第26話 覚悟の果て

 黄色い花びらが止み、アトミラ円形闘技場の試合場には散った花たちで埋め尽くされ、黄色の絨毯が広がっていた。



 現域ゲンイキに召喚されたケルベロスは荒々しい巨大な姿とは裏腹に、まるで忠犬のように飼い主の命令を待つように大人しく佇んでいた。



 ケルベロスの肌を優しく触れながら、ユカ・ローニスは言う。

「いい子だ。よく私のいう事を聞いてくれる」



 マーディアス・グローは自分の持つ疑念をぶつける。

「ユカさん・・、そいつはまさか・・。あなたが飼っていた飼い犬なのか?」

「その通り、この子はケルよ」

 ユカの言葉に深い嫌悪感を隠さずに、マーディは不快感を顔に示す。そして、ロミに支えてもらいながら声を絞り出す。



「まさか・・、自分の飼い犬を・・竜名残リュウナゴリの化け物に変えたのか」

 マーディの言葉をディミルは否定する。



「いいえ、あれは竜名残ではないわ。あの力は・・、聖女の持つ祝福よ」

「そう・・、ケルは神話の獣へと転生してもらった。私の野望のために。私のわがままのためにね」

 ユカは悲しそうな表情で、淡々と話した。



「ただ魂をケガしただけだわ」

 ディミルは吐き捨てるように言い捨てる。



「犠牲を払っても生き続ける、私は・・、自分の両親が亡くなった時からそう生き方を学んだ。結局、犠牲なくして人は生きられない。ならせめて、正義のためにその犠牲を払うべきだ」



 ユカの言葉に、ディミルはもう一度吐き捨てた。

「結局さっき自分で言ったわがままなだけね。でも、自分のわがままを貫くのだけは同意するわ。あなたのやっている行為自体には反吐が出るけど」



 冷淡に、ユカはディミルを睨みつけながら言った。

「では・・私のわがままのために、死んでください。行きなさい、ケル」



 ケルベロスが一度大きく唸ると、ディミルの方に大きくジャンプする。



「お手でもしてもらおうかしら!!」

 ディミルは叫びながら、両手に持っている斧を構えた。



「戦斧、直線殺法!」

 二つの斧を水平に薙ぎ払い、魔法エネルギーを重ねてケルベロスに放った。



 爆発と煙。



 空中に漂う煙の中からそのままケルベロスはディミル目掛けて落ちてくる。ディミルは上を向いたまま、体をその場から退けようとするが、魔法を放った後の反動ですぐには体が動けなかった。そして、ケルベロスはディミルの目と鼻の先に降り立つと、真ん中の口を大きくあける。



「炎の鞭!」

 リーゴがケルベロスの大きく口を開けている顔目掛けて、燃える鎖の鞭を放った。



「ナイスだリーゴ!」

 炎の鞭によってケルベロスは怯み、その隙にディミルはその場から素早く離れた。



「私はケルベロスの維持で動けない。頼むぞ、クレントン」

 ユカの言葉にクレントンは頷くと、ケルベロスに加勢する。



「マーディ君ごめんね、私も行かないと」

「大丈夫だロミ、ありがとう。大分マシになった」

 ロミはマーディを残すと、戦いに身を投じる。



「泥の箱、弾け玉!」

 ロミは無数の泡をケルベロスに放ち、弾け飛ぶ泡の炸裂に怯えるようにケルベロスは身を縮めた。



「ケルベロスとあの子の技の相性が悪い。先に消えてもらいましょう」

 クレントンは分析すると、刃に魔力を込める。



斬形ザンケイ黄破コウハ

 剣に帯びた魔力をクレントンはロミに目掛けて飛ばした。そして、ロミに直撃して試合場の壁に激突して気絶する。



「ロミッ!!てめええ!雷の鞭!」

 リーゴはロミが倒れるのを見ると怒りで我を忘れ、魔力を限界以上に帯びた技をクレントンに浴びせた。その技をクレントンは避け切れずもろに食らい、その身は黄色い花びらの地面に倒れ、そのまま動かなくなった。



「大丈夫かロミ!」

 ロミの元まで駆け寄ると、リーゴは抱き起して声を掛けるが気絶したまま目を開けなかった。



「クレントン・・、ありがとう」

 ユカはただ静かに、ケルベロスの召喚の維持を保ちながら呟いた。



「戦斧、乱撃殺法!」

 ディミルは二つの斧をでたらめに魔法で空中で操りながら、ケルベロスに斧の斬撃を何度も食らわす。



「さあ、あなたも私の犠牲におなりなさい」

 ユカは祈りをケルベロスに込める。それに答えるように、ケルベロスは3つの口を大きくあけ、その穴の底からけたたましい音と共に業火がディミルを襲った。



 焼けただれる匂いと共に、ディミルは煙を体に漂わせながら倒れた。



「ディミル!」

 マーディは刺された場所を抑えながら叫んだ。



「さあ、マーディ・・。仲間と共に、私の奇跡の・・、その礎となるのです!」

 再びユカは祈りを込める。そして、ケルベロスの口が開き、その業火の音が鳴る方向にはマーディがユカを睨みつけながら立っていた。



「ユカ・ローニス!俺はお前を許さない!」

 マーディは剣を握る様に腰のあたりに手を動かすが、そこには霧の剣の鞘しかなく、マーディはその鞘を投げ捨てると、神技に集中する。



 ケルベロスの業火がマーディを襲った。火の海に飲まれる姿に、赤い光をユカは浴びながら満足そうに顔を歪ませた。



 そして、それは生まれる。神の奇跡が二つの翼をもたらし、両翼を備えた一人の男が、火の底より飛び立った。



 マーディは獣のように吠えた。そして、炎を吐いているケルベロスをそのまま思いっきり殴り、ケルベロスは虹の光と共に消し飛んだ。



「これが・・神技・・」

 ユカは呆然とそれを見た。二つの翼を背負ったマーディアス・グローが、虹の橋が架かる闘技場の中心で、その両翼を纏って、神秘を抱きながら立っていた。



 力尽きるように翼が虹の光に変わり掻き消えると、マーディは片膝をついた。



ユカはその一瞬の隙を見逃さなかった。素早く、マーディの方へ距離を詰める。そして、鈍い音が闘技場に響く。



「バカヤロウ・・。最後まで・・詰めが甘い野郎だぜ・・」

 聞き慣れた軽口にマーディは顔を上げると、リーゴが佇んでいた。そして、身を震わすと口から血を吐き、マーディに倒れこんだ。そして、リーゴは静かに瞳を閉じ、その命を終えた。



「リーゴ・・」

 マーディはただただ、名を呼ぶことしかできなかった。



 マーディを庇って倒れたリーゴを押し退けると、ユカはもう一度、リーゴの血が付いた剣をマーディに向けて振りかざす。



「さあ、終わりです、マーディさん。奇跡とは儚いものですね。やはり、現実は喜劇だった」



 そして、ユカは剣を振り下ろした。



 響く刃の塊がぶつかる音。静かになった闘技場に、野生の鳥たちが舞い戻ってくる。



 光のベールに守れたマーディには、ユカの剣が届くことは無かった。



「喜劇とか戯言言ってんじゃねえ。待たせたな、マーディ」



 マーディは力なくも、聞き慣れた言葉に、今度こそ安心して答えた。

「待たせ過ぎだ・・、アティア」

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