第32話 微睡みに沈む

 アカデミー入学試験まで後11日となった日の午後。マーディは修練広場で一人、マカイの修行に明け暮れていた。しかし、修行と言っても自問自答を続け、連想された言葉を口にするという作業を3日間続けていたが、いまだマカイ習得には至っていなかった。



「転生者の閃き」

 マーディは言ったが何も起こることはなく、苛立つように髪の毛を掻いた。数分、或いは数十分考え込んだ末、何か思いついた言葉を放っていくこの一連を繰り返していた。時間はどんどん残酷にも過ぎていくのだ。最初の1日目は焦りもそこまで無かったが、3日目ともなるとさすがに焦りが表情や仕草にも表れてきていた。



 「闘技場の悲劇!」

 思わず力んで叫んだがマカイが成立することはなく、マーディは大きく溜め息を吐くと砂地に倒れこんだ。



 マーディは倒れたまま、青空に浮かぶ雲の流れをただ見つめた。呑気に漂う雲たちが羨ましいと突拍子もない事を思ってしまう。その漂う雲たちと共に、空を優雅に飛ぶ鳥となって風に一緒に乗れたら楽しいだろうなと分かり易い現実逃避が頭の中で行われた。



 マーディは立ち上がると、修練広場の砂地内を走り始めた。頭が自問自答から逃れようと現実逃避を始め出したら走り始める。すると、頭も心も多少はスッキリしたのだ。なので、モヤモヤが始まったらマラソンを始めていた。


 30分以上走っている頃に、自問自答のストレスの解消のためにやっているのに走るのが目的になりだしてきたのに気づき、マーディは動かしている足を止めた。



 膝に両手を付いて息を整えているマーディに、いつの間にかすぐ近くまで近づいてくる二人がいた。声を掛けられてその2人の存在にマーディは気づいた。



「カーリス!それにトウマも!」

 久しぶりに見る顔ぶれに思わず笑顔でマーディは言った。



「久しぶりに見かけたと思ったら馬鹿みたいに走りこんでるじゃないかマーディ」

 カーリス・メティはくせっ毛のある赤色の長髪を風に揺らせながら言った。



「よう、マーディ。事情は聴いているぞ」

 トウマ・グレンはカーリスの隣で軽く片手を上げて言った。



「二人とも久しぶりじゃないか。元気にしてたのか」

 荒い息を整えながら、マーディは言った。



「何言ってやがる。元気に決まってんだろ。それより、アカデミーの入学試験を受けるんだろ」

「わざわざ神技を捨てるのは正直共感はできない。仲間のためとはいえ、よく代償にできたものだな。それも、忘れられた儀式で。失敗もありえただろう」

 トウマの避難にもとれる言葉に、カーリスは思わずトウマの体を手で押して抗議を示した。



「おいトウマ。賞賛こそあれど、非難を受けるいわれをマーディは持ち合わせちゃいねえぞ。仲間のために戦う。これは、アカデミーにおいても基本中の基本の考え方だ。その思想にマーディは合ってる。賞賛するべきだ」

 カーリスの諭す言葉に、トウマも観念する。



「まあ、賞賛される行動ではある。ただ、神技がもったいないとおもっただけだ。マーディ、悪かった。忘れてくれ」

「いや、謝る必要はないよ。俺はただ、自分自身の衝動に従っただけに過ぎない」

「衝動ね、私の好きな言葉だ」

「他の言葉が当てはまらないだけともいうがな」

 カーリスはもう一度抗議の示しを下そうとしたが、トウマは華麗に避ける。



 マーディは二人の変わらない光景に思わず嬉しくなると、自分の今の立場を思い出し、少し表情を曇らせながら口を開いた。

「二人とも、申し訳ないんだが。少し聞きたいことがあるんだ」

「なんだよ。遠慮なく言ってみろ。ちなみに、一緒に走ろうってのはなしだからな。そんな青春ごっこは趣味じゃねえ」

「右に同じく。憧れはしても、実際に行動に移すとなると、話は違ってくる」

 二人の言葉に、ブンブンと勢いよく首を横に振るマーディアス。



「違う違う。それに、青春なんて、そんな美しい理由で走っていたわけじゃないよ」

「じゃあ、なんだよ。言ってみろ」

「マカイだよ。俺にはまだ魔法が使えないんだ。ずっと神技に頼っていたからな。だから、2人はどうやってマカイを習得できたのか教えてくれないか」

 マーディの言葉に、カーリスとトウマはお互いの顔を見合わせる。



「教えろっつったってなあ。マカイはそれぞれ人によって多種多様な習得事情だと思うしなあ」

 首を傾けながらカーリスは言うと、トウマが助け舟を出す。

「まあそう言うなカーリス。マカイか。まずは実際に見せてみようか」

 トウマは言うと、一瞬黙って精神を統一させて口を開いた。



「暗い氷の洞窟」

 トウマはマカイを使用し、自らの魔法を発動状態にさせた。



「マカイ。僕の場合は、自分の弱い部分を見つめ直し、そのありのままの自分を認めて、自然と言葉を口にしたら、今のマカイの文言となった」

 トウマが実践と説明をして見せると、その行為にカーリスも乗っかる。



「次は私も見せよう」

 カーリスは言うと、一瞬瞳を閉じ、目つきを鋭くさせて口を開いた。



「全てを断ち切る希望を!」

 カーリスは叫び、そしてマーディに向けて言った。



「私の場合は怒りだ。まあ色々あるが・・、要するに、自分の正義を貫いた末に、マカイを自然と口にしてたって感じだな。そんなに難しく考え込んでもダメだ。本能に、それこそてめえの衝動に身を任せろ」



 2人の熱のこもった言葉に、マーディは感謝を伝える。

「2人ともありがとう。自分を信じて、その衝動に身を委ねてみるよ」

「マーディ、頑張れよ」

「アトミラの困難な任務を乗り越えた君なら、マカイの習得も乗り越えられるさ」

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