第18話 黄昏の獣

 マーディアス・グローはパーティから離れ、ユカ・ローニスと共に闘技場に戻っていた。気になることがありマーディは闘技場に来たのと、ユカ・ローニスは闘技場の調査状況を確認するのと、神技使いのマーディをサポートする任務を教会から与えられているためだった。



「俺のサポート何て、すまないな。余り役に立たないのに」

 マーディは自分の自己評価を小さく見積もり、申し訳なさそうに言った。

「そんなことは決してありません。神の奇跡の一端を感じるだけでも、教会の人間にとっては何よりの喜びなのです」

 ユカは首を振りながら言った。



「そうは言ってもな。さっきの竜名残リュウナゴリの男との戦いも、正直微妙だった」

「決してそんなことはありませんよ。自信を持ってください」

「まあ、マイナスばかりを吐くのもよくないな。忘れてくれ。頭を切り替えるよ」

「無理なさらずに。マーディさん」

 二人の会話が終わる頃に、闘技場の試合場である砂地に到着した。



「あれ。わざわざ来たのか、マーディ」

 アティア・ステイスは試合場の中心にある階段を上ってマーディが見えると言った。その後ろから、ベレグラムと猫仮面を被ったバザ・ユガルタも地下から引き揚げてきた。



「転生の文書でロミから報告は来ている。街中で大変だったな」

 今は夕暮れの時間で闘技場も赤く染まっており、ベレグラムの鎧も赤く染まりながら言葉を発した。



「ユカさんやパーティのみんなが頑張ってくれて、何とか事なきを得ました」

 マーディの言葉にベレグラムは言葉を返す。



「そうか。まあ、よくやった」

 ベレグラムが言い終わらない内に、アティアが喋り出す。


 

「で?なんでわざわざこっちに。あなたの仕事は何もないわよ。明日、私の所とマーディ側の2パーティで工場に向かうのは決めたわよね。無駄な体力は使わずに、今日は早めに休んでって連絡いってなかった?」

「連絡は来てるよ。ただ、ちょっとベレグラムさんに聞きたいとこがあって、ここに来たんだ」

 マーディの言葉に、アティアはふーんと言って反応した。



「私に聞きたいことが?」

 ベレグラムは両手を広げ、少し驚きながら言った。



「はい。ですが、ここではちょっと。個人的な質問ですので」

「それは君に関することか?それとも私か?」

「えーっと、ベレグラムさんについてです」

「なら遠慮するな。ユカさんも、アカデミーに関することではある程度知識もあるだろう。今更隠すこともない」

 ベレグラムの言葉に、アティアが捕捉する。



「それに。本当の秘密はマーディ、お前程度では暴けないってことだ。それが場所を変えない秘密主義の死の根の長の自信の表れってことさ。だろ?ベレグラム」

 ニヤリとしながらマーディからベレグラムに視線を移しながらアティアは言った。



「誰にだって秘密はある。それに、秘密を扱うのが私の仕事でもある。まあ、なんでも聞いてくれたまえ、マーディ。今なら何でも答えよう」

 ベレグラムの言葉に、挑発に乗ったなと言いたげな顔にアティアはなる。



「何か聞きにくい状況を作ってくれてありがとうアティア」

「どう致しまして」

 アティアを睨みながら、マーディは仕切り治すように一瞬咳払いすると質問を始めた。



「昼過ぎに俺たちが竜名残の男と戦ったのは知っていると思うけど。その男の目が、赤い瞳が・・その、ベレグラムさんの瞳と似ていたんだ。それがどうも気になってしまって」

 マーディの質問内容に、アティアはなるほどなるほどと唸る。



「そりゃ気になるのはわかる。仲間だと思った隣の人間が竜名残かもしれないってことだよね。これは良い疑問を持ったな。そして、よく気づいたな。すぐにその疑問を解決しようとする姿勢は好印象だぞ、マーディ」

 アティアの言葉にマーディは肩を竦めるとベレグラムの方を見た。そして、驚きの顔に変えざるを得なかった。



 ベレグラムは自分の被っている兜の前側をつかみ、器用に細かく動かすとその前側を外し、そして後ろ側ももう片方の手で外した。



 その顔はあらわになる。



 少し年季があるが端正な顔立ちと黒髪。そして特に目立つのは頭の前方右側に刺さっているのか生えているのか、木の枝のような物が鹿の角の様に伸びていた。



 ベレグラムはその赤い瞳でマーディを見据えると言った。



「この瞳が気になるのかな」

 ベレグラムの言葉に、マーディははいとだけ答えた。まさか、仮面まで脱いでくれるとは思わず意表をつかれたのだった。



「聞いたことがあります。魔法アカデミーに、竜名残のなりそこないがいると。その瞳は魔物のように赤く、悪魔のような禍々しい角を持つと。いや、失礼ことを言ってごめんなさい。本人の目の前で言う事ではなかった」



 ユカの言葉に、ベレグラムは気にするなと言いのける。

「実際あなたの言葉は当たっている。それに、恐れられている方が仕事はやりやすい」

「ククク、私が詳しく説明してやろう。ベレグラムはユカの言った通り竜名残の成りそこないだ。本当ならもうとうにこやつは竜名残の魔物に変化している。だが、なっていない。それはなぜか」

 アティアはもったいぶって言葉を止めると、マーディは催促するように両手を広げ、アティアはその反応に答える。



「こやつの頭に刺さっている角のおかげだ。この角は神樹の枝。決して枯れぬ、永遠のな」

「神樹って、アカデミーの建物の真ん中に大きく生えていたやつか」

 ペラペラと口を動かすアティアにベレグラムが遮る。



「もういいだろう、喋り過ぎだ。とにかく、神樹のおかげで私は人間の理性を保っていられている。瞳は赤いままだがな」

「なるほど・・、理解しました」

 マーディの言葉に、ベレグラムは語りかける。

「だから、怖がる必要はない。人を襲う獣にはならずに済んだのだからな。この角は、アカデミーの力の象徴とも言える。私が人の理性を保っている限りな」



「心配・・いらない・・。角の調整は・・技術者の仕事」

 ずっと黙っていたバザ・ユガルタが口を開き、今まで話していたマーディ達全員の視線を浴び、再び口を閉じてアティアの後ろに慌てて隠れた。



「結論を言うと、こやつは竜名残という事だ。いつか退治してやれ、マーディ。その神の力でな」

 アティアの言葉に、ベレグラムも乗る。



「そいつは楽しみだ、マーディ。ちなみに、私は一応人間の認定を受けているがな」

「わかってますよベレグラムさん。アティア、お前はいつも余計な事を言う!」

 マーディの言葉にアティアの舌を出す様子に、ベレグラムもつい笑みを零し、ユカ・ローニスも表情がほころぶのだった。その自分の変化に、内心動揺を隠せないでいるのか、笑っているとも悲しんでいるとも言えない表情へと変わっていくユカ・ローニスだった。

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