第13話 暴風の戦士

 鳥の鳴き声が響き渡る中、霧に覆われたキャンプ地でマーディは朝早く目が覚めて寝袋から出ると体を思いっきり伸ばした。白い靄が辺りを漂っており、数メートル先の視界がかなり悪い。近くには距離があるとはいえ崖があったはずだ。この霧が晴れるまでは無闇に動かないようにしようとマーディは思った。



「お前も起きたのか」

 声のするほうにマーディは近づくと、火のない焚火の近くで座っているリーゴ・トミナがいた。



「リーゴも、早いな」

 マーディは言うとリーゴと対面するように、焚火を囲むようにして座った。リーゴは黙ったまま、炭となっている上から枝を何本か加えると、火を起こした。



「さすがに山の上は冷えるな」

「まあな」

 マーディは話し掛けても、リーゴは上の空の様に生返事を返すだけだった。



「リーゴ、お前は何か俺に言いたいことはあるのか」

「言いたいこと?俺が?」

 はぐらかすように答えるリーゴだったが、じっと見つめてくるマーディに根負けすると、口を開いた。



「別に言いたいことなんてねえよ。お前のことを詳しくは知らん。ただ、転生者で神技を使えるってことだけ知ってる」

「それで、俺の気のせいならいいんだが、明らかに俺に対する態度が不満を持っているように見える。本当に何もないなら、普通に接するけどいいのか」

 マーディの言葉に舌打ちすると、リーゴは言った。



「勝手にしろよ。別に好きにすりゃいい」

「わかった。好きにするよ」

「くそ、めんどくせーな。わかったよ、言ったらいいんだろ」

 リーゴは言いながら、焚火に一本の枝を投入した。僅かに焚火から火の粉が舞い上がる。



「何もやっていないお前が、何も努力をしていないお前が、技を極めた者だけがたどり着ける領域、神技を扱えることがむかつくんだよ」

「なるほど・・神技か」

「そうだ。嫉妬と言われても構わねえ。俺たちアカデミーの生徒は、死に物狂いで自分の技を磨き上げる。強くなるために、アカデミーのためにだ。それをぽっと出の転生者が神技使いだと?それも、入学試験も受けずにアカデミーに厄介になろうとしている。冗談じゃない。今までの苦労を否定されてる気分だ。正直お前を見るたびに、虫唾が走るんだよ」

「そうか・・、そんな思いがあるとは知らなかった。すまない」



「謝るな!お前が悪くない事は俺もわかってる。だからイラつくんだよ。もうこの話は終わりだ。気分が悪くなった」

 リーゴは言い終わると、持っていた残りの枝を全て焚火に放り投げ、霧の向こうに消えていった。



 マーディは焚火をずっと見つめ続ける事しかできなかった。自分が何者なのか?自分は何をすればいいのか。ただアカデミーの世話になって、流されるように生きている。こんな自分でよいのか自問自答しても、答えは出なかった。



「朝から血気盛んな事だな」

 ベレグラムが先ほどまでリーゴ・トミナが座っていた場所に座り込むと、マーディに話し掛けた。銀の鎧が焚火の赤い模様を映し出す。



「ベレグラムさん、おはようございます」

「おはようマーディ。朝から元気だな、二人とも」

「いえ、そこまで元気ではなくなりました」

 落ち込むマーディに、ベレグラムは兜越しから赤い瞳を向ける。



「力を持つということは、周りからの影響も、反応も強くなる。もちろん色々な感情が混ざり合う。時には衝突もするだろうな。もちろん私も、君に嫉妬している」

「あなたも?やはり、神技にですか」

「そう。それほどに神技とは、強大で、偉大で、とても魅力的なのだ。だから、君の一挙手一投足を、周りの人間は否応でも見ている。君も気を付けることだ。自分で思っているよりも、君の行動の意味は重いぞ」

「肝に銘じておきます。ベレグラムさん」

「ああ・・、そうしてくれ。いつでも、心構えをしておけよ」

 そういうとベレグラムは立ち上がる。



「さあ、辛気臭い話はここまでだ。マーディ、一緒に付き合え」

 マーディに言うとベレグラムは霧の向こうへ歩き出し、視界から消えそうになるのを慌ててマーディは追いかけた。



 霧の間をどんどん進むベレグラムと、必死に追いかけるマーディアス。ここまで視界が悪いこの霧の中を、なぜここまで確信めいた行動をとれるのか。自分の神技がすごいと周りがもてはやすが、ベレグラムこそ本物の実力のある人物じゃないかとマーディは思った。



 そして、ベレグラムがふと足を止めたのでマーディも足を同じく止めると、そこはまったく先ほどと変わらない白い霧の中だった。



「少し待つぞ」

 ベレグラムが言うので、マーディは言うとおりにした。そして数分後、目の前は大きく移り変わる。



 マーディの目の前には壮大な自然が朝の息吹を溢れさせていた。山脈の間から霧がうごめき、その空からも雲が流れていた。とても美しい、自然の神秘だった。



「いい景色だ」

 マーディは思わず呟く。



「そうだな。あの先に見えるのが私たちの目的地の町、アトミラだ」

「あそこが・・。家が小さく見える」

「ここからだと、夕方には到着するだろう。さあ、急に消えたら皆も心配する。キャンプに戻るぞ」

「はい、そうですね」

 マーディは返事をするが、もう一度口を開けた。



「ベレグラムさん」

「なんだ?」

「俺、この景色、決して忘れません。ありがとうございます。少し吹っ切れました」

「そうか、ならいい」

 ベレグラムは淡々と言うと、キャンプに向かいだす。後に続くようにマーディも歩き出すが、一度だけ後ろを振り返り、広大な山脈の風景を瞳に宿すとベレグラムを追いかけて行った。



 キャンプに戻った後、マーディは起きてきたアティアに話し掛けられる。



「マーディ、寝袋の中で聞いていたけど。リーゴやベレグラムの話は気にすることは無いよ」

「アティア。もう大丈夫だ。もう前を向いているよ」

「本当か?いいかマーディ。周りの事など気にするな。お前はお前だ。自分に素直になっていいんだ。自由を謳歌するべきだ」



 アティアの言葉にマーディは少し困り、僅かにほほ笑む。



「アティア。君のやさしさはありがたいよ。でも今は、任務に集中しよう」

 マーディは言うと、キャンプの後片付けをするパーティメンバーの手伝いをしようとアティアのもとを去っていった。



「マーディ・・、アカデミーにこだわる必要もないんだ。自分の力に翻弄されるなよ」

 アティアは言うが、その言葉はマーディに届くことは無かった。

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