第6話 揺れる心②

 朝日が顔を出した頃、川の畔で箱馬車の馬が水面に顔を近づけ、鼻息を荒くして尻尾を揺らしている。マーディアス・グローもそれに倣い、顔を川の水で洗った。その時にアティア・ステイスに水を掛けられて笑われたが、気にしないことにした。



 館から出発した後、少し会話を交わしたが3人とも疲れていたのか体を揺らしながら基本寝ていた。(もう一人の鎧は別れを告げた後、ピクリとも動くことはなかった。悪戯なのかはわからないが頭の部分をアティアが外すと鎧の膝の部分に乗せて満足そうにしていた)



「それじゃあ出発しますか」

 ミランヌ・ガルニディの言葉と共に休憩は終わりを迎え、馬車に馬を繋ぎなおすと再び走り出した。



 ショートの金髪を整えている姿を何気に見ていたマーディに気づくと、ミランヌは言った。



「どうしたマーディ」

「いや・・、そう言えば聞いていなかったなと思って」

「何をだ」

「あの屋敷で君たちは何をしていたんだ?」



 マーディの言葉に、ミランヌは伺いを立てるようにアティアの方を見た。アティアは私が話そうと言うと言葉を続けた。



「私の兄であるテリート・ステイスの暗殺だよ。実行班がカーリスとトウマ。舞台のお膳立てが私とミランヌの仕事。後方待機に生徒会長がいた。他にも色々な人間が動いたけど、メインメンバーはこんな感じかな」

「実の兄を殺したのか」

「そうよ、兄の首をスパッとね。カーリスがやってくれたわ。そのあとすぐにあなたが転生してきたけど」



 アティアの説明にマーディ自身が動揺する。



「確かにそんな状況の時に、俺が現れるのはめちゃくちゃ怪しいと言わざるを得ないな」



 マーディは自分の立場が、状況がどんなものか理解していくと共に、ミランヌの表情が厳しくなっているような気がした。ようは、自分は監視対象なのだとマーディ自身は気づいたのだった。



「君の兄はなにをしたんだ」

「兄は研究職だった。つまり違法な研究に手を付けていたのよ。人体実験もね、何人も犠牲者を出していた。アカデミーが気付いた時にはもう、自分たちで始末するしか対外的にも選択肢がなかったのよ」

「何もアティア様がその任務自体を務めることはなかったと思いますが」

 ミランヌの言葉に首を振るとアティアは答える。



「私がいたほうが成功率は上がるでしょ、実の妹だしね。ほとんど交流もなかったし、悲しいという感情はほとんどないわ。それにね、マイナスな事ばかりではない。マーディ、あなたに出会えたことはとても幸運な事だと思っている。転生の瞬間や神技をこの目で見れたのは貴重な体験よ」

 そういうものなのかと言うマーディにアティアはそういうものなのよと返答する。



「あと数時間でアカデミーです。久しぶりの任務だったのでアティア様も疲れたでしょう」

「そうね、ゆっくりとお風呂につかりたいわ」

 ミランヌの言葉にアティアは答えると魔法人形マキナが身震いする。



「うるさいのが来たか」

 アティアの悪態に生徒会長は籠った音で反応しようとしたがノイズ音しか出ず、頭の位置にヘルムがなかったので元の場所に戻すと音を出し直した。



「アティアよ。帰ったらすぐに湯に浸かるのか?いい入浴剤を手に入れたぞ。後でくれてやろう」

「くれるのなら、もらってやる」

 会話を交わしながら、生徒会長はおもむろに馬車のドアを開けて外にヘルムを出す。



「なにをしてるんだ?」

「ちょっと野暮用をね。一つ済ませなければ」



 生徒会長の行動にマーディは驚いていると、天井に素早く鎧を移動させる。そして二本の鉄の槍を展開させると勢いよく発射する。



 鉄の槍は遠くの方で着弾して土煙を上げると、その煙の中から馬に乗った深くフードを被った者たちが二人、急いで走り去った。



「最近ハエが多いな」

 アティアは呟くと、生徒会長が馬車の中に戻ってくる。



「少し前に報告があってな。近くをこの馬車が通る予定だったのでついでに対処した」

 生徒会長は言いながら手の平に紙切れを取り出すと、すぐに黒い渦に吸い込まれて消えた。



「これでよし。後は他の者に任せよう」

 生徒会長は一段落つくと、マーディアス・グローにヘルムを向ける。視界を確保する場所がない完璧な金属の塊に、マーディは重々しくて荒々しい雰囲気を感じた。



「マーディ、少しは眠れたか?」

「まあ、そこそこは。座りながら眠るのは難しいな」

「そうか、難儀だな。私のような体が、マキナのような強力な人形があればいいのだが。残念ながら同じような物を見たことがない」

 生徒会長の言葉には嫌味がなく、真っ直ぐにマーディの心に入ってくる気がした。



「そりゃそうだろ。英雄武器に匹敵するものが幾つもあってたまるか」

 アティアは呆れるように言った。



「その、英雄武器と言うのは何だ?」

 マーディの問いにミランヌが口を開く。



「英雄武器とは12匹の竜を倒した、それぞれ12人の英雄が使っていた武器の事です。アティア様があなたに付けられた素晴らしい名前も、竜を倒す物語の主人公ですよ。生憎、物語の竜は架空のものですが」



「ということはこの鎧も、その竜を倒した武器と?」

「ええ、その通り。その伝説の武器とあなたは戦ったのです。とても光栄な事ですよ」

「光栄な事・・ねえ」

 ミランヌの後半の言葉にケチをつけるように、アティアは不服そうに呟く。



「アティア様。武器そのモノには罪がありません。たとえ使用者に問題があったとしてもです」 

 生徒会長はミランヌの言葉に少しヘルムをズッコケるように傾ける。



「問題とは失敬な、・・まあ良い。とにかく、もうすぐアカデミーだ。楽しんでくれ、マーディ」



 生徒会長の言葉にマーディは期待と不安を織り交ぜながら、揺れる馬車に身を任せるのだった。

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