第17話 竜に睨まれた魔物
「確かに、兄の名前が書かれている。それにこの文字は、兄のテリートの筆跡によく似ている。本人と断定してもいいかもな」
アティアは言いながら、詳しい事はアカデミーにいる調査部隊の本調査での結果が出てからだとも、付け加えていた。軽い調査は今、死の根の長ベレグラムと、生徒会長の専属技師バザ・ユガルタが闘技場の地下室を調べていた。
「一応証拠だよなそれ。どうする?武具転生でアカデミーにすぐ送った方がいいか?」
リーゴは言ったが、アティアは首を振った。
「止めといたほうがいい。武具転生は物に魂に近い魔力性質を溶け込ませ、荒業で転生させている物の転送魔法だ。万が一の転送失敗も考慮して、人が運んだ方が確実だろうな。でも、報告だけは先にちゃんとしとけよ」
「わーってるよ」
上司のようなアティアの物言いに、リーゴはうんざりするような顔で反応した。
「とにかく、後の事はこちらのパーティに任せとけ。そっちのパーティは
「わかった。この人に聞き込みをすればいいんだな」
マーディは渡されたメモを見ながら言った。
「その通りだ。任せたぞ、お前たち。うまくやってくれ」
アティアは言うと、ベレグラムとバザが行っている調査に加わるために闘技場地下へと降りて行った。
「この人物は私も把握しています。案内しましょう」
ユカ・ローニスの申し出に頼ることにしたマーディ達一行はアトミラの町の繁華街へと向かった。
アトミラの町は教会、観光、飛行船の三本柱で栄えており、昼を過ぎて太陽も傾いてきた時間、大通りでは人の行き来がピークなのか大変混雑していた。
「はぐれるなよ、ロミ」
「わはっれるよー」
リーゴの注意に、先ほど露店で買ったソフトクリームを頬張りながらロミは言った。
マーディ達5人は人混みをかき分けながら目的地へと歩いていく。ユカ・ローニスは時々はぐれていないか後ろを振り返りながら先頭を歩いていた。そして、ユカが何度目かの後ろを振り向いた時、マーディはある異変に気付いた。
「何かおかしいぞ」
マーディが気付いた時には悲鳴が聞こえていた。最初はこの男は誰彼構わずに肩がぶつかっている程度だった。そして、徐々に正面にいる人々に殴りかかっていた。
「すいません!ちょっと通してください!」
マーディは急いで騒ぎになっている場所へ、人混みをかき分けて向かうと、男が自分の顔を抑えて唸っていた。
「落ち着いて、何があった?」
マーディは言うと男の顔を抑えている手の指の間から、真っ赤な瞳がこちらを睨みつけていた。
「マーディさん!待ってください」
ユカは言いながら後ろから追いついてくる。そして、男を見るや否や言葉を発した。
「竜名残?」
ユカが呟くと同時に、男は発狂して大通りから裏通りへと走り去っていく。
「追いかけましょう!」
ユカは言うと、マーディは頷いて二人で追いかけていく。
裏通りで男が壁をよじ登っているのを発見すると、マーディは虹の光を体から散らせると、そのまま男の方目掛けて突進する。
砂埃と石の破片が辺りに飛び散る。
「外した」
マーディは舌打ちすると、男はよろめいた体勢から壁から手を放し、マーディ目掛けて拳を振る。その二人の間にピンっと伸びた鎖が割って入る。
「俺らを置いていくなよな」
手に持った鎖を持ちながらリーゴは言った。その言葉を真似るように、リーゴの隣にいたロミも口を開く。
「ってことね!」
振りかぶって泡のような物体を男の足にロミは投げつける。男は動こうとするが、ネバネバした液状の物体が絡みついてうまく身動きが取れなかった。
「みなさん、上出来です」
ユカは言うと回転しながら上空に飛び立つと、魔法発動状態に変化させる呪文であるマカイを唱える。
「果てに咲く終わらない夢を」
そして、ユカは魔法を放つ。
「白の世界、閉幕の檻」
ユカ・ローニスの体から霧が一気に現れ、あっという間に裏路地を視界不良にさせた。そして、その霧が男へと集まる。
ユカは一気に男の元に走りよると、両腕を後ろに回し、地面へと男の体を叩きつけた。
「さあ、これで終わりです。マーディさん。近くにある教会に応援を呼んでいただけませんか。私はこのまま押さえつけていますね」
***
「なるほど、この男の妻が会いに行く予定だった情報提供者だったと」
マーディは言いながら、今は落ち着いて手当てを受けている男の方を見た。よく見ると、応援に駆け付けたテラ教会の数名のガーディアンの一人が男に透明な石を近づけて黒い靄を吸い取っていた。
「まだ男の方は魂が完全に汚染されていなかったため、治療が間に合いました。それと、男から有力な情報が聞けました」
ユカの言葉に、リーゴは急かす。
「情報ってのは?」
「まず、男の妻からは最近帰っていない夫について詳しく聞く予定でした。そして、男から直接話をしてもらうと、竜名残についてだと思われる証言が取れました」
「つまり、私たちはお手柄ってことね」
ユカの言葉に反応し、ロミはガッツポーズを決めて言った。
「調子に乗らないの。私だって活躍したかったのに」
ディミルは残念そうに話す。
ユカの伺う顔に、マーディは話を続けてくれと催促する。
「ええ。彼が務める飛行船の工場が、竜名残によるものだと思われますが、大規模な汚染が広まっているようです。男の様に汚染による魔物化があちこちで起きたようです。正気なうちに男は町に逃げ帰ったようですが、だんだんと意識が混濁して気が付いた時には今の状態だったという事です」
ユカは淡々と説明した。
「工場が心配だな」
マーディは言いながら男の方見ると、憔悴するように表情は疲れ、その瞳の色は青くなっていた。
マーディは思い出していた。この男の目は獰猛な獣の目の様に鋭く、禍々しい赤い瞳だった。その瞳の色と、ベレグラムの兜の奥に潜む赤い瞳を重ねていた。
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