アカデミー再び

第29話 消えた神の物語

 魔法アカデミーの本校舎の屋上にある植物園に、昼下がりの太陽の日差しを楽しんでいるローブを纏った男と、付き合わされている薄緑のツインテールの女、アティアがいた。



 ガーデンチェアに寝転んでいるローブの男が隣に開いている椅子を指差して言った。



「アティア君。君は日光浴はしないのかい?」

「ノルシェス、結構だ。趣味じゃないんでね」



 ノルシェスと呼ばれたローブの男はアティアに断られると、両手を広げて抗議するようにポーズを示した。



「変なポーズを決めるな。私はお前のように暇じゃないんだよ。さっさと要件を言え」

 アティアは呑気に寝そべっているノルシェスを嫌悪するような目で見ていた。副学長と言う地位に甘んじて、仕事をろくにしないことで有名なのだ。そんなろくでなしで有名な人物に、アトミラの町から帰還してすぐに呼ばれたのでアティア自身の機嫌は最悪だった。旅の汚れを落としたくて湯船に湯を張った直後に呼び出され、最初伝えられた時無視しようかと思ったほどだ。そのイライラが足先を隠すことなく上下に動かしていた。



 アティアの態度を知ってか知らずか、ノルシェスは呑気に寝そべったままで口を開いた。

「色々と任務先では大変だったようですねえ」

 ローブのフードで目元が隠された状態で、ノルシェスは呑気に言うのでその態度により一層イライラで足先の動きが激しくなるアティアだった。



「そう思うならさっさと休ませてもらえませんかねえ。副学長殿」

「学長に渡す物があるでしょう。それを、僕にも見せてほしいんだ」

 ノルシェスの言葉の内容に、アティアは激しく動かしている足先を止めた。



「なんで知ってる?それを、学長より先に見せてほしい理由は?」

 警戒するアティアの物言いに、ノルシェスは柔らかく笑う。



「いやあ、変な意味はない。何も企みはないよ。ただ興味を覚えたんだ。神の欠片、或いは聖体。そして、或いは・・竜が呪いしモノ」



 フードに隠されし片目をアティアに向けながら、ノルシェスは言った。アティアは溜め息を一つ吐くと武具転生を使用し、黒き渦より一つの白い球体を手元に出現させた。



 ノルシェスは球体そのモノよりも、武具転生を使用できたことに驚く。

「武具転生で、転生を行えるというのか!?」

 思わずガーデンチェアに寝そべっていた上半身を起こすと、ノルシェスは言葉を続けた。



「神域内を存在しえるという事か・・。この事実は、とても大きいぞ。テラだけが神域内を支配していたと思っていたが・・そうではないのか?」

 目の焦点を絞らないままに、自分の考えを言葉にするノルシェス。その様子を、また一つ溜め息を吐いてさっさと終わってくれと願いながらアティアは口を開いた。



「調査、研究は後でとことんやるし、今ここで議論しても意味ないんじゃないか。副学長、このヌゥスの球体を見たいがために、私を呼んだのか?」

「球体を一目見たかったんですよ、学長より早くね。やはり、神の恩恵を受けている、或いは奇跡の一端を垣間見る機会はそうそうないですからねえ」

 学長より早くという言葉を頭に記憶しておこうとアティアは聞きながら思った。



「前学長の置き土産かもしれませんねえ。この球体は」

「前学長?ギデーテの?」

「ええ。それも、あなたの兄であるテリート君とも交流があったのは知っていましたが。ここまで深く関わっていたとは知りませんでしたねえ」

「そうだな。それは私も知らなかった」

 アティアは白い球体を指で挟み、見つめながら言った。



「アティア君も知らなかった?ギデーテ前学長とテリート君との関係を?何か聞いてたりはしなかったんですか」

「兄とは10歳以上も離れていたしな。私が生まれたころには兄、テリートはアカデミーで研究に忙しくてほとんど家に帰ってこなかったらしい。会う機会もほぼほぼなかった。兄妹としても、仲がいいわけではない」

「なるほど、少し込み入ったことを聞いて申し訳ない」

「別にいいよ。生前の兄の問題が発覚したときに、散々聞かれたしな。色々疑われても仕方がない立場なのは理解している」

 アティアは慣れた口調で、自分の立場について口にした。ノルシェスは一度咳ばらいをすると、話題を変えた。



「僕の親友のベレグラム君は今、どうしていますか?」

 気持ちの悪い言い方だなと口にしかけたが、さすがに躊躇するとアティアは別の言葉を口にした。


「逃げた黄のガーディアンの残党と、その主犯格のユカ・ローニスを追っている」

「なるほど、報告書通りですね」

 報告書を読んでいるなら説明させるなとはアティアは口にはしなかった。さっさとこの状況を終わらせたい気持ちが勝ったためだ。



「話は以上か?」

「ええ、まあ、そうですね。これ以上長引かせると、アティア君の私に対する評価が落ちそうなのでこの辺りで止めておきましょう」

 とっくに地の底だよとは言わずにアティアはニコリとすると、植物園を出ようと出口の扉に手を掛けたが、顔をノルシェスの方に傾けて行った。



「そういや、マーディアス・グローの事は聞かないのか?」

「マーディアス・グロー?ああ、神技使いですか。いや失礼、元、神技使いでしたね。彼の利用価値は無くなりました。もうアカデミーには不要の存在です。彼には早急に出て行ってもらいましょう」

 ノルシェスの言葉にアティアは今まで余計な事を言ってこなかったが、この内容にだけは会話を長引かせても良いと判断した。



「マーディアス・グローに利用価値がない?あんたの目は節穴のようだな。センスがない。マーディにはまだ、可能性がある。希望を与えるべきだ。アカデミーも利用したんだ。マーディにも何かあってもいいだろ」

「他人に肩入れするとは珍しいですね。しかし、判断するのはルジーナ学長です。ではもう出て行ってくださいアティア君。僕はもう昼寝の時間なので」

 ノルシェスの態度は気に食わなかったが、アティアは溜め息一つせずに、この場を早く去りたい気持ちで植物園のドアノブを握った。

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