第11話 朝の攻防
魔法アカデミーに来て2度目の朝が訪れた。
朝食のサンドイッチを窓辺で桜を見ながら平らげると、集合時間の少し前に待ち合わせ場所へと移動した。
アカデミーの校舎裏の裏玄関につくと、すでにロミ・クライセスとリーゴ・トミナが玄関わきにあるソファに座っていた。
こちらを見つけると、手を振ってくるロミ・クライセスと無視して明後日の方向を向いているリーゴ・トミナと対照的な二人だった。
「マーディアス・グローさんだよね。よろしくね。私はロミ・クライセス」
「よろしく、ロミ。マーディでいいよ」
マーディとロミが握手をしていると、リーゴが吠えるように言う。
「マーディアス。変な名前だな」
「こら、リーゴ!これからパーティ組んで任務をこなしていく仲間でしょ。仲良くしなきゃ」
ロミはリーゴに注意するが聞く耳を持たず、リーゴ自身はまた明後日の方向を向く。
「いや、変な名前は付けられた時から言われたから、まあ、そういう感想を抱かれるのも仕方ない」
「仕方なくはない。マーディ、良い名前だと胸を張れ。じゃないと名付け親の私まで悲しくなるぞ」
マーディの嘆きに聞きなれた言葉が聞こえ、その声は諭すように言った。
「アティア!?何で君がここに?」
「何でとは失敬だな。別行動とは言え同じ任務に就いたのだから、喜んでいいんだぞ?」
アティア・ステイスは腕を組み、態度を大きくしながら言った。その声に反応するようにリーゴも口を開く。
「アティア、お前も行くのか」
「やあ、リーゴにロミ。同級生同士、仲良くしようじゃないか」
「同級生?」
マーディの疑問にアティアは答える。
「同じアカデミーの2年生だ。こう見えても二人は優秀な成績を収めている。心強いパーティになるんじゃないか」
「こう見えては余計だよアティア」
ロミは小柄なアティアよりも目線が低い位置で注意し、気にするなとアティアは言って誤魔化した。
「朝から騒がしいな」
「私たちの中で、マーディ以外にも異質な存在の一人が来たな」
アティアは声のする方に向くと、自分の素直な言葉を口にした。
「あなたは・・、確か」
「一昨日ぶりだな、マーディ。改めて自己紹介しよう。魔法アカデミーで雑用係の長を務めている、ベレグラムだ。よろしく頼む」
全身を黒く汚れた銀色の鎧に身を包み、枝のような角を生やしたヘルムから声を発した。
「雑用係・・?冗談言うなよ。アカデミーの裏の仕事を請け負う超秘密主義の死の根の長が・・なんでこんな任務に?」
驚いて口を大きくあけながらリーゴは言う。その言葉を耳に入れながら、マーディはベレグラムに問いかけた。
「ベレグラムさん。あなたも、同じパーティのメンバーなんですか」
「任務は同じだが、お前とは違うパーティだ。アティアともう一人で組んでいる。主にお前たちパーティのバックアップだよ」
ベレグラムの言葉にアティアがあっけらかんと補足する。
「バックアップは奇麗に言い過ぎだ。はっきり言えば神技使いマーディ、お前の監視だ。お前の動き、すべて記録しているからな。町に行って羽目を外して酒場で飲み過ぎとか、誰かと夜を過ごしたり、トイレの時間を計ったり、全て筒抜けだからな」
「そんな軽はずみな事はしないし、トイレの時間が必要なら勝手に記録してくれ」
「そうさせてもらおう」
マーディとアティアの会話に、やれやれと言った感じでため息をつくとベレグラムが言った。
「心配しなくてもトイレの時間までは計らん。だが、監視はその通りだ。マーディ、我々アカデミーはお前と禍根を残したいわけじゃない。できれば穏便に事を運びたいだけだ。このバカが軽率な発言をしたが、それだけはわかってくれ」
「わかっていますよ。アカデミー自体も信頼しています」
マーディは言うが、アティアはバカと言われた発言に噛み付く。
「何がバカなんだか。マーディにだって知る権利があり、自分で判断しなければならない。たとえ知識や経験がなくても、能力が劣っていても、自分自身で判断しなければいけない場面は来る。とくにアカデミーと関わっているのなら、命の危険もあるのだ。何でも秘密にすればいいというものではない」
「アティア・ステイス、やけに噛み付くな。だからと言って、何でも公けにすればいいというものではない。物事には順番があり、準備が必要だ。彼には記憶がないのだろう。なら経験と知識が圧倒的に足りない。まずはそこを育てるのがアカデミーの意義である」
「なにが意義なもんか。順番も準備も、相手が優しく待ってくれているわけがない。現実の物事とは、いつも突然だ。良い事も、悪い事もな」
ベレグラムとアティアの言い合いに、周りの人間が口を出せないでいる中、いつの間にか集合場所に来ていたディミル・シューバートが手を叩いてその場を収める。
「はいはい。有意義な講義の時間は無事に帰ってきたら、あらためてやればいいでしょう。今は任務に集中しないとね。ベレグラムさん?」
「ああ、そうだな。少し熱くなった」
ベレグラムは恥ずかしいところを見せたなとポリポリと頭の部分であるヘルムを掻いた。
「私はまだまだ言い足りないが、まあいいでしょう。マーディには伝えたし。仲良くしましょ、ベレグラム」
「別に悪くするつもりはないさ」
マーディ達は二人の会話に冷や冷やしつつも、出発の時間となった。
「丁度時間ね、私たちのパーティはと」
ディミルは周りを見渡す。点呼を取るようにそれぞれの名前、マーディアス、ロミ、リーゴと名前を読み上げる。
「こっちのパーティは4人全員いるわね。そっちはどうなの?」
「こっちはパーティ3人よ」
アティアの返答にマーディは困惑する。
「まだ1人来ていないのか」
「んにゃ、来てるよ」
言うとアティアは裏玄関のいくつかある柱の一つを指さした。すると、柱の陰から出てくる人物がいた。
「猫の仮面?」
マーディは思わずつぶやいた。リアリティのある猫の造形をした仮面を被り、全身をローブで身を包んだ女性が現れたのだ。怪しい以外の感想が出てこなかった。
ペコリと一礼すると、また柱の陰に隠れてしまったのを見ると、アティアは自分の頬を掻きながら言った。
「えーっと・・、彼女の名前はバザ・ユガルタ。生徒会長専属の技師ね。今回は生徒会長の推薦もあり、私たちサポートかっこ監視に入ったってわけ」
「技師がいるのか?」
「アカデミーには戦闘専門と、技術職専門で分かれているのよ。技術職は狙われやすいから、任務で外に出るときは仮面を被っててね。犬の仮面が純粋な金属加工の分野。猫が特殊な魔法加工の分野ね」
「なるほど」
答えを聞いたマーディだったが、仮面の事が気になり過ぎて頭に入ってこなかった。
「じゃあ、これで全員揃ったんだね。よーし。みんな、アトミラに向けて出発シンコー!」
突然ロミ・クライセスが言葉と共に手を振りかざしたが、誰も後を追わず、マーディが察して手を振りかざした。何事も経験だなと、マーディは思った。
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