第21話 翼纏う獣たち

 巨大なクレーターの大地。



 1匹の四足歩行の獣が、草木一本生えていないへこんだ大地の上で荒く白い息を吐いていた。まるで、孤独を忘れようとする様に、あらゆる全てを踏みにじる様に。その目は赤く、血走っている。何を捉えようとしているのか理解しているのかは怪しい。ただ、竜名残リュウナゴリの呪いによって、その意思はグチャグチャに侵され、白痴ハクチとなってこの世を彷徨う。それはまさしく、孤独だった。



 マーディアス・グローは遠くから獣の姿を見ると舌打ちする。どうみても犬の形状にしか見えなかった。もうすでに、本来の生物ではなく、呪いの魔物となっているのだ。ユカ・ローニスにどう説明するか。考えただけでも憂鬱になる。



「他の竜名残とは様子が変だ。ここは私が戦おう。マーディのパーティは・・そうだな。マーディ以外は工場で残存する魔物の殲滅を続けてくれ。そして、アティアとバザも続けて観察をお願いする。それはつまり、戦いの場面だけではなく、怪しい動きが別にあれば報告を頼む」

 ベレグラムの指示に、皆同意すると自らに与えられた使命を果たそうと動く。



「ベレグラムさん。俺はどうすれば?」

 マーディは自分の使命を掴もうと、目の前の鎧に問う。



「君は切り札だ。私が声を掛ければ神技シンギを頼む」

 ベレグラムの言葉に、マーディはわかりましたと返事を返す。



 そして、黒く汚れた銀の全身鎧は獣に近づこうとすると、マーディに再度声を掛けられる。



「あの犬を、助けることはもうできないんですか?」

「もう手遅れだ。私も、昔家で飼っていたよ。だから、気持ちもわからんでもない。せめて安らかにしてやろう」

「わかりました」

 マーディはまた再度同じ言葉を返した。



 気を取り直すと、ベレグラムは竜名残の獣と対峙する。籠った音で深呼吸すると、僅かに、祈る様に自分に刺さっている神樹の枝を触った。この行為は、戦う前に自分を落ち着かせる儀式のようなものだった。



「朽ち果てる再生、萌えるヘドロ」

 ベレグラムはマカイを唱えると、片手を宙にかざす。



「武具転生、ユグドラシルの剣」

 かざした手の平から黒い渦が生まれ、その渦から木の枝の様に幾つも刃が分かれた到底何かを切るのに適していないであろう剣が下りてくる。その剣を手に持つと、ベレグラムはおもむろに地面に突き刺し言った。



「根の埋葬、刃王修羅ジンオウシュラ

 ベレグラムは言うと、突き刺さった剣の辺りから巨大な刃が地面を突き破りながら獣へと走り抜けていく。獣はその勢いに体を吹っ飛ばされて無様に倒れた。



「すごい!もう倒したのか」

 マーディは興奮して叫ぶが、ベレグラムが冷静に言う。

「いや、まだだ」



 獣はよろめきながら立つと、唐突に遠吠えを行った。それは物悲しく、とても胸の締め付けられる音だとマーディは感じた。



 獣の音が止む。



 一瞬の静寂の時間。ベレグラムはもう一度技を繰り出そうと剣の握っている手に力を込めようとした時、それは起こった。



 獣から虹のようなグラデーションを持つ光が放たれる。しかし、その光はマーディの放つものとは違い、濁った水に反射するような汚れた光が宙を不規則に舞っていた。



「なんだあれは」

 ベレグラムは思わず呟いた。



 雷が落ちたような轟音と共に、竜名残の獣から片翼が生まれた。その翼は痩せているように細く、しかし、だからと言って力強さがないというわけではなかった。それはじっと見ていると気味が悪く、生命力と言うよりも、とても死に近い印象をベレグラムは感じていた。



「危険な匂いがする。悪いが、手短に済ませるぞ」

 ベレグラムは突き刺していたユグドラシルの剣を抜くと、そのまま高く上空へとジャンプした。そして、片翼を広げた獣のすぐ足元に持っていた剣を放り投げて地面に再度突き刺した。



「根の埋葬、刃雷天雨ジンライテンウ!」

 大地へと帰ったベレグラムは言い放つと、上空から幾つもの雷が生まれて無残に獣に襲う。



「翼をそう使うか」

 片翼を器用に丸めて雷を防いだ獣の姿を見ると、ベレグラムは感心するように言った。



 獣は唸る。そして片翼を大きく広げると無数の羽が空中に飛ばされ、その羽から光線が幾つも飛び出してベレグラムを襲う。



「ベレグラムさん!」

 マーディは心配するように叫ぶ。当のベレグラム本人は一気にクレーター内を縦横無尽に駆け巡り、光の放射を避け切った。



 走り続けながら、ベレグラムはそのスピードのまま一気に獣の目の前にやって来ると、拳や蹴りで獣を襲った。



「効いていないのか」

 自分の一つの衝撃で、大の大人なら仕留められている威力だ。そのダメージを受けてもビクともしないとは・・。ベレグラムは何度も獣に一撃を食らわすが、平然としている獣に不愉快を覚える。



「竜名残風情が」

 言い捨てると、ベレグラムは刺さっていたユグドラシルの剣を拾おうと体制を変えた時、後ろから掠れた幾つもの音が聞こえる。その一瞬に驚くようにベレグラムは後ろを振り返ると、無数の羽が光るベールに突き刺さっていた。



「余計な事を」

 ベレグラムは屋根の上にいた、杖を掲げているアティアを見つけて言った。その事実、アティアの放った光のベールがなければ羽の攻撃を受けていただろう。だからと言って自分にダメージが入るかはまた別の話だが。



 ベレグラムは剣を拾うと、獣との間合いを広げて呟いた。



「根の産声、無限糸刃ムゲンシジン

 剣を掲げると、ベレグラムの周りに無数の糸が空中に飛ぶ。そして、その掲げた剣を水平にして薙ぎ払うと、それに同調するように糸が獣を襲い絡みつく。



 身動きが取れない獣を見据えると、ベレグラムはマーディを呼ぶ。



「マーディ!出番だ!思いっきり神技をぶつけろ!」



「わかった!本気で行く!」

 マーディは叫ぶと、空中に飛ぶ。そしてその光景に、ベレグラムは驚いた。



「翼・・だと!?」

 ベレグラムの目の前で、竜名残と同じく片翼を広げていた。その翼が竜名残の獣と決定的に違うのは、濁った光ではなく、澄んだ水に似た、透き通る空のような、混ざりのない純粋な神秘の力。まさしく、神の如き技だった。



「神技、いくぞ!」

 片翼を纏いながら、霧の剣と共に獣へと辿り着く。そして、圧倒的な光の前に、その獣は倒れた。その獣の顔を見て、マーディは安堵する。



「顔に痣がない。ユカさんのとは違うのか」

 マーディは言いながら霧の剣を鞘に納めると、その片翼も虹の光とともに消えた。



 アティアはマーディの一連の光景を見て笑う。

「虹の光に愛されし英雄。その両翼の翼を纏いて神域へと至る。まさに神の如き所業。これは、アカデミーも禁断に触れるほかない。そうだろう?ベレグラム。ホント面白くなってきたなあ、マーディ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る