第8話 暗闇の儀礼

 部屋を照らす唯一のロウソクが僅かな隙間風で激しく揺れる。その度にマーディを含む5人の影が踊った。



 その踊るさまがとても不気味で、まるで死神のようだった。冷たい鎌を持った化け物が自分の首を狙っているような、カーリスのような無鉄砲な暴力とは違い、無慈悲な冷たい暴力をマーディアス・グローは感じていた。



 コンコンと音が鳴ると、眼鏡をかけた鋭い瞳の女性が入れと返事をする。すると重たい扉が開かれて生徒会長が隣にやってくる。



「始める前に。マーディに皆さん四人の名前と肩書を教えておきます」



「それに意味はあるのか」

 髪を腰くらいまで伸ばしている男が不満そうに言う。



「公平を期するためです」

 どうどうとした態度で生徒会長は言いのける。眼鏡の女性はよかろうと言い承諾すると、生徒会長は説明をマーディに素早く済ます。



「まずは質問の前に、君の魔力の色を見せてもらおう」

 学長と紹介された眼鏡の女性、ルジーナ・ガルチェインは懐から透明の石を取り出すとマーディの方に向ける。そして魔力を込めるとマーディに先ほど掛かっていた少量の砂が石に集まりグラデーションになった鮮やかな色彩の石に変わる。



「ヴェストス」

 ルジーナは魔法研究部隊隊長である長髪の男、ヴェストス・オルレウドに石を渡す。するとヴェストスはもう一つ複雑な色に染まっている石を取り出し、暫らく交互に見比べた。



「違う色彩パターンだな。テリート・ステイスの魔力色とは何度確認しても違う。まったくの別人だと言っても差し支えないだろう」



 ヴェストスが言い終わると、生徒会長を除いた4人の緊張が少し和らいでいくのをマーディは肌に伝わってくる空気感で感じ取る。



「了解だ。アティアの報告では、君の名前は・・マーディアス・グローだったか」

「はい、そうです。アティアが名付けてくれました」

「そうか、マーディアス。一応君の疑いは晴れたということになる」

 ルジーナの言葉に、反対する者が現れる。



「学長、少し待ってくれ」

 壁にずっともたれかかっていた死の根の長、ベレグラムが発言する。



「これはこれは、珍しい事があるものだ。いつもは成り行きに身を置く事が多いあなたが」

 ヴェストスが話し始めると、ベレグラムは手の平を大きく開いて言葉を制し、マーディの方に近づいていく。



 ベレグラムの姿は生徒会長に少し似ていた。全身を黒く汚れた銀色の鎧に身を包んでいるが、一際違いがある場所と言えば、頭の部分だった。ベレグラムの被っている兜の片側が少し破損しており、その穴から木の枝のようなものがまるで角のように生えていたのだ。その姿はまさしく先ほど恐怖した死神のような、悪魔のような姿だとマーディは背筋が少し冷たくなった。



「私の目を見ろ」

 ベレグラムはマーディの目と鼻の先で立つと、脅すように言った。心配そうに様子を伺う生徒会長と、訳が分からずに素直にベレグラムの兜をマーディは見続けた。



「お前がテリートではないと、本当に言えるのか」

「言えると思う」

「思うではだめだ。曖昧な返事は自らを危険に晒すぞ。もう一度聞く、お前はテリートではないというのは真実か」



 ベレグラムの兜にある視界を確保する小さなスリットから燃えるような赤い瞳が覗き込んだ。マーディは後ずさりしそうになる恐怖心を抑え、何とか口にする。



「テリートではない。俺の名前はマーディアス・グローだ」

「・・結構だ。その名前、覚えておこう」

 ベレグラムは言うと兜についた黒いたてがみを揺らしながら、また元の壁にもたれかけていた場所へと戻っていった。



 小細工が好きだなと呟くヴェストスを余所に、学長ルジーナは話始める。



「では君に一つ、質問をしたい」

「質問?」

 マーディは僅かに警戒しながら返事をする。



「簡単な質問だ、楽に答えていい。マーディアス、君が神技を使えるというのは本当かね?」

 神技と言う言葉に部屋の中のあらゆる視線がこちらに集中するのをマーディは感じながら答えた。



「本当です。何なら、お見せしましょうか」

「是非、拝見したい」



 提案に学長は乗ると、マーディアスは少し呼吸を整えると虹色の光が暗い部屋に舞い散る。



「こんな一瞬で展開できるとは。マカイも必要ないという情報は事実だったようね」

 今までずっと黙っていた警樹長ファルミース・ラウザは腰かけていた椅子の背もたれから自然と背中が離れながら言った。



「もう十分だ、マーディアス」

 学長ルジーナの言葉に素直に従い、マーディは神技の力をオフにする。そしてルジーナは会話を続けた。



「あらかた了解した、マーディアス・グロー。君はアカデミーの客人として改めて迎えるとしよう。そして生徒会長。目立った混乱もなく、よく任務をこなしてくれた。貴殿の手腕を称える」

「ありがとうございます」

 ルジーナの言葉に素直に生徒会長は答えた。



「では二人はこれで結構だ。行ってくれたまえ」

 学長ルジーナは言うと、生徒会長はマーディの肩をポンっと叩き、二人で部屋を出て行った。その出て行く時に、扉を開けた先にカーリスとトウマが扉前で立っていた。



「ようマーディ、部屋から生きて出てきたってことは成功のようだな。お前がテリートとみなされていたら、その首は飛んでいたぜ」

 カーリスは自分の言葉に青ざめたマーディを見て満足した顔を作りながら、マーディと生徒会長と入れ替わる様にしてトウマと二人で部屋に入った。



「二人とも来たわね。今はヨウコが不在でね。ここで任務の報告をしてちょうだい」

 ファルミース・ラウザは入ってきた二人を一瞥すると言った。



「はい。我々暗殺班はテリート所有の館で、屋上にてテリート本人を追い詰め、その首を刎ねました。しかし、首を刎ねられたテリートの体から光が漏れ、転生が起こりました。同時に誕生の奇跡も確認しています。そして、その転生者と一時的に戦闘状態になりましたが、途中で神技を使用、その後に意識を失っています」

 トウマは淡々と報告を行う。



「確か、ミランヌの報告では記憶がないんだよね」

 ファルミースは言うと、返事をトウマは返す。



「はい、主にアティアが確認しています」

「常識を照らし合せば、記憶がないというのはごく自然な事だがな。誕生の奇跡とは、この世界に生まれ落ちる全ての魂に祝福されたものだ。生まれる前の記憶がないのは自然な事。だが、彼は転生者だ。普通は記憶があっても不思議じゃない」

 ヴェストスは考え込みながら話す。



「転生というものに我々はしばらく遭遇していなかった。人の魂の転生使いはここ百年あまり、記録がない。禁呪扱いにされているのもあるがな」

 学長ルジーナは淡々と話すが、次の言葉に影の部分を表情に映しながら口を開いた。



「さて、見つかったのか?テリートとギデーテの繋がりは」

 質問の答えに、曇った表情を載せながらトウマは話した。



「それが、一切見つかっていません。不自然なほどに」

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