第33話 深海の空

 アカデミー入学試験まで後5日となった日の朝、マーディは重たい瞼を開けると窓に腰かけていた体を起こした。窓の前に立ち上がった体を両手を上げて伸びをすると、朝の鳥たちのさえずりが聞こえてきた。



 野生の鳴き声の音楽たちに普段なら耳を傾けるのだが、今のマーディには心の余裕がなく、その音色を聞いても不安や不穏が消えることはなく、ただ見えないゴールを彷徨う気分だった。



 近くのテーブルに置いてあった生徒会長が差し入れとして届けてくれた果物のパイを手に取ると、口に運んだ。甘酸っぱい香りと、サクッとした食感が口の中に広がり、とても美味しかった。今はこの甘さが、とても体に染みた。



「後5日・・、何としてでもマカイを使えるようにしなければ・・」

 マーディアスは独り言を呟くと、部屋を出た。



 修練広場に向かうため渡り廊下を通っているとき、どこからか声が聞こえてマーディは立ち止まった。



「悪いな、転生者。ここだ」

 渡り廊下の屋根から降りると、2人の男女が近づいてくる。



「屋根にいたのか。よく下で通っていた俺が分かったな」

「君の欲しがっている魔法の効果だよ。私の魔法は特定の視界をキャッチすることができる。今なら廊下に自分の視界を置いていたのだ。だから君の姿が確認できたのさ」

「なるほどな。ご丁寧にどうも。それで、何の用だ」

 マーディは少し余裕のない感じで口を開く。



「そう焦るな、転生者。まずは自己紹介をしよう。私の名前はマデレフ・アクリ。隣の無口な彼女はシュトレンゼ・ハーケインと言う」

 マデレフは自己紹介すると、隣にいたシュトレンゼも軽く会釈をした。



「俺はマーディアス・グローだ」

 マーディは溜め息を吐くと名乗る。マデレフはそのマーディの態度に気にも留めずに両手の二つの人差し指をマーディに指すと、ニヤっとしながら話を始める。



「よく知っているとも、転生者。いや、マーディアス・グロー殿」

 マデレフは言うと、隣にいたシュトレンゼも行動を模倣するように二つの人差し指をマーディに指した。



「よく知っている?」

「そうとも。君はよく修練広場でマカイの演習をしているだろう。いや失礼した。まだマカイは習得していないようだったかな」

 マデレフの嫌味に、マーディは聞き流すように軽く返事をした。



「その通りだ。まだマカイの習得には至っていない」

「そのようだね・・。良ければだが、私自ら君にマカイのコツをお教えしようか?良ければだが」

「本当か?コツなんてあるのか」

「あるともさ。君ならではなね」

 マデレフはマーディの食いつきに満足するように両手の指を指すと、その片方の指を上方に向け、重要な事のように振舞うと言った。



「君が神技を使えばいい。そうすれば、マカイなんてはなから必要ないというもの。これがコツさ。君のっての。最大効率のね」

 マデレフの自信たっぷりの言いぶりに、マーディは困惑しながら返答する。



「何を言っている?アカデミーでも既に出回っているはずだ。神技使いは神技が使えなくなったという話を。マデレフと言ったか。君も知らないわけではないだろ」

「もちろん知っているさ。だから、その失われた神技を、もう一度君の手に蘇らせてはどうかねと提案をしているのだよ。良いアイデアだとは思わんかね」

 マデレフの言葉に賛同するように、シュトレンゼもうんうんと繰り返し頷いて見せた。



「自分が使えていた神技は代償として支払ったものだ。返ってくることはない。あれは、自分の力で習得したものではない。たぶん、神から授かったものだ。もう一度授かる方法はないだろう。それよりも今は、目の前の課題であるマカイ習得を頑張ることが大事だと俺は思う」

 マーディの言葉に、マデレフは渋い表情を浮かべる。



「マーディ、君はまじめだな。だが間に合うのかね。マカイ習得は1日や2日、それこそ2週間そこらで習得できるほど甘いものではないと思うがね」

「それでも、俺は諦めない。ただそれだけだ」

 マーディは真剣な顔で言った。その迫力に一瞬マデレフはたじろぐが、思い出したように薄ら笑いを浮かべる。



「威勢だけは言いようだが、それこそ結果が伴ってこそだ。入学試験で魔法を使えない者は試験資格なしと見なされる。そこで君はアウトだ。そんな結果になったら忍びないよ私は」

「心配してくれるのはありがたいが、そうならないように今、頑張っているところだ。引き留めた理由がこれだけなら、もう行っていいか」

「まあ待ちたまえ。一ついい提案がある、マーディ。私の靴磨き専門にならないか。丁度靴の汚れが気になっていたところなのだ。今更マカイ習得などはっきり言って無理だ。無駄な足掻きは止めて、分不相応なところに治まりたまえよ」

 マデレフは嫌な笑みを浮かべながら口を滑らかに動かす。それに呼応するようにシュトレンゼも不敵な笑みを浮かべた。



 マーディはいい加減にしてくれと表情を隠さずに険しくなっていき、もう無視して行こうかと思った時、後方から声がかかる。



「おい、もうそれくらいにしてやれ」

 マーディは後ろを振り返ると、リーゴ・トミナが睨みを利かせながら3人の元に歩いてきた。



「なんだリーゴ、邪魔をするな。丁度面白くなってきたところなのに」

 眉を変形させながらマデレフはリーゴに不機嫌に言うが、気にも留めずにリーゴはマーディに言葉を発する。



「マーディ、こいつは同級生で、同じ神樹隊所属なんだ。気分を悪くさせたな、もう行け。お前にはやらなきゃいけないことがあるはずだぞ。こんな所で道草食っていいのかよ」

「恩に着る。リーゴ」

 マーディは言うと渡り廊下を通り過ぎて行った。



「リーゴ・・お前、調子に乗るなよ。任務の足手まといになった挙句、あまつさえ、神技使いの神技を犠牲にさせてしまった張本人様が。自分のしでかしたこと、ちゃんと理解しているのかな?全人類の希望であり、宝でもある神の奇跡の生ける伝説を、お前がおじゃんにしたんだ。その事実を、ちゃんと噛みしめているのか!」

 マデレフは最後に語尾を強めると、シュトレンゼと共に渡り廊下を去った。



 そして、一人になったリーゴは渡り廊下の柱に弱弱しくもたれかかってか細く呟いた。



「そんなことはわかっている・・。生きている、この命を生かせてもらってるこの俺が、痛いほどわかっているさ・・」

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