第41話 なくても死にはせん
悩んでしまった私は翌日例の喫茶店にミクさんを呼んでいた。話を聞いたミクさんは口に含んだハーブティーを噴きかけてから少しむせつつ慌てた調子で言う。
「ちょっと待ってよ、真知ちゃん。よう考え。あの誠くんやよ?」
「う、そうやんね……」
少ない言葉でもよく伝わる。あの誠司。女たらしの、あの誠司、ということ。
「誠くんに悪いから紺野さんと別れるん? いや、どう考えても真知ちゃんが誠くんに気い使うんはおかしい、ち思うけど」
「そう……でも」
私だってそう思う。なんせ誠司こそが『それ』つまり浮気を常日頃やりよる人間なんやし。
「なんか悪いことしよる気がしてまうんやもん……」
私がそういうと「人がよすぎでしょうに」と呆れられてしまった。
「それに真知ちゃんのは浮気とはちがうやん。誠くんとは今はもうなんにもないんでしょ?」
「ないですよ。ないけど……それでも」
落とした目線は膨らんだお腹に向いた。この中におる子は、誠司の子やもん。
「堂々とお付き合いしてええよ。悪くなんかないし、誠くんからなんか言われる筋合いもないやん」
「うん……」
力なく答えると力強いミクさんの瞳と目が合った。
「まあ万が一、真知ちゃんが誠くんのこと……やっぱり好きや、いうんなら話は別やけど」
「ええ……ま、まさか」
キレは当然いつもより悪い。ミクさんはその目をすう、と細めて問う。
「紺野さんのこと、ほんまに好き?」
「好きですよ、それは、ほんま」
こくこくこく、と無意識に執拗に首が縦に動く。
「誠くんのことは?」
「……」
答えれん。自分でもわからんもん。そんな私にミクさんは「……好きなんやねぇ」と憐れむように言うから慌てた。
「す、好きとは……」
「けど誠くんに悪いから紺野さんと別れた、なん知ったら絶対嫌な顔すると思うよ、誠くんは」
それはたしかにその通り。もしかしたら怒らせてしまうかもしれん。ほんならどうすればええんよ。
「真知ちゃん」
項垂れた頭の上から呼ばれて顔を上げた。
「どっち選べば幸せになれるか、それだけ考えたんでええんとちがう?」
どっちを……。
「もし紺野さんと別れたら、まず誠くんとは一緒になれるん?」
それは……どうやろか。誠司は結婚する気はない、と明言しよる。
「そんなら結局シングルマザー、いうことでしょ?」
「まあ……そうですね」
「ほんなら紺野さんとお付き合いを続けたら?」
結婚したのなら、普通の家族になれる。お腹のこの子にも、ちゃんと父親ができる。
「真知ちゃん」
再びミクさんに呼ばれてその顔を見た。
「ちゃんと幸せになり」
ちゃんと幸せに……つまりは────。
そう。私は悪いことしよるわけやない。誰にも咎められんし、ほかでもない誠司自身が私が瞬くんと別れるなどということを望んでない。
どっちを選べば幸せになれるか、そんなこと考えるまでもなくわかる。なによりこんな私のことを大事にしてくれて、幸せにしたい、とまで言うてくれよる瞬くんにほんまに失礼や。
うん。誠司のことは、もう気にせんとこう。あいつはあいつで好きなようにきっと楽しく生きよる。私も、私の人生をしっかり歩まんと。
カレーは、手放そう。
人生にカレーがなくても、生きていかれんわけやない。
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