第13話

 と、進路の途中の橋の中腹ちゅうふくでミクルちゃんが手を強く引っ張ってきた。



「どうした、ミクル?」


「お兄ちゃん! あそこ! ワンちゃんがおぼれているよ!」



 ゆびされた地点を見てみると、橋の下の海の暗がりの中で、確かに一匹のワンコが浮(う)いているのがかすかに見えた。





ほうっておけよ、犬ってのは犬掻いぬかきって言うくらい泳ぎは得意なもんなんだぜ?」


「ダメだよ、お兄ちゃん! あの子、きっと足か何処どこ怪我けがしているんだよ! 泳いでいるんじゃなくて、もがいている感じだもん! あそこまで飛び込んで泳いで行って助けて上げないとッ‼」





「いや、アイツ首輪しているから、飼い主が何とかするだろうし、オレたちが何かしなくても他の人が何とかしてくれるかもしれないだろ? それに、こんな高いとこから飛び込むなんて無茶だし、その上、この寒空さむぞらの中で寒中かんちゅう水泳すいえいとかやったら確実に風邪引かぜひくって。オレたちに出来できるとしたら、警察なり消防署なりに連絡して、あのワンコを助けてもらえるようにお願いするくらいさ。」


「ここ、今は私達しか通ってないし、そんな連絡とかしている余裕よゆうさそうだよ! ホラ、今もしずみそうになってる!」


「だからってオレたちが助けようとしても逆にオレ達がおぼれるって事になりかねないだろ?」





「いいよ! 私、行って来る!」


「ちょッ⁉ ミクルッ⁉」





「あの子をまもらないと! もう目の前で誰かが死ぬのは見たくないの! だから私は世界を救うと決めたの!」



 ミクルちゃんが決意を秘めた眼差まなざしで橋の下のワンコを見つめる。突貫とっかん体制たいせいだ。


 オレの左手から手を離し、荷物を降ろして上着を脱ぎ始める。





「待て、ミクル!」


「止めてもダメだよ!」





「違う、そうじゃない! オレが行って来る! オレが必ずアイツを助けて来てやる!」


「お兄ちゃん……。」





 ミクルちゃんのさっきの言葉……。


 彼女は昔に、目の前で誰かを亡くしたんだ……。





 会った当初の”電波でんぱ会話トーク”も、きっとそれが屈折くっせつしちゃっただけなんだ……。

 親しい人を目の前で亡くしてしまった……。


 だから、もう世界中の人が悲しまない様に世界を変えたい……。





 でも、そんなスケールのデカい願いは、この小さな身体からだでは背負せおいきれない……。


 だから自分のルール、自分の世界を作って、世界を救える幻影まぼろしを見ようとしたんだ……。





 そして今、生身の彼女は、あの犬を自分の力だけで救おうと挑みかかろうとした……。


 この小さな身体からだでだッ‼


 それをオレが指をくわえて見ている事なんか出来できるかッ‼





 正直、こんな高い所から飛び込むなんてした事もないし、寒中かんちゅう水泳すいえいなんかもオレはった事が無い。出来できたとしても、きっと凄まじい寒さだろうと思うし、さらに自分が言った様にオレがおぼれる事だって有り得る……。



 だけど! このの願いを! 無垢むくな願いを踏みにじるなんて出来できないッ‼


 それ以上に、このの、この小さな身体からだに、そんな苦難を与えてたまるかッ‼





「まあ、見ていろ。この高さから飛び込む事や、寒中かんちゅう水泳すいえいなんてのも始めてだけど、泳ぎは苦手じゃない! ミクルの救いたい世界、オレが支えてやるッ‼」



「うん……うんッ‼」


 大きな瞳を見開いて、コクリと頷く。





 よし、バトンタッチは完了した。



 ここからはオレのターンだッ‼

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