第34話 遥か彼方に願いを

  アカデミー入学試験まで後1日となった日に、朝から修練広場でマーディアス・グローはマカイのワードを創造しようと幾つもの言葉を放っては思考の繰り返しを続けていた。



「翼に舞う虹達!」

 太陽の居場所が真上から傾きかけていた時、マーディは言葉を放つと何も起きない状態に嫌気がさし、思わずクソッ!っと悪態を吐く。そして、広場の隅にあるベンチに腰かけた。



「もう1日もないのに、どうすりゃいいんだ」

 不貞腐れるようにマーディはぼやく。アカデミー入学試験に合格することを条件に出された日から何百、何千と自分にチナんだ言葉を言い放っていたが、マカイが成立することはなかった。神技使いと持て囃されていながらこの体たらく。自身の才能のなさに笑うしかないと自虐が入るほどだ。



「マカイとは・・衝動、自分を認める・・。今まで歩んできた人生」

 今まで教えてもらったヒントになりえそうな言葉をマーディは呟く。しかし、その言葉を口にしてもこれと言ったモノは思いつかなかった。そう、自分には築き上げた歴史や記憶が他の者たちよりも圧倒的に少ないのだ。転生者にとって、否、自分にとっては転生前の記憶がないのだ。そして、誕生の奇跡という力が転生直後には自分に現れていたらしい。つまり、新しい命としてもこの世界に生まれ落ちたとしたら、思い出がないのだ。それを、自分の体現たるマカイを創造するなど、自分にとってはおこがましい事だったのだろうか。何の歴史もない自分に、マカイを創造する言葉などできないのだろうか。誰かが言っていたが、マカイのワードを成立させるのに10年20年の年月を必要とした人間もいたと聞く。それを転生したばかりの自分が、生まれたばかりの自分が成立させることなど、無謀な事だったのだろうか。



マーディアスはベンチに寝転び、体を縮こませた。このまま瞳を閉じて微睡みに沈ませれば、どんなに楽だろう。どんなに気持ちがいいだろう。このまま、諦めてしまおうかと頭に過ぎろうとした時、知った声の持ち主が焦った音色を乗せてマーディに声をかけてきた。



