第31話 マカイ

 学長に呼び出された日から一日が経ち、マーディは学長室で学長と話が終わり、丁度学長室から出たところだった。



 学長室前の廊下で、全身鎧が突っ立っていたのでマーディは声を掛けた。

「ベレグラムさんではなく、生徒会長ですよね」

「見間違える可能性は低いと思うが?死の根の長とは全然似ても似つかないだろう。奴の鎧は黒くくすんでいる。私の鎧は美しい。一目瞭然だ」

「確かにそうなんだけど、旅を共にしてきたから。つい言ってしまったんだ」

「そうか、まあいいだろう。では、結果を聞く前に、場所を変えようか」

 生徒会長は言うと片方の背中に付いているマントを靡かせ、勝手にどんどん歩いていくので、マーディは見失わないよう追いかけるのに集中した。



 そして、学長室のある事務棟を出てすぐ目の前にある砂地になっている修練広場に二人はつくと、生徒会長は兜を音で響かせた。

「で、君はアカデミーに所属できるのか?」

「その事なんだけど、アカデミーに所属するために条件が付いた」

「条件・・とは?」

「今から2週間後にあるアカデミー入学テストに合格出来たら所属していいらしい」

「なるほどな。反対している者たちとの妥協点を探れば入学テストを受けさせる事になるとは予想していたが、その通りになったか」

 生徒会長は兜の下の部分を指で触りながら言った。



「それで、なんでこんな場所に連れてきたんだ?」

 マーディは普段アカデミー生徒の多目的な運動に使われている広場を見回しながら言った。



「魔法の修練は野外じゃないとできない決まりなのでな」

「魔法の修練?」

「そうだ。アカデミー入学テストとは、平たく言えば試験者同士で戦わせるのだ。その時に、魔法の一つも使えなくては即不合格になるぞ」

「なるほど。確かに神技の使えない俺は、戦闘能力はゼロだ」

「まあ、勝利すれば必ず合格するわけでもないがな。その戦いの内容を試験官は見ている。アカデミーに相応しい人間かどうかをな」

「相応しい人間に、2週間以内にならなきゃいけないというわけか」

 無謀な挑戦をしようとしている事だけは理解したのか、マーディは苦い表情になりながら言った。生徒会長は腕組みをしながら話を続ける。



「アカデミーの戦闘は魔法が基本だ。まずは魔法を使えるようにならなければ話にはならない」

「魔法か。2週間でどうにかなるものなのか」

 マーディの疑問に、生徒会長は銀の兜を横に振る。



「普通はならない。一般人が魔法を使おうとすれば、10年20年はかかっても大げさではない」

「そんなにかかるのか!?2週間でどうにかしようなどとは・・。学長を恨むぞ」

 マーディの嘆きに、生徒会長は楽観的な物言いをする。



「マーディ、そう腐ることは無い。君は神の力に触れた経験を持つ。その感覚を大事にするのだ」

「経験が生きるといいが」

「まずは、魔法の準備段階であるマカイを使えるよう目指そう。マカイさえ使えるようになれば、後はどうにでもなる。言い換えれば、マカイが最初にして、最強の壁とも言える。それほど、魔導士を目指す人間にとっては、マカイは基本であり、全ての魔法にとっての根幹でもある」

「マカイか。そんなに魔法にとって大事な事だったんだな。みんな、魔法を使う前に唱えている文言の事だろ?」

 マーディの言葉に、生徒会長は銀の人差し指を立てて答える。



「その通りだ。そのマカイの詠唱を、今から君は探求しなければならない。これは、誰にも手助けはできん。自分で答えを出すしかないからな」

「自分で探求を・・」

「マカイの簡単な説明をしよう。まずイメージとして、内に向かう魔力を外向きに変化させる。そのためには自分に関するワードを創造することだ。ワードの発想は変化だけとは限らず、過去や未来に囚われない現在の自分の衝動。妄想、想像を膨らませ、自分の今まで歩んできた人生の痛み、喜び。希望や絶望を顧みて、自分に相応しいマカイの詠唱を創造するんだ」

 その他にも、生徒会長のマカイについての説明を頭の中に刻んだ。マカイとは3段階あり、最初の1段階目は幻、すなわち魔会。魔会によって幻を見る。それは想像であり、創造である。2段階目は虚実、すなわち魔解。魔解によって幻を理解する。それは自分の中での現実となる。それが虚実。3段階目は現実、すなわち魔界。魔界によって幻は現実となる。それは偽りからの脱却。あるいは自分に対する救いに似た何か。



「すぐに理解しなくていい。ゆっくりと自分の中で咀嚼するのだ。やがて自分の体に溶け出し、自然とマカイの言葉を呟くだろう」

「そんな簡単にうまくいけばいいんだけどな」

 生徒会長の気楽さにより一層マーディは不安を顔によぎりだした頃、修練広場の端っこの方から走ってこちら側にやって来るアティアを見つける。



「アティア。どうしたんだ、そんなに急いで」

「どうしたとは何だ。せっかく心配してやったのに。昨日お前から聞いて色々お偉いさんのつつける不都合な情報を集めていたところだ。もし所属がダメなら脅しをかけるぞ、マーディ」

 アティアの言葉に、やれやれと両手を広げながら生徒会長は籠った音を出す。



「そんな物騒な事をしなくても、正攻法で所属を勝ち取るのだ、マーディは」

「正攻法?」

 生徒会長の言葉に、正攻法と言うアティアが最も縁がない文言を口にした。そのアティアの反応に呆れながらマーディは言った。



「アカデミー入学試験を受けるんだ。そのためにマカイについての講義を生徒会長から受けてるんだよ」

「マカイだって?そんな簡単な事も出来なかったのか、お前は」

「悪かったな、使えなくて」

「では私が手本を見せてやろう」

 アティアは言うと、少し集中するように目を細めて言った。



「這い寄る未知よ」

 アティアはマカイを唱えると、わずかに前髪が風を受けるように靡く。

「これでマカイ終了だ。簡単だろ?」



「その言葉が、アティアのマカイか」

「まあね」

 得意そうな口ぶりで、マーディの言葉にアティアは答える。



「色々触れるのは良い事だ。インスピレーションを膨らませろ。なにかワードを思いついたか?」

 生徒会長の言葉にマーディは腕を組んで目を閉じ、うーんうーんと唸りながら一頻り考えた後、思いついたように目を開けると言葉を放った。



「神技爆発!」

 マーディは言い放ったが、自分の髪は靡くことは無く、ただ自分の言葉が広場に虚しく響き渡るだけだった。その光景に、二人は各々の反応を示した。



「マーディ、勢いは良し!だが、神技にまだ未練があるようだ。その神技の意識を捨てることから始めようか」

 甲高い笑い声を上げた後に、生徒会長は諭すように言った。



「爆発って、面白いなマーディ、お前は。しかし、今時短いマカイのワードは珍しいな。今の流行はある程度長い文言だぞ。まあ、程度によるがね。長くても戦いの邪魔だしな」

 アティアはニヤニヤしながら助言を話した。



「もうさっきのワードは二度と言わないからな!」

 珍しく顔を真っ赤にしながらマーディは叫ぶのだった。

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