されるに至ったアカデミー最強の
「少し世間話をしてもいいかな?」
レカ・アーズが唐突に話しかけてきたので、マーディは出鼻をくじかれるように剣を落としそうになるのを何とか柄を握り直して防いだ。
「何だ?言ってみろ」
「まず、自己紹介を。私の名はレカ・アーズと言う。で・・君は、マーディアス・グロー・・、ですよね」
「ああ、そうだが。お前に名乗った覚えはないぞ」
「あなたは有名なんです。アカデミーの外でもね。神技使いさん」
レカ・アーズの言葉に、マーディは修正する。
「元が抜けているぞ」
「そうですか。神技使いがその使い手ではなくなったという噂、本当のようですね」
レカ・アーズは考え込むようにリングを持っていない手で顎に添えると、その動作の後に口を開く。
「もしかしてあなたはバカですか?そんな大事な情報を、これから戦う私に与えるなんて」
レカ・アーズの挑発ともとれる言葉に、マーディは素直に返事する。
「確かにそうだな、お前の言うとおりだ。言わなきゃよかったな。次があれば、もっとうまく立ち回るよ」
マーディの言っている内容に、思わずレカ・アーズは笑い出す。
「面白い方だ。戦い会う出会いでいなければ、友人に慣れていたかもしれませんね」
「確かに。お前とは初めて会うが、そう言われると、不思議となっていたかもなって、思うかもな」
「ええ、私たちは思ったより気が合うようです。では、駄弁っていては試験官に怒られそうなので、そろそろ始めましょうか」
「そうだな、カーリスが不機嫌そうだ」
二人は話し終えると同時に、マカイを紡ぎ出す。
「星図を思い出せ!」
「曲線の思考、穿つ力を」
「青く、火花よ!」
マーディは言うと、空の如き青色の火花をまき散らす炎をレカ・アーズに向かって放つ。レカは即座にその場から離れて炎の脅威から逃れると、すぐにマーディが手に持っている剣で追撃してくる。
「なかなか、ゾクゾクしますね」
手に持っていたリングを飛ばして剣の刃を受けながら、レカは言う。
「やはり、強いな」
マーディは言うと、剣に力を入れてリングごとレカ・アーズに切りかかる。リングは明後日の方向に飛んでいき、その刃は空を切る。レカ自身はその身を避けに徹する。
「青く、火花よ」
マーディはもう一度青い炎をレカに向かって撃った。
「円月、
レカは呟くと、飛ばされた物とは違うリングを前方に飛ばし、青き炎と衝突する。
青い火花がパチパチと花火のように飛び散る。まるで芸術のように美的な面影を見せ、儚く舞い、消えゆく花弁の如き現象の先で、マーディとレカの視線は交差する。
「白熱してるねえ」
ずっと入学試験の様子を伺っていたリーゴの隣に、いつの間にかアティアが立っており能天気に呟く。
「アティアか、まあな。しかし、マーディは勝てるのか?あのリング使いに」
レカ・アーズの事をリング使いと呼んだリーゴの呼び名のセンスに、そのまんまだなと僅かに頭痛を起こしながら、アティアは返事を返す。
「どうだろうな。相手は優秀な魔法の使い手で有名な名家、アーズの者だ。一筋縄ではいかないだろうな」
「アーズ家か。俺も聞いたことがある。確かその家の何人かはアカデミーでも所属していたんじゃないか」
「ああ、よく知っているなリーゴ。今でもアカデミーに現役でやってる人間は確かいたはずだ。しかし、アーズ家か。不吉な噂を聞いたことが確かあったな」
「不吉?」
リーゴは妙な言葉にアティアの方を見る。アティアは二人の戦う様子を見ながら話を続けた。
「アーズ家が代々その技を磨いているリングについてのな。ただの噂ならいいんだが」
「なんだよ。その不吉な噂って」
「呪われてるんだとよ。アーズ家の使う魔法の技が」
「呪われてる?」
「神域はわかるな」
「まあな。神であるテラがいる所だろ。その場所には生きてる人間には行くすべはなく、死んで魂となった存在だけがたどり着くと言われる場所」
「その通りだ。だが、その神域と呼ばれる神聖な場所でも、地獄と呼ばれる呪われた場所があるんだとよ。その場所は曰く、死んで神域へと辿り着いた時、その魂が穢れていると地獄へと送られる。そしてその場所で、その魂は腐っていくんだとよ」
「勉強にはなるが、何で今その話をした?」
「その地獄のエネルギーを扱える技を、アーズ家は会得している。しかし、その地獄の技を見た者は恐怖とある種の軽蔑の念を覚えたという」
アティアの言う内容に引っかかる部分があり、リーゴはその疑問を口にする。
「恐怖はまだわかるが、軽蔑ってどういうことだ」
「詳しいことはわからん。ただの噂だよ。その噂の真相が、今見れるのかどうか」
アティアとリーゴは会話を終わらせると、また2人の戦いを見届けるのに戻った。
「青く、火花よ!」
マーディアスは何度目かの青く輝く火花を纏いし炎を、2つのリングを纏いしレカ・アーズに向けて撃つ。
「円月、
右側の手の先に浮遊するリングで蒼き炎を吸収すると、もう一方の手の先にあるリングを、レカ・アーズはすかさずマーディに向ける。
「円月、
レカがマーディに向けるリングの中心から、青く染まった魔法エネルギーが放たれる。そのエネルギー弾が放たれた直前に、マーディはレカに向かって駆け出す。
「なに!?」
レカが驚きの声を漏らすと同時に青く染まったエネルギー弾がマーディに接触して爆発する。そしてすぐに煙の中からマーディは抜け出すとレカに手に持っていた剣で切って通り過ぎる。
マーディは大きく剣を横に払うと、立っていたレカは膝をガクンと地につけた。
「勝負あった!マーディアス・グローの勝利だ!」
カーリスがマーディの方に片手を向けて大きく宣言する。
「おい、レカ・アーズ」
マーディは地に伏せているレカ・アーズの元に歩み寄ると言った。
「お前、十分に戦ったか?」
マーディの言葉に、レカはひょうひょうと話す。
「マーディアス、強かったよ、君は」
「俺はお前が、本気を出したか聞いている。本当に、力の限り戦ったのか?」
マーディの真っ直ぐ見据える視線と言葉に、レカは思わず交わった視線を逃げるように外すと、口を開いた。
「私なりに、戦いましたよ」
「そうか・・、わかった」
不服そうな表情でマーディはレカに言葉を返すと、その場を去った。
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