「マーディ!助けて!」

 青ざめた表情のロミ・クライセスがマーディを見つけるとこちらに駆け寄ってくる。



「どうしたんだ、ロミ?」

 寝転んでいた体を起こすと、マーディは不貞腐れていたところを見られたと思い、少し恥ずかしかった。



「大変なんだよ!リーゴが、同級生に難癖付けられて決闘を申し込まれたんだ!最近のリーゴは何か元気がないし・・、任務でも危険な目に合ったのに、また怪我したら」

 最後は泣き出すロミに、マーディは腐っていた意識を一旦横に置いて表情をシャキッとさせる。



「決闘!?いったい誰が?」

「マデレフとシュトレンゼって言う二人組。いつも嫌味ばっかり言うヤな奴らだよ。どうしようマーディ」

 必死な瞳のロミに、マーディは苦い顔をする。



「そうは言っても・・、今の俺には神技がないんだ。とてもじゃないが、力になれそうにない」

「神技がないから?そっか・・そうだね。今のマーディはマカイを習得するのに頑張ってるもんね。ごめんね、無理言って」

「何を言ってる・・謝らないでくれ。不甲斐ない自分が悪い。それより、他に頼めそうな人間はいないのか?」

 マーディは周りを見渡しながら言った。



「それが明日入学試験があるからその準備にみんな出払ってるみたいで。うん・・もうリーゴが心配だし。一旦リーゴの所に戻るね。無理言ってごめんねマーディ」

 ロミは言うと、走り出した。その後ろ姿に一瞬躊躇するが、自分の衝動の歯止めを振り払うように、ロミに声をかけてその後を追いかける。



「ロミ!やっぱり俺も一緒に行こう。役には立たないかもしれないが」

「ありがとう!マーディ!」



 小さな後ろ姿を追いかけながら、マーディは思う。神技のない俺を頼ってきて、よっぽど切羽詰まっていたんだろう。それに、リーゴにまた絡んできた二人。マデレフ・アクリに、シュトレンゼ・ハーケインだったか。自分を庇った腹いせにリーゴに難癖をつけたのか?自分のせいでリーゴがまた・・。闘技場の時もそうだ。自分が隙を見せたせいで、リーゴが庇ってくれた。・・本当に笑える。俺自身、後悔していたのだ。神技を手放したことを。神技使いと持て囃されていたころを思い出していたのか?情けなさすぎる。結局、自分の驕りだ。マカイのワードを創造できないのは、その驕りの部分もあるのではないのか。神の奇跡に頼らなければ生きていけないのなら、それは自分で生きて立っているとは言えないのではないのか。神技を捧げた日。あの、再誕の儀で。巨大な大木のその先。あの夜空に、巨大な手が現れたあの広がる宇宙。あれはまるで、そう。自分が転生される前に見た、あの景色に似た!



 ロミの跡を追いかけていたマーディは、いつのまにか地下にある小闘技場に到着していた。



「リーゴ!」

 ロミは叫ぶ。その放った言葉の先をマーディは見ると、片足を地に付けているリーゴと、不敵に笑っている二人、マデレフとシュトレンゼが闘技場の試合場で対峙していた。



「おやおや、ロミ!どこに行ったのかと思いきや、そんな役立たずの転生者を連れてきてどうするおつもりで?失った神技でどうにかするのですか?」

 煽る様にマデレフは言い放つ。



「黙れ、マデレフ。それにマーディ!てめえは帰れ!お前には関係のない事だ」



 マーディは闘技場での出来事を視界に捉えていたが、脳内の思考は宇宙にあった。



「マーディ、どうしたの?」

 ロミは様子のおかしいマーディに首を傾げた。



 小闘技場の客席の手すりに手を付けたまま、マーディは焦点の合っていない眼で、ここではない景色を思い出していた。



 知らない人間の人型の光。そして割れた球体の殻。知らない場所。知らない空間に漂う尋常ならざる力の所在。しかし、特にマーディ自身、強烈に覚えているのは、その真っ青な空に広がる星々の群れ。神々たるその気高き球体が、その天空たる広がる青の一帯に存在していた。数多ある星々の中で、一際際立つ神々の星達。それはまるで、海に漂う船団のようで。一つの線で描かれた物体のような、幻想的で、神話的な情景。そのすべての情報が、マーディアス・グローの体中に駆け巡る。



 そして、マカイたる一つの言葉を紡ぎ出す。



「星図を思い出せ!」

 マーディは言うと、その体から図形に模られたような光が眩く一瞬漂う。



「マーディ・・、マカイを創造したの?」

 ロミは驚くように言った。そのロミに笑みを返すと、マーディは手すりを乗り越えてリーゴ達の方へ歩み寄る。



「リーゴ、お前は引け」

 マーディは言いながら、リーゴを背にしてマデレフ達に対峙する。



「何を言ってやがる!お前には関係ないだろ!」

 リーゴは言うが、マーディは冷静な言葉で返す。

「マデレフ。これはもともと、お前が俺に喧嘩を売ってきたのが発端だろ?なら、リーゴは関係ないだろ」

 マーディの言葉に、マデレフは一瞬考えこむように顎に手を付けるが、すぐに口を開く。



「それは、確かに。最初の原因は君だね。マーディ」



「だろ?だったら、この喧嘩は俺が買うべきだ」

「でも、お前はまだマカイを・・いや、この魔力の発露。マーディ、お前、マカイを習得したのか?」

 驚くリーゴに、マーディは頷く。



「まあ、そういう事だ。魔法の初陣くらい、かっこよくやらせてくれ!」

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