第30話 反撃の一手
アカデミーにある学長室で、ルジーナ学長はティーカップに注がれたハーブティの香りを楽しんでいた。ブレンドされたハーブの甘い香りを鼻孔に漂わせていると、待ち人であるマーディアス・グローであろうこちらに近づいてくる足音が聞こえたので、手に持っていたティーカップを机に置いた。
コンコンっと学長室に扉を叩く音が響く。
「入りたまえ」
ルジーナは入室を許可すると、マーディアスが学長室に入り、ルジーナの座っている学長机の前までやって来る。
「学長、お呼びでしょうか」
マーディの一点の曇りもない瞳に、少し目を逸らしながらルジーナは話を始めた。
「まずは・・、アトミラの町での任務は見事だった。
「いえ、俺だけではありません。他のみんなに、かなり助けられました」
マーディは謙遜することなく、本心で言った。ルジーナは一瞬その様子に若干の笑みを返すが、すぐに厳しい表情を作った。
「でだ・・。その後の、アトミラ円形闘技場での戦い。かなり熾烈だったと聞く。よく戦ってくれたと、率直に思う」
「はい・・、そうですね。犠牲は出ました。最終的に、軽傷ですんで良かったけど」
「そうだな・・、そのことについてだが。我がアカデミー所属の生徒を救ってくれたことは、大変感謝している。本当にありがとう」
真っ直ぐな目でルジーナは言ってくるので、照れるようにマーディは頭を掻いた。
「色々世話になったし。それに、仲間だから。当然の行動をしただけです」
「仲間・・か」
ルジーナは一瞬溜め息を吐くと、椅子から立ち上がり朝の陽光が入ってくる窓の前に立った。
「マーディアス。君の任務の功績とは別に、残念な報告をしなければならないことを、謝らせてくれ」
「残念な報告?」
「君の行動はとても立派だ。一人の人間として、私は誇りに思う。ただ」
ルジーナは次に続く言葉に間を作った。その時間が、マーディにとってとても嫌な予感を想起させる瞬間でもあった。
「アカデミーにとっては、そう捉えてはいないという事だ。神技という神の奇跡を代償にした。その事実は、とても重い」
「代償、ですか」
「そうだ。君は人の命を救った。それは素晴らしい。しかし、神技はもう、君の手元にはない。我々アカデミーにとって、君の価値は、ほぼ無くなったと言っていいだろう」
「価値が、無くなった・・」
「自分の生徒を救ってくれた君に、こんな話をするのはとても心苦しいんだが。魔法アカデミーとして、君を向かい入れる話は、白紙に戻った」
窓から漏れる陽光によって、学長の影が引き立ちその存在の言葉の重さが強調され、マーディは一瞬思考が真っ白になった。
「マーディアス。聞いているか?」
窓からマーディの方に顔を向け、ルジーナは言った。
「・・はい、聞いています。つまり、アカデミーからは、お払い箱と?」
「言い方は悪いが、まあ、そういう事だ。かといって、すぐにアカデミーから出て行くことはない。変わらず君を客人として持て成そう。生徒を救った恩は、アカデミーは決して忘れない。色々相談したいこともあるだろう。アカデミーをぜひ頼ってくれたまえ」
「・・わかりました」
マーディは元気のない返事を返すと、後ろの学長室の扉が勢い良く開けられた。何事かとマーディとルジーナは扉が開いた音の方に顔を向けると、黒い長髪の女が、ネグリジェの格好でマーディ達の方にやってくる。そして、マーディの隣まで来ると、その端正な顔つきで学長ルジーナを指差しながら言った。
「学長!聞いたぞ。マーディのアカデミー受け入れを取り止めたのは本当か?」
ネグリジェの女は入ってきた勢いのまま、荒れた態度を言葉に乗せた。そんな態度にルジーナは冷めた視線を送りながら先ほど座っていた椅子に座りなおした。
「慌ただしいな、生徒会長。君は他の生徒の模範だ。もう少し落ち着いた態度をとってほしいものだ。それは格好もだぞ。ネグリジェのまま建物内を歩き回るのは前も注意したと思うのだが」
ルジーナは生徒会長に目を細めながら言うが、マーディはその言った内容の一つの言葉に反応した。
「生徒会長?あなたが、そうなのか?」
マーディはネグリジェの格好をしている生徒会長に言った。
「ああ。そういえば、生身の姿では会うのは初めてだったな。そんなことは今どうでもよいのだ。それよりも、学長!どういうことか説明していただきたいな」
「先ほどマーディアスにも説明をしたが、アカデミーにとっての価値がなくなったためだ。それは生徒会長である君も理解できることだろう」
「理解できる?できるものか!」
生徒会長はマーディの肩を掴み、ルジーナに詰め寄る。
「確かにこの男の神技は失われた。しかし、だからと言って価値がゼロになるなど、ありえない事だ。相変わらず、神技に触れた者としての価値は残り続けている。神技に触れた事実と言うのは、大変な価値がある。それがわからないのか?魔法の究極を追求するのがアカデミーの本懐のはずだ。今は傭兵稼業の真似事が主流となってしまっているが、アカデミー本来の本流を考えれば、元神技使いのマーディアス・グローの価値は、とても高いと言わざるを得ないはずだ」
真剣な表情で語る生徒会長の迫力に、ルジーナは真剣な目線で聞き届ける。そして、一つ大きな息を吐くと口を開いた。
「確かに、生徒会長。君のいう事は一理ある。わかった。この件に関しては、もう一度議題に戻そう」
ルジーナの言葉にマーディと生徒会長は顔を見合わせ、笑顔を自然と零す。
「しかし、これほど熱心とはな。生徒会長、君がここまで熱くなるのも珍しい」
「そんな事は無い。それに、アカデミーの判断がおかしいと感じた。余りにも神技使いの存在を軽んじているとね。たとえ、その力を失ったとしても、神に触れた者として、魔導士としての可能性は大いにあると思うがね。マーディには」
生徒会長の言葉に学長ルジーナは暫し目を閉じ、そして瞳を開けるとフッと一瞬笑って口を開く。
「まさか生徒会長。問題児だった君に説教されるとは思いもよらなかった。確かに、傭兵稼業に思考が傾いていたようだ」
「そうだろう?」
「しかし・・だ」
ルジーナは生徒会長とマーディの二人に釘を刺すように言う。
「アカデミーにとって、傭兵に似た任務をこなすのも世の中を渡っていくのには大事な事だ。マーディアス、君にとって力があるからこそ、危険な側面も持つアカデミーに関わることができたのだ。その力が失われた今、アカデミーに固執するならこれから過酷な道が待っている。君自身も、他の選択肢も考えた上で、もう一度、そうだな。明日また、学長室に来てくれたまえ」
「わかりました。また明日、学長室で」
マーディと生徒会長は学長室を後にした。マーディ自身はすでに答えが出ていたが、考えを振り返ることはしておこうと思った。しかし、その思考は変わることは無いだろう。たとえその答えが、過酷であろうとも。
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